くものいと
「よーっす。」
右手をあげて玄関に入ってきたのはみっちゃんだ、逆の手にはパンパンに膨らんだマイバッグを下げている。
お邪魔しまーすと言いながら靴を揃えるのもいつも通り、それに何も返せない私だけが異質なものなように感じた。
真っ暗な部屋も返事をしない私も意に介さず部屋にあがりこんだみっちゃんは容赦なく明かりをつけた。
暗闇に慣れた目には痛すぎる、ギュッと閉じた目を開けた時には既にさっちゃんはキッチンで持参してきたものの店開きを始めていた。
「さつき、最後にご飯食べたのいつ?」
「え……や、分かんない。」
正直に答えると深い深い溜息を吐かれた、幸せが逃げるなんてもんじゃないその深さに含まれた感情を拾ってしまい心がキュッとした。
所在なさげに立ち尽くす私を見たみっちゃんはまた小さく溜息を吐く。
「今、私が怒ってると思ってるでしょ?」
呆れが混じった問いかけに小さく頷く、だってどう考えたってその言い方は怒ってるに決まってる。
何に怒ってるのかはよく分からないからそこは聞かないでほしいけど。
幼児のような思考なのはそれこそしばらくまともな食事を摂ってないからかも知れない。
「ばか、私は心配してんの!さつきのこと!」
コツンと頭に小さな衝撃を感じた、いつの間にかそばまで来ていたみっちゃんの優しいげんこつだった。
ようやく目を合わせてみると、確かに、そこには怒りではない何かが浮かんでいるように思える。
何となく後ろめたい気持ちでさっきまで一度も目を見れてないことに気づいた。
「せめてスタンプでもいいから何か返しなよ?野垂れ死んでるかと思って本当に心配したんだから。」
そう言われてしばらく連絡用アプリを開いていないどころかスマホ自体に触れていないことを思い出した、いつぞや充電をしてカバンに入れたままなのかも知れない。
連絡SNSはもちろん、私が利用しているSNSは全てあいちゃんと繋がっていて、通知が怖くて意識的に見ないようにしていた。
まさかみっちゃんが連絡してくれていたなんて微塵も思っていなかったのだ。
「ごめん……。」
無事ならいいんよと笑ってみっちゃんは台所に戻って行った、心配して来てくれたのは分かったのだけどどうして台所に立っているのかはいまいち分からない。
手持ち無沙汰になってとりあえず座ってみっちゃんの背中を見つめてみることにした。
手際よく野菜類を洗って切り始め、その手を止めると我が家の冷蔵庫を開いた。
中身を見たみっちゃんがじっとりした目でこちらを振り向く。
あーこれは何も入ってないのを責めてるやつ……
気まずくなってそっと視線を逸らした。
当たり前といえば当たり前なのだけど冷蔵庫の中には飲料水とお酒しか入っていないのだ。
みっちゃん実は1話から登場しています