(9)転生者狩りの残酷
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「ちょうど15年前のことでしたね。
先代カバルス公と、王城との交渉が決着し、陛下が、カバルス公爵バシレウス家の正統な跡取りとして認められたのは」
「そうだな────
……っていうか、なんか重傷者多すぎないか?」
「てへ☆」
元凶が頬をかく。
めちゃめちゃに壊された大広間に運ばれた、重軽傷者、総勢55人。
罪人アステリオスがふくれた顔でそっぽむいて、領主代行フェリクスは苦笑いで、それぞれ椅子に腰をかけている。
国王たるレイナートはといえば、荒くれ者たちに順ぐり治癒魔法をかけながら、フェリクスの話をきいている。
黒猫が治癒魔法を手伝っている。妙な構図だ。
「実は15年前、時を同じくして、14歳のアリアドネ様もまた転生者だと『密告』されたのです」
「え?」
アステリオス、いやアリアドネは、自分の首筋をすうっとなでる。
首につけられた白粉を払ったそこには、国教会が押す、奴隷の烙印が刻まれていた。
「陛下やベルセルカ様もご存じのとおり、転生者であると認定されるきっかけの多くは、国教会への『密告』です」
2人もうなずく。
いにしえの『魔女裁判』『魔女狩り』を行っていた者たちのやり方を踏襲しているらしい。
「密告された人間は、あらゆる拷問で強制的に自白させられるか、イカサマの『神判』を受けさせられ、それを証拠に『転生者裁判』では確実に有罪となります」
「そして多くは奴隷商人に売られ、その代金、および没収された財産が、国教会やその土地の共同体の収入になっている。
……よし、全員治療完了」
「て、早っ!?」
フェリクスが思わず変な声で突っ込んだ。
「さすがの神業でしょう!?
レイナート様の超高速治癒魔法〈治療〉です。
所要時間は一人あたり平均35秒!!」
そして、なぜ毎回ベルセルカが自慢げなのか(時間はたぶん適当)。
部屋の中にもう椅子がなかったので、レイナートは倒れた飾り棚に腰かけた。
黒猫が、レイナートの肩にぴょい、と載る。
治療された子分たちは、きまずそうにレイナートたちの後ろに下がっていった。
「ああ、失礼。お話を戻しましょう。
ちょうど15年前、とある男が、まだ14歳のアリアドネ様に言い寄ってたぶらかし……それが発覚いたしました」
「普通は、醜聞が発覚すれば関係なく結婚となるものだが」
「はい。未婚の貴族令嬢が恋愛をしたと噂が立てば、名誉に傷がつき……結婚どころか、その家のその後に大きな差し障りがございます。
ゆえに、紳士たるもの、未婚の貴族令嬢に手を出すなど御法度。
万が一そのようなあやまちをおかし、それが発覚したならば、紳士たるもの責任をとって結婚する以外の道などありえません。
が────」
フェリクスは顔をゆがめる。
「結婚から、責任から逃げたかったその男は、最悪の手段を取ったのです」
「それが、『密告』……?」
「はい。根も葉もない嘘でも『密告』されれば国教会は動きます。
カバルス公と違い、グラ家は王家や国教会と闘うことに尻込みしてしまいました。
不幸にも転生者が産まれてしまった家として被害者づらして、アリアドネ様を国教会に引き渡したのです。
────レイナート陛下のお父上の執念の結果、レグヌム転生者法の改正案が提出されたのは、アリアドネ様が売られた1週間後、成立したのはたったの3週間後でした」
「地獄のように痛い烙印を押されて、売られた値は、金貨1枚。牛の10分の1の値だったわ」
アリアドネが吐き捨てるようにつぶやいた。
「でも、取り戻そうとすればできたのです。
15年前の法改正後は、転生者法を領内に適用させるか否か、領主が決定権を持つことになりました。
そしてその決定は、誕生までさかのぼって適用可能────つまり、転生者法を領内に適用させないと領主が決定した場合、その領地に戸籍をおく人間には、国法上の『転生者』が存在しなくなるのですから」
ベルセルカがフェリクスの言葉を継ぐ。
「そうですよね。
だから適用を拒否したカバルスの領主の令息であるレイナートさまは、産まれた直後に国教会の無法な方々に烙印を押されたものの、現在は国法上の『転生奴隷』には該当しません。
財産権を持ち、バシレウス家の継承権を持ち、当然王位継承権も持ちます」
「転生者から産まれたことを本人含め皆が認めているレイナート・バシレウスは、何不自由なく育ち、いまや国王陛下。一方、前世の記憶などかけらもないあたしは、すべてを奪われ、娼館いき」
アリアドネが再び、レイナートに憎悪の目を向けた。
「この国の奴隷身分の人間誰もが、『陛下』のことを知れば呪うはずよ。『うまくやりやがったペテン師』だと……。
この土地も、あたしよりもはるかに高い値がついて大事にされる牛も、死んだグラ家の人間たちも大嫌いだけど、レイナート・バシレウスを国王陛下と仰ぐことが、あたしには何より耐えがたい」
フェリクスが、コホン、と咳払いする。
「その陛下に、生かされたことはおわかりでしょう? アリアドネ様」
「…………」
さらなる罵倒の言葉を用意していたらしいアリアドネは、ぐっ、と口をつぐむ。
「ところで陛下は、どうして私が、アリアドネ様と関係があるとお察しになったのですか?」
「タウルスの領主には、五百年前から、特産品の牛の品質管理の義務が課せられている。
金もうけを考える人間が今まで牛に手を出そうとしなかったのは、何か下手に動けば領主が間違いなく干渉してくるからだ。
なのに今回アステリオスは、無理矢理牛を借金のかたに集めようとした。
普通に考えれば、領主もグルか、領主を黙らせられるほどの弱みを握っているか、どちらかだろう?」
「あははは……弱み。そうですね、弱み」
うんうん、とフェリクスはうなずく。
「15年前、私はグラ家の支援で学校に行っていました。
つまり、私もあの時アリアドネ様を見殺しにした共犯なのです。
アリアドネ様が、奴隷商人アステリオスの身代と財産と名前を奪い取って、タウルス領に戻ってきたことを知ったとき………」
フェリクスは、何かを飲み込むように、言葉を切った。
アリアドネがどのような手をつかい、アステリオスの身代を奪ったのか、レイナートやベルセルカにはおおよそ想像がつく。何せ、彼女は王族。上級魔法を知っているのだから。
「────生きていることを知って、喜んだのか」
「いえ。ただ、怯えたのですよ、過去の自分の弱さ、ずるさに、愚かしさに。
だから、『アステリオス』の悪評を聞いても、何もできませんでした。
アリアドネ様も、それを見透かしていたのでしょうね。
ですが」
フェリクスは、未練を断ち切るように立ち上がる。
「もはや、領主代行として、法に基づき事態を正さねばなりません。
牛や、元の持ち主や、借金をあるべき姿に。
そして、アリアドネ様も、きちんと裁かせていただきます」
「……あんたが?」
「ええ、私が。
きちんと罪を償える裁きを、この私が」
そう、とアリアドネはつぶやいた。
旧知のフェリクスに裁かれる、それだけはどこか救いとして受け止めているようだった。
「屋敷の前に、馬車を用意しております。どうぞ、一緒にいらしてください」
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