シュヴァルツィア
とある古びた教会に、二人の少女が住んでいました。一人は淡い水色の服が好きで、シルバーブロンドの髪に赤い目をしていて、名前をヴァイセアといいました。一人は黒のドレスを日ごろ着ている、黒髪に赤い目の、シュヴァルツィアという子でした。
二人は同じ日に同じ母親から生まれました。シュヴァルツィアのほうが数時間だけお姉さんでした。二人が生まれてからほどなくして、彼女たちの母親は力つき、息絶えてしまいました。
父親がどこのだれかもしれない二人は、村の教会に引き取られました。いろいろなことを知っていて、村の人たちをよく手伝っていて、村の人々から慕われている、心優しくて穏やかな初老の牧師さまのところで、シュヴァルツィアとヴァイセアの二人はすくすくと育ち、髪色の他はうり二つの、たいそう美人に育ちました。
***
雨音に他のすべての音がかき消され、暴風が教会の窓を揺らした、二人の十才の誕生日の夜のことでした。
村のみんなが無事かどうか心配だと言い出した牧師さまは、シュヴァルツィアとヴァイセアに、次のように言いました。
「絶対に帰ってくる。危ないから、何があっても開けないように。明日の朝になっても帰ってこないようなら、晴れていたら、村まで探しに来てくれ」
シュヴァルツィアは何か良くないことを感じたのか牧師さまのコートの裾をつかみ、行っちゃダメ、明日にしようと、必死で引き止めました。けれど牧師さまはシュヴァルツィアに、いつものように優しくほほ笑みかけ、シュヴァルツィアの頭をそっとなでてあげると、何も言わないで出て行ってしまいました。
風に支えられたドアが重さで閉まるまでの少しの間、ほんのすぐ前の木も見えないような大雨の中に牧師さまが消えていくのを、シュヴァルツィアは不安に思いながらも、見守ることしかできませんでした。
次の日の朝。礼拝堂の十字架の下で眠っていたシュヴァルツィアは、小鳥たちの鳴き声で目を覚ましました。いつも晴れた日の朝は、小鳥たちは軽やかに歌っているのですが、その日はなんだか、悲鳴のように聞こえました。気持ちよく伸びをしたあとに、シュヴァルツィアは、不思議そうに首をかしげました。
ドレスのポケットに入れている赤いリボンで前髪を結び、向こう側にイトスギが生えている窓ガラスに姿を映していると、二階からヴァイセアがあくび混じりに下りてきました。
「ヴァイセア、二階の寝室に牧師さまは居なかった?」
シュヴァルツィアがそうきくと、ヴァイセアは目をぱちくりとさせ、あごに右手を当てて考えました。
「いつも牧師さまが寝ていらっしゃる寝室からは、あのうるさいイビキは聞こえてこなかったわ」
牧師さまは年のせいかイビキがとても大きくて、薄い木のドアなんかは意味がないくらいに大きな音が毎夜、壁がないふうに二階中に響いていました。それが夜にも朝にも聞こえてこなかったということは、牧師さまは日が変わって、夜が明けて、太陽の光が世界を温かく包み込んでもまだ、帰ってきていないということになります。
「まぁ、それは大変だわ!」
シュヴァルツィアは声を高くして言うと、両手でドレスの裾を上げ、黒いパンプスを鳴らしながら、教会の外へと走っていきました。
後に残されたヴァイセアは水色のリボンで前髪を結わえ、イトスギの手前の窓ガラスにシュヴァルツィアと同じように姿を映すと、いじわるそうにほほ笑みました。
教会と村をつなぐ、草原の中の土道を、シュヴァルツィアは走っていきます。もう少しで村の入り口だというところに、人だかりができていました。大人たちの間からのぞきこんで見ると、きのうの夜に出かけた牧師さまが、お腹から血を流して倒れていました。
シュヴァルツィアは両手で口をおおい目を見開くと、音を立ててその場に座りこんでしまいました。シュヴァルツィアは両手で顔をかくして、しくしくと泣きました。とても悲しそうに、とても悔しそうに、大粒の涙をいくつも落としながら泣きました。
「牧師さま……。なんで……、死んで……。絶対に帰ってくるっておっしゃっていたじゃないですか……」
