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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

適合チート全部乗せ

作者: システム

「あなたに全てを与えましょう」


 薄ぼんやりとした光が一面を満たす空間において、乳白色の羽衣を纏った女はそう言った。

 亜麻色の髪はサラサラと揺れ、悲しげな表情をしているがそれすらも美しい。まさしく、この世のものではないかのような美貌をしている。


「私があなたから全てを奪ってしまった。女神でありながら運命の調律を誤ってしまったせいで、あなたの本来の寿命よりもずっと前に死なせてしまいました。本当に申し訳ありません」

「つまり、異世界転生ってやつ!? やったー!!」


 女神に対して喝采を上げたのは中年の男。小太りした体型で背は低い。頭頂部は禿げており、くたびれたスーツを着ている。

 轟音と衝撃に襲われたかと思えば、いつの間にか訳の分からない空間に連れてこられて非常に困惑していた。しかし、目の前にいる女神の発言と前後の状況を踏まえて、彼は自分にとって非常に都合のいい結論を出していた。

 すなわち、女神からのお詫びによる特殊能力(チート)を付与された新天地でのやり直しだ。

 ガッツポーズをとる中年男に困惑した目を向けながらも、女神は沈痛な表情で説明を続ける。


「え、ええ。理解が早いようで……早すぎるようですが、何よりです。あなたには私から望むモノを貰い、異世界で新しい人生を営む権利があります。(ことわり)に反するので、地球に戻れないのは申し訳ないのですが」

「全然オッケー! どうせ天涯孤独だし、うだつの上がんねぇ生活にも飽き飽きしてたし!」


 自分が死んだというのにやけに明るい中年男に面くらいつつも、女神は説明を続ける。


「え、えっと、では次の人生で望みはありますか? その世界での産まれ方も選べます。あるいは、転生ではなく状態を保ったまま転移ということも可能です」

「状態このまま転移……。いや、こんなハゲたチビデブのオッサンのままってのも嫌だな。若返りとかできない?」

「肉体を変成すればできます」

「じゃあ、それお願い! あと、イケメンで高身長で細身だけど筋肉質みたいな理想の体型にできる?」

「それも肉体をいじれば可能です。予測ではこのような感じに」


 女神がそう言った瞬間、突如として人間の身体が全て映り込むような大鏡が出現した。

 そこに映っているのは、中年男の残り香など感じさせない痩身長躯で髪から顔まで全てが整った青年風の男だ。


「うひょー、いいじゃんいいじゃん! これなら階段を上がる度に息切れとかしなくて済むし、親父狩りとかにも怯えなくて……あれ、そう言えば俺が行く異世界って安全とかどんなん?」


 さっきからやたらとテンションが高かった中年男だが、ふと我に帰って女神へと質問をした。


「地球の現代日本に比べれば、概ね悪いと言えるでしょう。人を襲う獣も多い上に、治安維持機構の目が行き届かない場所も多いので」

「ダメじゃん! というか、そうだよ当たり前だよ。異世界行くからには、もっと現地のことを知らなきゃ。そもそも、その異世界ってどんな所なの?」

「文明レベルは地球における15世紀程度。ただ、国や地域によって風習や常識の違い等は当然あります。世界的に共通している特徴は、魔法など地球には既に無い法則が現役という点でしょうか」

「面倒くさそうだな……。身体がどれだけ優れてようと、かなりしんどいことになりそうだ。どうにかならない?」

「可能です。あなたが望めば、その分だけ知識でも経験でも与えましょう」


 中年男は女神の発言に目を剥いた。

 少し考えてから、おずおずと口を開く。


「じゃ、じゃあ……言語とか通じる? 流石に一から学ぶのは避けたい」

「応じます、あなたにを言語を贈りましょう。あらゆる国、どんな種族でも通じる翻訳機能を」

「……本当にいいのか?」

「最初に申し上げた通りです。あなたに全てを与えると。必要だと思えば何でも催促して貰っても構いません」


 要求を何でもなさそうに受け入れた女神に驚きつつ、それならばと中年男は更に続けた。


「風習や常識が違うって言ってたよな? じゃあ、それに対応した礼法とか……」

「補完します、あなたに知識を渡しましょう。その世界のどんな賢者ですら敵わないような叡智を」

「15世紀くらいなら、物々交換だけってことはないだろ。所持金ゼロの状態からスタートってのも……」 

「付け足します、あなたに資金を持たせましょう。あらゆる場所に応じたそれぞれの貨幣を」

「うーん、常識を知ってても実際に上手く使えるかは不安だな。誰か親切な人を……」

「手繰ります、あなたに運命の相手を宛てがいましょう。異世界における案内人となる、情勢に詳しい善人を」

「そういう点じゃ、戦闘にも慣らしが必要か。治安が悪い地域とかも対応しなきゃ……」

「添付します、あなたに経験を差し上げましょう。あらゆる武器や戦闘に精通した、達人としての技巧を」

「戦闘と言えば、あの肉体ってどんだけ頑丈なんだ? 事故や風土病で死ぬとか……」

「強化します、あなたに至上の肉体を譲りましょう。どんな物理も魔法も毒も病気も効かず、竜にすら膂力で勝てる身体を」

「あ、そういや魔法とかあるんだっけ? 折角だから使ってみたい……」

「付加します、あなたに魔法を給いましょう。あらゆる魔法を使える知識と才覚、もちろん経験もセットで」

「他にも色々と……」

「了承します、あなたに何もかもを授与しましょう。あなたが異世界に適合できるように」


 そうして、中年男と女神のやり取りはしばらく続いていった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「よし、これで全部だ!」

