(11)家臣と故郷と幼なじみ
***
レイナートが2年前から領主を務めているカバルスは、征魔大王国レグヌムの南に位置し、海に面した広大な領地だ。
名物の鮪や鯨をはじめとした豊富な海産物。
柑橘類を中心とした実り豊かな農産物。
畜産も盛んであり、レグヌムいちの名馬の産地でもある。
近年は、腕の良い医師が多いと評判だ。
まだ若い領主を支える、信頼できる者たちが、留守を預かってくれているのだ。
しかし。
レイナートが〈転移〉でカバルス城に戻り、王城での王族全滅の件、即位の件を伝えると、皆が皆、混乱と困惑の表情を浮かべていた。
まずいわれたのは、
「おめでとうございます」ではなく、
「心よりお悔やみ申し上げます。そして、レイナートさまも本当にご愁傷さまでございます」
だ。
―――みんなよくわかっている。
レイナートは、まったく王という柄ではない。
そもそも戦場も好きではない。
本当ならずっと領地に引きこもって農地改善の案を練ったりとか、余暇で魔法開発とか転生者の知識の編纂作業なんかをしていたい。おそらく死ぬまで叶わぬ夢となってしまったが。
レイナートが不在の間、引き続き滞りなく行政が進むよう諸々処理していかなければならない。
留守中の報告を受け、提案を聞き、指示を下し。連絡手段を確保し……
……どうにか片づけて、レイナートは城を出た。
ベルセルカやオクタヴィアの前ではカッコつけたことを言ったが、正直、なんで自分が、と叫びたい気持ちでもいっぱいである。
ストレスがたまりすぎて、つい、海の方に足が向かった。
神樹の繁る、崖の上。
ついつい海に向けて二十発ぐらい爆裂魔法を撃ってしまった。(自然破壊なので以後自重する)
それに。
(…………あのとき、俺の魔力がもう少し残っていれば)
海を見ながら、どうしても考えてしまう。
もうほんの少し自分の戻りが早ければ。
あの時すぐにユリウスを拘束できていれば。
もっと命を助けられたのじゃないか?
巻き添えで衛兵が死なずに済んだのじゃないか?
ノールトとの戦闘で、もう少しセーブを。
いや、その前に睡眠をもう少しとっていれば。
あるいは、戦闘後に皆に治癒魔法をかけるのに力を使ってしまったのが悪かったのか……。
『若が最強の魔法使いなのは十分わかっています。それでもきちんと自分の状態を整えていなければ、パフォーマンスは落ちるのは間違いありません。こんな睡眠時間と食事で、さらに無駄な魔法で疲労して、いったい何考えてるんですか』
異世界人転生者の教育係にいままで何度も叱られた、ほんとうにそのままだ。
(……結局、俺の力不足だ)
王城についてきてくれた部下たちだって、もう少しで死なせるところだった。
最後の考えなしの魔法、助けたつもりが、皆を一番危険にさらしてしまった。
もし自分が殺されていれば―――おそらくは、ベルセルカもオクタヴィアも、すぐ殺されていただろう。
どうせ結局いまはお飾りの王だ。
お飾りでも、いることに意味がある。
だけど、早急に、もっと力をつけなければいけない。
今のままじゃ、ダメだ。
(王城に強制的にいさせられるし、夕方には仕事を終えざるを得ないから、武力を鍛える時間はむしろ取れそうだけど。
王としての勉強はどうするか)
国政について、本に書いてある知識しかない。
実践への応用を教えてくれそうな唯一の相手は、オクタヴィア王女のみ。
大臣たちの協力はすぐには得られそうにない。
味方が、足りない。
中央にも、地方にも。
海岸を通り過ぎていく漁民たちが、レイナートに気がついて、頭を下げたり手を振ったりしていく。
カバルスのことなら、すべてわかるのに。民も、気候も、必要なものも。
(………帰るか)レイナートは立ち上がった。
***
――――〈転移〉。
(……!?)