肩を震わせながら、シュヴァルツィアは声を絞り出すように言いました。しかしそれを見た人たちは、だれ一人として、泣くシュヴァルツィアをなぐさめようとせず、ひそひそと話し合っています。
腰が曲がって茶色いつえをついている、たっぷりと白いひげをたくわえた村長がシュヴァルツィアの前に立ち、言いました。
「きのう、牧師さまが、わしらみんなの家を回ってくれてな。なにせ夜の大雨だ、危ないじゃろうと、若い氏を三人つけたんじゃよ」
それを聞いたシュヴァルツィアは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げました。その男の人たちなら、何かを知っているかもしれない。だれが牧師さまのお命を奪ったを知っているかもしれない。そういった淡い期待を、シュヴァルツィアは胸にいだきました。
希望が見え隠れているシュヴァルツィアの顔を見て、村長は眉を寄せました。村長派そのまましばらく黙ったままで居ましたが、ついに話し出しました。
「きのう、雨の中、わしのせがれとあと二人の男が、牧師さまを送っていった。牧師さまは村の出口で、ここまででいいと言って、せがれらと別れたんじゃ。せがれらは、雨の中に消えていく牧師さまとランタンの火を見とどけておった。明かりが見えなくなって帰路につこうとしたその時、ほの赤い光がボワァッと灯り、その中に見たそうじゃ。黒い髪に赤いリボンをした、黒いドレスの少女の姿を」
この村は年のいった人が多くて、逆に若い人たちはほとんど居ません。特に子どもは少なくて全部で三人、そのうちの一人は、金髪の男の子です。あとの二人は、牧師さまと同じ教会に住んでいる、シュヴァルツィアとヴァイセアでした。
きのうの夜、若い男たちが薄暗がりで見たのは、黒髪で、赤いリボンをした、黒いドレスの女の子。そのような見た目をしているのは、シュヴァルツィアしか居ません。
「そんなっ! 私、牧師さまを殺したりなんてしません! それに私はお祈りの場で、朝までぐっすり寝ていました……!」
シュヴァルツィアは声を大きくして、自分の無実を伝えようとしました。左手を胸に当てて、心から訴えました。けれど大人たちはみんな、眉を寄せています。疑うような目でシュヴァルツィアを見ます。だれも、シュヴァルツィアの言うことを信じようとはしません。
人々の後ろのほうから、石が一つ飛んできました。それはシュヴァルツィアの右ほほに傷をつけ、その傷からは血が流れました。驚いたシュヴァルツィアは左手で傷を守りながら、石が飛んできた方向をよく見ました。そこには、ゼエゼエ、ハアハアとつかれたように息をする、村でたった一人の男の子が居ました。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、うるさいな! どー考えても、お前しか居ないだろ!」
男の子は吐き捨てるように、シュヴァルツィアに言いました。それにシュヴァルツィアは、ただ驚くことしかできませんでした。
今度は違う方向から、同じくらいの大きさの石が飛んできました。その次はまた別の方向から、小さな石が二つ三つ飛んできました。その石たちはシュヴァルツィアのドレスのスカートに当たり、肩に当たり、口の横に当たり、細い腕にあたりました。
「さっさと消えろ! 二度と来んな! 黒髪に赤目の、魔女め!」
人々は口々にそう言いながら、シュヴァルツィアをめがけて石を投げ続けました。シュヴァルツィアはケガがどんどん増えていって、血がたらたらと流れます。見開かれた目からは、豆よりも大きな涙がボロボロと落ちていきます。体が震えて、声がまったく出せません。体が思うとおりになりません。けれど村人たちは、そんなシュヴァルツィアを心配することもなく、石を投げることをやめません。
それはそれは恐ろしい言葉が、シュヴァルツィアの口から出たがります。それでも、シュヴァルツィアは言いませんでした。取り返しのつかなくなるその言葉を空気といっしょに飲み込んで、シュヴァルツィアは泣きながら、教会までの道を走っていきました。