「かしこまりました。それでは、肉体を再構成して異世界への転移を開始します」

「おう、よろしく頼むぜ! これなら勇者にだってなれるっしょ! 前世がしょぱかった分、思いっきり笑って過ごしてやるさ!」


 中年男の満足げな声に応じて、女神はどこからか分厚い本を取り出すと、それを鏡の中に投げ入れた。本は鏡面を波打たせながら、中にいる青年風の男へずぶずぶと沈んでいく。


「これで、先ほどあなたが望んだ知識や経験は全てインストールされます。では、良い人生を」

「ああ、俺も――ぎゃあああああああ!」


 中年男のニヤケ面が崩れて悲鳴を上げたのは、本が完全に沈みきった途端だった。

 原因となったのは全身を苛む激痛。あらゆる痛覚神経を寸刻みにされているような感覚は中年男に我慢できる筈もなく、断末魔にも等しい響きをその喉から発させた。


「いぎぃぎぎぎぎ……ぎゃううううう!! い、痛い! いだい! い”ぃだい”ぃぃぃぃぃ!! た、だずげ――止めでぐれぇ!」


 身体の内側から無数の針が突き出てくるような痛みに、白目を剥きながらビクンビクンとのたうつ男の身体は徐々に変成しつつある。もしも男に余裕が残っていたのなら、鏡の中にある『理想的な姿』に近づいていくのが見て取れたろう。

 そして、余裕を持って男の側に立つ女神は言った。


「いえ、肉体の変成は滞りなく行われているのですが……。ちゃんと、あなたが望んだ通りに」


 皮肉なのか純粋に誠実なのか。その声に含まれている感情がどういったものか、全身の細胞をグツグツと煮込まれるような熱さを味わっている男からは伺い知れない。

 自分の骨や筋肉が軋む音もプラスされた無限にも思えるような時間の中で、男はありったけの呪詛を女神に叩きつけていた。と、ふとした瞬間に男は地獄の責め苦から開放された。


「ああ、ちょうど終わりましたね。肉体の変成はこれで完了です。調子はどうでしょう?」

「さ、最悪に決まってる……が、一応は成功したのか……?」


 変成こそ終わったものの、その余韻は体中に残っている。男は蹲ったまま、出来の悪いグローブのようだった以前の手とは違う、細く長い白魚のような手を。


「クソッ、とんだ災難だ。さっさと異世界へ――」

「あ、そろそろ次が来ると思うので覚悟を決めてください」

「何を――っか!? うっ、けきゃっ、くはっ!?」


 瞬間、男の頭に膨大な情報が流れ込んで来た。

 これから行く異世界のあらゆる(・・・・)文化、風習、情勢、言語、宗教、魔法、学問、地理、その他諸々。とても人の頭の容量で受けれられるものではなく、脳がオーバーフローを起こす。

 今度はマトモな叫び声を上げることさえできなかった。男は端正になった顔立ちを台無しにし、体中のありとあらゆる穴から液体を垂れ流し失神している。

 それを見て、女神はため息をつきながら呟いた。


「ああ、やっぱりこうなってしまいましたか。折角の権利だったというのに。まあ、私は私の義務を果たしたので良しとしましょう」


 そうして女神が腕を上げると、男の下に黒い穴が現れた。男は穴に飲まれ、そのまま沈んでいった。


「とはいえ、あのままでは流石に不憫というもの。せめて、残った願いも叶えてあげましょうか」


 穴も消え失せ、薄光だけとなった空間で女神はそう独りごちた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 この星の歴史において、『勇者』の存在を外すことはできない。

 その男はある日突然、大量の貨幣に埋もれる形で発見された。名前も来歴も語らないこの男は当初不信がられたが、第一発見者の手助けもあり、何とか周囲の村に受け入れられた。

 魔法も武技も知識も抜きん出ていた男は、保護されてからしばらくした後に起きた、別の星の民からの侵略に対して連戦連勝することでその地位を確固たるものにした。

 あらゆる人種の言語を用い、その力で交渉してこの星に棲む全ての者の意思を統べ、何よりどんな相手にも臆することなく戦って勝った男は、結果として『勇者』と呼ばれた。


 しかし、全ての戦いが終わった後に勇者は動力の切れた玩具のごとく倒れて動かなくなってしまった。

 その様はまるで死ぬというよりも、役目を終えた演者が舞台から降りるかのようだったという。結局、彼の勇者が何を欲して戦いに望んだか知る者はいない。

 ただ、その死に顔は安らかに笑っていたという。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず根性悪いですね!次はもっと長いの書いてください!
[良い点] チート入れすぎたらオーバーフローしますよね [一言] なぜ美少女転生ではないのでしょう? 終わった後を考えれば美少女の方が良かったきはします。
感想一覧
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