王城の中に転移した瞬間、殺気を感じてレイナートが頭を下げると、頭上すれすれをブォンと音を立てて、足が通過した。
頸椎を砕く、殺しにきた軌道だ。
続いてレイナートは地面を転がり逃げる。
相手が上から落としてきたかかとが、地面すれすれでピタリと止まった。
「おい、ベルセルカ!!!」
受け身を取って回りながら体を起こし、若干〈転移〉して距離をとったところで、レイナートは不埒な相手の名を呼んだ。
「いきなり何のつもりだ!!!」
ベルセルカはすでにドレス姿ではない。
シンプルなシャツとズボンはいつも甲冑の下に着ているもの。それに軽い革の防具を両手と両足に。
「おかえりなさい!
おそらく転移場所はあの木の下だと予想できましたので、待ち伏せしてました!」
(………………)
ベルセルカの予想どおり。
転移してきたのは、15年前レイナートの父が王城に植えた、カバルスの神樹の枝わけの若木のそばだ。
通常なら馬で5日はかかるカバルス。しかし神樹の力を借りれば、転移1回で行き来できる。
それはともかく。
「わかった、とりあえず明日、新規法案を提出してやる……『王城内迷惑防止条例』または『国王待ち伏せ禁止法』」
「職権乱用ひどい!?」
「……で、なんでその恰好?」
「運動不足なんです、私!」
「いや、おまえ、この間200人斬っ」
「久しぶりに」
ベルセルカは、頭周りのやや高めの位置に拳を構え。
とん、とん、と小刻みにジャンプして。
蠱惑的とも、挑戦的ともとれる笑みを浮かべた。
「お相手してくれませんか? ね?」
「……ベルセルカ?」
「先に、私の体にかかった<加護>は解除しておきました。
ね? 闘りましょう、レイナート様!」
殺気を隠そうともしない。
完全にこの娘、闘る気らしい。
自然とレイナートの体にまで、緊張感がうつってくる。
こうなったときのベルセルカは、相手をするまで絶対にひかない、折れない、逃げられない。
そしてレイナート自身も、彼女と闘るのが結構好きなので、正直困る。
「魔法はありか?」
「目・喉・首筋・頸椎・金的の防御魔法のみで!」
「拳闘のみか、蹴り、投げ、固めは?」
「全部ありで!」
「ハンデは?」
魔法を使わない場合、2人の身長差体格差がかなり影響するので、当然ハンデは与えるべきだろう。
しかし、ベルセルカは首を横に振る。
「防具がない時点で、だいぶレイナート様に不利ですもの。全然大丈夫です!」
「――――そうでもねぇけどな」
最後の一言は、見え見えの挑発だ。
レイナートは上着を脱いで、王城の庭に植わる木の枝に、投げ上げてひっかけた。
せーの、も言わずにベルセルカはかかってきた。
彼女の拳は、小さいが速い。
人間の反射速度の限界に挑むような連打。
顔面むけの拳はさばき、ボディは軽く食らいつつも、レイナートは蹴りを返す。
「っうぐッ!!」
腹に食らいながら、蹴り足をとるベルセルカ。
途端に引き倒しにかかるが、そのタックルを切り、足を引き抜くレイナート。
引き抜いた足を地面につけるまでのわずかな時間に、ベルセルカが追撃の、上段跳び後ろ回し蹴りをあびせた!
「がっ……」かろうじて、肘で受ける。
「あああっ、受けられちゃった!?」
とんでもなく柔らかい体を生かしたベルセルカの得意蹴りだ。
こめかみを狙い頭蓋骨をかすめるように当てて脳を揺らす、人呼んで“首狩り鎌”。
「相変わらず、上司を殺しにくんなお前!!」
「組手の時は言葉が荒いですね、レイナート様!!」
言い合った直後、またふたりの影が重なった。
***
◆神樹◆
レグヌム国教会および、その母体となった大陸正教会は一神教である。一方、太古よりの多神教を、密かに信仰する者も多い。(一神教はこれらの“神々”を、『精霊』を誤認しているものか、人々を騙す悪魔であると断定)
前カバルス公の『神樹』に宿る神もまた、こういった土着の信仰のひとつである。
◆加護◆
この世界にはまれに、(おそらくは多神教の)神や精霊、その他大きな力を持つ者の《加護》を受けた能力を持って生まれてくる人間がいる。ベルセルカの加護については後述。