ヴァイセアは長いすで鼻歌を歌いながら、シュヴァルツィアの帰りを待っていました。太陽はもう南の空の高くにあります。シュヴァルツィアが教会を出たのは太陽が東の空にあるころでしたから、長い時間、シュヴァルツィアは帰ってきていないことになります。
しびれを切らしたのかヴァイセアが階段を上ろうとした、その時のことでした。教会のドアがゆっくりと開いて、ぼろぼろになったシュヴァルツィアが帰ってきました。
「シュヴァルツィア! いったい、何があったの!?」
ヴァイセアはシュヴァルツィアにかけよると、とても心配なようにそう問いました。それに対してシュヴァルツィアは、ただ首を横に振るばかりで、何も言おうとはしません。そんなシュヴァルツィアにヴァイセアはあきれたように溜め息をつくと、シュヴァルツィアを浴室に連れて行きました。
ヴァイセアは新しいタオルでシュヴァルツィアの傷口から流れ出る血を丁寧にふき取ると、シュヴァルツィアの腕を取り、バケツからひしゃくにすくった水で、シュヴァルツィアの腕の傷を洗い流しました。冷たいと逃げようとする姉のシュヴァルツィアに、ヴァイセアが、お姉ちゃんなのにみっともない、とつぶやくと、シュヴァルツィアはまるでしかられた子犬のように、しょんぼりとして大人しくなりました。
「もうすぐ終わるからね……。それにしても、シュヴァルツィア。こんなにも多く傷をつくって、いったい何をしていたの?」
心配そうに質問するヴァイセアに、シュヴァルツィアはただ、転んだだけと伝えました。シュヴァルツィアの今にも泣きそうなほどに悲しそうな顔を見てヴァイセアは、シュヴァルツィアに気づかれないように、静かにほほ笑みました。
場所を礼拝堂に移し、ヴァイセアは、シュヴァルツィアの傷にガーゼをはったり、包帯を巻いたりして、丁寧に手当てをしました。
「ありがとう」
シュヴァルツィアはほほ笑みながらヴァイセアにそう言うと、よろよろとしながら階段を上がっていきました。それを見とどけたヴァイセアはとても楽しそうに笑い、礼拝堂の中をスキップして回りました。もちろんこのことは、ヴァイセア以外のだれも知りません。
***
次の日から、雨の降らない日は毎日、村から何人かの大人の人が、お祈りもしないのに教会にやってくるようになりました。
最初は、牧師さまのお葬式を、シュヴァルツィア以外のみんなでする、というお話でした。みんなが尊敬していた牧師さまの命を奪った人が、たとえ子どもでも、お葬式に参加することはダメだとのことでした。シュヴァルツィアは、それは当たり前のことだとうなずいて、お葬式の間は自分の部屋でひとり、牧師さまが無事に天国へと行けるようにと、お祈りをしていました。
その次は、シュヴァルツィアがニワトリの卵を盗んだというお話でした。シュヴァルツィアはお葬式の次の日から、教会のお庭より向こうには行かないで、買い物はすべてヴァイセアにお願いしていました。なので、シュヴァルツィアが村に居るはずはありません。シュヴァルツィアは一所懸命に、そのことを伝えました。けれど、だれも信じてくれませんでした。
次の日も、その次の日も、人が変わったりそのままだったりしながら、村人たちはやって来ました。壁が壊された。売っているものが盗まれた。犬が鼻にカメムシをつけられて気絶していた。窓に石を投げられて窓が割れた。それが起こって現場に来てみると、黒い髪の毛で赤いリボンをつけた、黒いドレスの女の子が必ず居るというのです。
自分はやっていないと、村人たちが来るたびにシュヴァルツィアは言いました。けれどだれも、聞く耳を持ちませんでした。ひとりにつき一回ずつ殴られ、シュヴァルツィアは毎日ボロボロになって泣きました。悪魔だ、魔女だ、魔女の使いだ、モンスターだ、死ね、消えろ、居なくなれ。殴られながらそう言われ、シュヴァルツィアが泣かない日はなくなりました。
