レスポンス
とある惑星を対象とした一連の実験における最高責任者である博士は昼食を手早く済ませると、情報収集の中心となっているコントロールルームへと向かった。
その広く四角い部屋の壁三面には各種、大小さまざまなモニターが配置されていてた。配置されている各員はコンソールに向かって己のすべき仕事に集中していた。入って正面に見えるところにある一番大きなディスプレイには、青っぽい色の惑星が漆黒の背景に浮かんでいる画を映し出していた。おこなわれいる実験とは、対象惑星に住む知的生命体の危機的状況に対する一連の反応を伺うというものだった。そこに住む文明を持った生物の危機管理能力はもちろんのこと、彼らの社会動向、団結力、個人レベルから国家レベルまでにおける各々の性向、そのほかにも様々なパラメータを収集することも目的として含まれていた。そしてそれはかなりの長期間にわたるものだった。
誰もが真剣に仕事に向かっていた。コントロールルーム内のそのような様子を見ると博士は思わず、僅かに満足そうな笑みを浮かべた。そのとき、どこからか声をかけてくる者がいた。
「おはようございます。博士」
博士は振りかえって相手の姿を確かめた。声をかけていたきたのは情報収集部の主任だった。
「ああ、君か。おはよう。早くからご苦労様だね」
「いえいえ、博士ほどではありませんよ」主任は陽気な様子で答えた。
「どうだね? 順調か?」
「ええ、各種監視システムからは連日、莫大な情報が流れ込んでます。まあ、似たり寄ったりな情報が大半ですけれども。重複する内容はその割合だけを記録して圧縮保存してますが、よろしいですよね?」
「ああ、我々に割り当てられたデータバンクも無限というわけではないからな」
博士はいま一度、部屋を見渡した。
「前回のときよりも、対象惑星の住人らは情報取り扱いに関しては一段と進歩した様子だな」
「そのようです。でも博士、中間報告はご覧になったでしょう」
「ああ」博士は苦笑した。「彼らは中身は変わらんということだね。一言で言えば」
「まあ、そうでしょう。いわゆる、彼らの中でも一般市民と呼ばれる階層は一時的にパニック状態に陥ったり、状況分析能力に欠けている一面をおおいに見せていますよ」
「そのようだ」
「国家における高官と呼ぶ人の中でも、中には感情的な様子で呼び掛けている例も見受けられました」
「それなら下層の人々がパニックを起こさない方が不思議だな」
「とにかく、彼は全体でみると奮闘している様子です」
「彼らもなかなかやり手なわけだ」
「いずれにしましても、文明が高度化されたとしても彼らの性向は不変であるという博士の仮説は立証されますよ。そう言えば前回の実験の時は、確か……」
「彼らの時間感覚で言うと約一〇〇年前だ」
「そうでした。それになんでしたっけ? たしか彼らは、世界大戦なるものをやっていて、その終盤でしたね」
「そうだよ。彼らの身内争いの最中における、危機的状況が起きたことに対していかなる反応を示すかというのが、狙いだった」
「とすると……今回はその逆になりそうですね」
「それはどういう意味だ?」
博士は不思議そうな表情を見せた。
「これはまだでしたね。今日中に概略をまとめた報告を出そうと思っていました」
主任はそこで言葉を区切ると、ほぼ書き上げている報告書のホログラムをコンソールの目の前に表示した。「それじゃ、この場でご説明しましょう」
彼は少し改まった様子でつづけた。「いずれにしましても、彼らはまだ、このウイルスが惑星外から持ち込まれたものとは気づいていません」
「そうだろう。研究部がかなり苦心して作り上げたものだからな。どのみち彼らには分かるまい」
「ところがそれでも人工的に作られたウイルスだという見方をする人々がいるようなのです」
「ほう、それで?」博士は興味深そうな表情を見せた。
「それで、例の投下地点に選んだ場所があまりよくなかったのかもしれないと思われます」
「どういう意味だね?」
「ええ、彼らの猜疑心と空想力は我々の想像以上ですよ。しかも斜め上を行くものばかりです。いわゆる、その投下地点を有する国家が覇権国家というやつで、それに生物関連の研究所があったこともあるのか、その国家が意図的にこのウイルスを世界に広め、その危機的状況を利用して世界での影響力を強化しようという……」
「待ってくれ、その情報は確かなのか?」博士は話を遮るように言った。
「ええ、ほんとうです。それにその国家自身も、それとなく状況を利用している節があります。現に軍隊というものの動きが活発になっていますし、意図的な行動も見られます。それから、ウイルス拡散は各国の軍隊内でも見受けられます。つまり、軍事バランスの偏りの発生により軍事的緊張のリスクを高めています」
「呆れた話だ……」
「そうはおっしゃいますが、これも以前、博士の論文で述べられていたことの一つを裏付けるものです」
「そうだな。利己的、自己中心的性質を持ち合わせている、というやつだ。ただ、それは彼らの個人レベルに対する見解であって、国家レベルで当てはめようというのは思いもよらないことだ」
「いずれにしましても、個人レベルでもずいぶん荒れている地域もありますからね」
そのとき、すぐそばでコンソールのパネルに向かっていた、現地担当員との連絡係が声を上げた。
「失礼ですが博士。仮にもし、現地がさらなる混乱に見舞われるとなる場合、潜入してるエージェント達はどうします?」
博士は彼の方を向くと、思い出したような顔をした。
「そうだな……退避の可能性に備えておくよう、至急連絡を入れておいてくれ」
「了解です」
博士はまた主任のほうに向き直った。
「やれやれ、客観的事実や冷静に物事を見極める能力の低さは思った以上みたいだね。まったく、まがりにも彼らは、彼らの科学を信奉しているのではなかったのか?」
「全員が全員、科学を信奉するうえで適正な能力を備えている。あるいは訓練されているというわけではないようです」
「ああ……とにかく、今後とも情報を収集と動向観察は、より慎重に頼んだよ」
「お任せください」
「私はこれから、自室に戻って報告書の精査と今後の方針について、今一度検討することにするよ。何かあれば呼んでくれ」
「了解しました」
そうして博士は部屋の出入り口に向かった。
部屋を去り際、大きなディスプレイに映っている惑星に今一度視線を向けた。それからどこともなくつぶやいた。
「ソル系第三惑星の住人……いわゆる地球人は、ほんとうにミステリアスな存在としか言いようがないな」
この作品は別のショートショート作品「探査機」「伝染性パニック」「Dead End」との関連はありません。