(12)新国王のある決意
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ふたりが、息を切らして王城の芝生に座り込んだ時には、とっくに日は沈んで、王城の各所にともされた灯火と
「……いったい何やってんのあの人たち」
という目を向ける衛兵たちの持つ松明だけが、目の助けだった。
遠く、レイナートの名を呼ぶ声が聞こえる。
「あはは、は、国王陛下、もぅ、晩餐の時間に、遅刻ですよ~」
「…おまえもな?」
「おなか、すきましたぁ」
ベルセルカが背中を芝生につけて、深呼吸。
暑いのか、シャツの袖をまくる。
レイナートがつけたばかりの酷い痣が、白い肌にくっきり浮かんでいる。
きっとシャツの下にもズボンの下にも、たくさんついているのだろう。
男と女だ。しかも、体格差もかなりある。
並んで立てば、レイナートの下唇にベルセルカの頭頂がやっと届くだろうかぐらいの身長差だ。
ダメージは彼女のほうがずっとあるだろう。
「ベルセルカ、おいで」
「はい?」
もぞもぞ地面の上を這うベルセルカを捕まえ、レイナートは、あぐらをかいた自分の足を枕に、あおむけに寝かせた。
「レイナート様?」
「頭部の内出血やダメージを回復させる。組手ではどうしても出るからな」
「なるほどー。ありがとうございます」
小さなベルセルカの頭を包み込むように手をかざし、レイナートは回復魔法をかけ始める。
レイナートのひざに頭を預け、魔力を浴びて、心地よさげにベルセルカは目を閉じる。
長いまつげが、ちらちらと動いた。
重力に逆らってシャツを突き上げる胸が、呼吸で上下する。
レイナートと知り合ったころよりも、ベルセルカはずっと大人に、ずっと美しくなった。
それでも女の体だ。男の中でもそこそこの練度の兵士ならともかく、幼少期から父親にみっちりと闘いを仕込まれたレイナートと闘うのは、ベルセルカにとってだいぶキツイはずだ。
なのに、今日彼女がレイナートを誘ったのは。。。。
(……だいぶ、すっきりしたな)
頭の中のもやもやが、体を動かしたことでだいぶ晴れていた。
ベルセルカはそれを狙ったのだろう。
いかん。気を遣わせてしまった。
そう反省した時、ぱちっと、ベルセルカが目を開いた。
「…ねぇ。私、レイナートさまのほうが向いてると思いますよ」
「なんの話だ?」
「国王陛下です。オクタヴィアさまよりも、レイナートさまのほうが」
「どうして」
ベルセルカは、レイナートを下からなめるように見上げる。
「正確に言うと、国家存亡の危機に瀕して、当意即妙で対応をするのはオクタヴィアさまが最強だと思います。黒か、白か。判断が迅速なうえに、8割は正解を出します。障害は無理矢理排除しますし。ただ、そのせいで敵を作りまくりますし、平時もずっとそうだったら、下を疲弊させて使いつぶしてしまいます」
「おまえ王女にもまったく容赦ないな」
「一方で、平時の国をいままでどおりに動かしていくなら、うちの兄上たちが進めるのがスムーズでしょうね。生かさず殺さず絞り取る系のノウハウが代々蓄積されています」
「実の兄にも容赦ないな」
「でも国って、平時がしばらく続いて、必ず緊急時も起きますよね、こういう時みたいな。ということは、平時のうちに、過去起きた災害や事件の記録から類似の例を紐解いて緊急時の準備ができる人が一番いいんじゃないでしょうか?
王城の図書館の歴史書を全部読んで頭に叩き込んでいるのは、私の知る限りレイナートさまとオクタヴィアさまだけ。その上で、国政じゃなくても最終決定者としての内政の経験を積んでいて、いま部下の信頼を勝ち取っているのは、レイナートさまです」
「………………」
「一緒に動いてくれる人の信頼って、大きいですよ?