***
ずっと雨が続いて、その日は四日目の雨でした。牧師さまが死んでいた前の日と似た、嵐の夜でした。急に周りが白くなったかと思うと、その数秒後に雷の落ちる音がゴロゴロと聞こえるというようなことが、何度も何度もありました。
天井にまで届きそうな十字架を前にして、シュヴァルツィアはお祈りしていました。胸の前で両手を組んで、シュヴァルツィアは震えながら言いました。
「ああ、神様。なにゆえ私は、私のやってもいないことを、とがめられねばならぬのですか」
電気もろうそくもない礼拝堂の中がまた一瞬だけ明るくなり、地鳴りのような音がゴロゴロと響きました。先ほどまでと比べて間の時間は短く、雷が近くなっていることがわかります。
「あなたが魔女だからじゃないの?」
聞き覚えのある、いえ、いつも聞いている声が、シュヴァルツィアの真後ろでそう言いました。驚いたシュヴァルツィアは、聞き間違いかもしれないと後ろを振り向きました。
そこに居たのは、黒のドレスと赤色のリボンの、黒髪をした女の子――もう一人のシュヴァルツィアでした。
慌てて自分の両手のひらを確かめるシュヴァルツィアに、もう一人のシュヴァルツィアはとてもおかしそうに笑いました。その笑い方は、シュヴァルツィアはしたことがありません。逆に、いつもそのように笑っている少女が居ました。それは――
「ヴァイ……、セア……?」
疑い半分なシュヴァルツィアのその言い方に、もう一人のシュヴァルツィアは笑いながら、自分の髪の毛を引っぱりました。黒い髪の下から出てきたのは、まるで月の光のような銀色の髪でした。
シュヴァルツィアは絶望しました。牧師さまを殺したこと、他人の家を壊したこと、盗みを働いたこと、犬にいたずらをしたこと。身に覚えのないすべての罪の犯人が、自分になりすました、双子の妹だったのです。
「ヴァイセア……、なんで、なんであんなことを……!」
シュヴァルツィアとヴァイセアは、命や物の大切さや、すべての行いは神様が見ているということ、遠い国ではすべての物に神様が居るということを、毎日のように聞かされていました。なので、シュヴァルツィアは、古くなった服をぬい直したり、礼拝堂のいすのホコリを丁寧に払ったり、ご飯を食べるときもすべてへの感謝を忘れずに口にしていました。
シュヴァルツィアはどこへ行っても、その心を忘れずに動いていました。他人をいたわり、物を大切にし、自然にいつも感謝していました。そして、自分の妹であるヴァイセアも、当然そうなのだと思っていました。
「なんで……? それはね、シュヴァルツィア。あなたが居るせいで、だれも私を見てくれないからよ」
ヴァイセアは歯が割れそうなほどに歯をきしらせて、雷の音に負けないくらいに大声でそう言いました。
「あなたは、まったく気づかなかったかもしれないけれどね。牧師さまはどこへ行っても、シュヴァルツィアは、シュヴァルツィアはって言っていたのよ。私たちがベッドに居るときだって、礼拝堂の奥の部屋にお客を呼んで、ずっとずっと、お客といっしょに、シュヴァルツィアは優しい、いい子だ、って言ってたのよ! 私の話なんて、これっぽっちもしないで!」
自分も周りの人たちもみんな等しく大切にする性格のシュヴァルツィアとは逆に、ヴァイセアはとてもプライドが高い少女でした。何でも一番にならないと気がすまないヴァイセアは、ケンカをしても絶対に勝てるように努力して、宿屋に行ったときも一番よくお手伝いをして、聖典や聖歌も人一倍多く読みました。
ヴァイセアは、とても努力家でした。しかし、聖職者である牧師さまは、そんな自分に見向きもしないで、どこまでも博愛的な双子の姉シュヴァルツィアのことをよく気に入ったんだ、と、ヴァイセアは笑顔をゆがませながら、悲鳴のようにそう言いました。
「だからね、シュヴァルツィア。あなたを消すことにしたの。みんなが私を見てくれるように!」
ヴァイセアは銀色のナイフを右手に、シュヴァルツィアに襲いかかりました。驚いて後ろにさがったシュヴァルツィアは、十字架の下でおしりをついてしまいました。
