【閑話】あのことあのこ
「でさ、まなさんはどうなの?」
繁華街の居酒屋、まわりはガヤガヤと賑やかで少し声を張らないと聞こえない程。
それでもゆきさんのその問い掛けはまっすぐ私の耳に飛び込んできた。
「…どうもこうもないよ?私はもう結婚する身だし。」
「ふぅん…。」
何とも言えないを返答をするゆきさんはきっと色んな事をお見通しなんだろう。
お店自慢の果実の漬込みハイボールをゴクゴクと飲み干しながら頭を巡る色んな言葉を組み立てる。
そんな私を知ってか知らずか自ら投げ掛けた問いなどなかったかの様に、ゆきさんは手羽唐に舌鼓を打っていた。
「きっと、『あいちゃん』が好きなさっちゃんの方がいいんだよ。」
曖昧なその言い回しでも私の言いたい事が伝わったのかさっきとは違う、ふぅんが返って来た。
あいちゃんが私の事を好きだという事も、さっちゃんがあいちゃんの事が好きだという事も随分前から気付いていた。
何なら本人達が自覚する前からと言っても言い過ぎではない気がする、伊達に物心ついた時からオールマイティに恋愛してる訳じゃないのだ。
ただ私はあいちゃんのその手を取れなかった、取ろうと思えば勿論取れたのだけど。
それをしなかったのは偏にあいちゃんの幸せを考えた結果だ。
…何て自己中心的なんだろう、勝手に人の幸せを決めつけるなんて。
「まなさんがいいと思ってるんならいいんじゃ?」
箸を持つ手を止めた私を見かねたのかゆきさんから飛んできた言葉は思考の沼に沈んでいた私を掬い上げた。
確かに、悩んだって仕方ないのだ、私には恋人がいて後数ヶ月すれば入籍する。
あのことあのこを袖から応援する事はあっても今更私の立つ場所は用意されていない。
舞台を降りたのは他の誰でもない私自身なのだから。
「そうだよね、私は自分の出来る最善を選んだつもりだし。」
だから、どうか、あの2人が幸せに笑っていてくれますように。
ジョッキの中の最後の1口を流し込み、また独り善がりな願いを重ねた。