誰だって、一人じゃできることほとんどないんですから。ね?」
幼なじみであり、直属の部下でもあるベルセルカの評価。
身内のひいき目はかなり入っているだろう。
でも、言葉自体はうれしい。照れくさいけれど。
「………そうか、ありがとう」
せっかく国王になった。やりたいことも、実はある。
だけど、それにしても、自分にはこの国の『把握』が足りない。
そしてそれは『掌握』できていないことでもある。民の心と領主の心、両方。
つい考え込んだレイナートに、隙ありとばかりにベルセルカがアクロバティックな姿勢で脇をくすぐってこようとする。
その手をパシリと止め、レイナートは息をはいた。
(こいつ、ちからわざで俺の力を抜こうとしてくんな)
もちろん、それが嫌ではない自分がいるのだけど。
ふふ、と、ベルセルカが笑う。
結局かわいい。
この笑顔に、レイナートは弱い。
「あんまり難しく考えすぎないで、目の前に出てくる、できることをしたらいいんじゃないでしょうか?
兄たちだって、いまこのタイミングでレイナートさまの足を引っ張ったりしないと思います。……たぶん」
「たぶん?」
「きっと! どちらにしろ、レイナートさまだからできることが、たくさんありますよ。人を動かすのがカバルスと違って難しかったら、自分で動いてもいいと思います。その際事務系のことは兄上に押し付けてしまってください」
「絶対、あの人受け付けないだろう……」
そのとき、ふいに、今日手を振ってくれたレグヌムの民をなぜか思い出す。
その時ふわっと、とある思いつきが降ってきた。
「あ」
「どうかしました?」
もぞ、っとベルセルカが、レイナートの膝から体を起こす。
「いや、ちょっと思いついたことが……まぁ、いや、どうだろう」
「ええ? 言ってくださいよ!!」
「いや、その、思いつきでしかないんだけどな……?」
幸運にもレイナートは、おそらく今この国で一番魔法に長けている。
つまり、たいていの場所で、役に立つはずだ。
「ほら。前に、ベルセルカがどこかで聞いたっていう異国の物語のことを聞かせてくれただろう。
隠退した老王が、身分を隠して国中を旅しながら、悪者を退治する、みたいな」
「ああ、ありましたね。そう、どこかで……。
王、じゃなくて、副王? たしか二番目に偉い人だったような気がします。
でも、それがどうかしました?」
「いや、そんな感じで」
ベルセルカの、エメラルドの瞳がキラキラと光を放ちながらこちらを見つめてくる。
ちょっと、顔が近い。
真正面から至近距離でこられると、そのまぶしい肌と綺麗すぎる顔は、心臓に悪い。
「……週末が強制的に休みになるから、転移魔法を使ってレグヌムの各地を回ろうかと思ったんだ。
できれば、身分を隠して、町や村を見、そこの土地や領民を知りたい。
向かった地で何か問題が起きていれば、都度、魔法でその解決の手助けをしてもいい。人と会い、地道に国を良くしながら、国に何が必要なのかを掴んでいきたい。
―――まぁ、そのなかでユリウス殿下についての情報が得られればさらに良いけど」
考えるままを口にすると、ベルセルカが目を見開いている。
(さすがに、国王が言うにはちょっとバカバカしすぎるアイデアだったか?)
と思ったら、彼女はけらけら楽しそうに笑いだした。
「面白いです!
それこそおとぎ話の中の王様みたい!
でもそんなこと実際に考える王様なんて、レイナートさまぐらいですよ!」
「…笑いすぎじゃないか?」
「最高です、陛下」
ベルセルカがいきなり、ぎゅっと抱擁してくる。
不意打ちで抱きしめられ、避けることができなかった。真正面から少女の体が密着し、弾む。花のような甘い香りにふわりと包まれた。
レイナートの耳元で、熱っぽい声で、ベルセルカはささやく。
「行きましょう、レイナート様。私、地獄の果てまでお供します!」
【第1話 おわり】
◆レイナート・バシレウス◆
王佐公第8位カバルス公爵兼征北将軍 → 征魔大王国レグヌム国王
18歳、男性
先代カバルス公爵と異世界人の母の間に産まれ、首筋に烙印を押される。剣聖とうたわれた大将軍である父と、異世界の武術を知る転生者の部下たちに、幼いころから鍛えられ、王国建国以来最強の武力を持つ。ただし魔力を使いきってしまうと動けなくなる。くすぐりには弱い。
特技:馬術、魔法、剣術、槍術、弓術、徒手格闘、ほか
得意魔法:転移魔法、治癒魔法、武具具現化魔法、魔法開発、ほか
幼なじみ:オクタヴィア王女、ベルセルカ・アースガルズ
愛馬:ポダルゴス、ほか
課題:持久力と体調管理