ヴァイセアはシュヴァルツィアの前にかがみ、シュヴァルツィアの喉にナイフを向けました。シュヴァルツィアは逃げようと後ずさりましたが、後ろの壁にぶつかってしまいました。前にはナイフを持ったヴァイセアが居ます。シュヴァルツィアはもう、これ以上どこにも逃げることはできません。
「黒い髪に赤い目。本当ならあるはずのないカラーリング。それはおとぎ話の魔女の色。世界を滅ぼす悪魔の色。左利きは悪の象徴。反対に、私はアルビノよ? アルビノは神の使いと言われているわ」
今にも泣きだしそうなか細い声で、ヴァイセアはうつむいてそう言いました。そして顔を上げると、ヴァイセアは大粒の涙をいくつも流しながら、目を真っ赤にして怒っていました。
「本当なら、本当ならあなたは、消されるはずなの。私がみんなに見てもらえるはずなのよ。それなのになんで、なんであなたが……!」
ヴァイセアはナイフを高くかかげ、シュヴァルツィアをめがけて振り下ろしました。
ドッ、と、ナイフが刺さる音がしました。シュヴァルツィアにおおいかぶさったヴァイセアは口から血を流して、その場に倒れこんでしまいました。おなかには、ヴァイセアが右手に持っているものと同じ形の、黒のナイフが刺さっていました。
シュヴァルツィアは血まみれの両手でヴァイセアをひざの上に乗せ、ヴァイセアの頭を優しくなでました。
「あのね、ヴァイセア。私は、あなたが褒められているのしか聞いたことがないの。私は牧師さまに、褒められたことがないの。そしてね、私はとても寂しい、なんで褒めてくれないのって、牧師さまに聞いてみたことがあるの」
シュヴァルツィアは何回も、何回も、ヴァイセアの頭をなでました。窓を揺らす風が静かになって、雷の音も止みました。真っ暗な部屋の中は、雨の音でいっぱいになりました。
静かに、穏やかに、もうどこにも居ない牧師さまがいつも話していたように、シュヴァルツィアはヴァイセアに言いました。
「……牧師さまはね。とっても、恥ずかしがり屋さんだったの。私たちがベッドに入ってしばらくしたら、牧師さまは私たちが起きていないかを、そっと確かめに来ていたの。そして片方が寝ていたら、その寝ているほうの自慢話を、村の人に延々としていたの」
だから、ヴァイセアのことを見ていなかったわけではない。ただ牧師さまが変な人だっただけ。シュヴァルツィアは優しく、ヴァイセアにそっと言いました。
ヴァイセアは、牧師さまの変なクセを、自分もよく自慢されていたということを知り、シュヴァルツィアのひざの上でしくしくと泣きました。
やがて、満月がいちばん高い時刻になりました。嵐はいつの間にか去っていて、物憂げな虫の歌が聞こえてきます。
「あら……、虫さんたち……。ありがとうね」
シュヴァルツィアはそう言うと、ヴァイセアの頭をなでる手を止めました。ヴァイセアはすやすやと眠っていましたが、もう、ヴァイセアから息の音が聞こえてきません。ヴァイセアの体は、まるで氷のように冷たくなっていました。
シュヴァルツィアはヴァイセアが持っていたナイフを取ると、両手でナイフのつかを持って、自分ののどに先を向けました。
大きく息を吸い、そしてまた大きく息を吐くと、シュヴァルツィアは自分の喉に、銀色のナイフを突き刺しました。
***
次の日も、その次の日も、村には『シュヴァルツィア』の姿は見えませんでした。かえって心配になってきた村人たちは、教会に様子を見に行くことに決めました。
出発の前の日の夜、村長のせがれがランプの明かりを消そうとすると、ヴァイセアによく似た半透明の人が、部屋の中に立っていることに気づきました。その人はヴァイセアの声と口調で、次のように言いました。
「すべては、私がやりました。理由は、私が、さみしかったから。もし子どもを褒めるときは、子どもが居るところでも褒めてあげて」
そうして、その人は、すうっと消えていきました。
翌日、村長のせがれと数人の若い男の人は、教会の入り口のドアを開けると、十字架の下で仲良く眠る、シュヴァルツィアとヴァイセアを見つけました。