わたしとあのことあのこ
ありがとう、そう言って笑うあなたが私を見てない事なんて分かってる
だけど、一瞬でもいい、その瞳に映る、それだけで充分なんだ―――…
「みっちゃんー。辛いよー、すっごい辛いよー…けど幸せー。」
脈絡のない羅列を同志、もといみっちゃんにぶつける。が、流石心の友、それで察してくれたのか言いたい事はよく分かるとばかりにぽふぽふと頭を撫でられた。
炬燵台にだらしなく頭を預けながらううーと言葉にならない音を漏らす。顔をカウンターに向けた、炬燵とカウンターが同居するここは行きつけのバーだ、アットホーム感満載過ぎるだろと思わなくもないが居心地がよすぎて時間を見つけては飲みに来ていた。
そこで出会ったのが私の視線の先で女の子をむぎゅむぎゅしているあいちゃんだ。いいなー代わりたいなーと思いながらそっとそのやりとりを見つめる。
「あいちゃん痛いってばー。」
「あ、ごめん。まなちゃん大丈夫?」
「もー大丈夫だけど痛かったー。」
そう言いながらあいちゃんの腕を抜け出してまなちゃんは別の人に話しかけに行ってしまった。
キュッと口を結んでその背中を見つめているあいちゃんの横顔を見つめる、今にも泣くんじゃないかと言わんばかりの表情だ。
私ならそんな顔、させないのになあ……。
「あいちゃん!」
「…!さっちゃん!!」
そんな気持ちを微塵も出さないでその名前を呼ぶ、ぱっと顔を綻ばせたあいちゃんが広げた腕に飛び込んでくる。
そっと肩口に顔をうずめた。隣に座っているみっちゃんの小さな溜息が聞こえた気がしたけど聞こえないフリを決め込む。
これで、いいんだ、これ以上何も望まない。
何てかっこつけた事を思った端からあいちゃんが胸元に頭をぐりぐりしてきて前言撤回したくなる。
仲良しの友達の仮面を被ってどしたー?と背中をぽんぽんしてみた。
「まなちゃんがー…」
酔っぱらっているのか顔をあげたあいちゃんの目は眠たげだ。それ以上言葉を続ける気はないらしくそのまま他のお客さんときゃっきゃしているまなちゃんを見つめている。
本人にまなちゃんを好きな自覚があるのか私は知らない、知らなくていい。うっかり自覚させたりしたら後悔してもしたりなくなってしまう。
少し低い頭越しに私もまなちゃんを見つめる、各々の恨みがましい視線を感じたのかまなちゃんがこちらを見た。
あいちゃんの腰に私の腕が回っているのを見ていいなー!と声をあげて駆け寄ってくる。
「2人でいちゃいちゃしてる!私も混ぜて!!」
2人まとめてぎゅっと抱きしめられた。
お陰様と言うか何と言うかあいちゃんとの距離がぐっと近づく、そっと鼻をすんすんさせる、いい匂いがした。
「ん~やっぱ女体はいいねぇ。」
「おっさんかよ!」
あいちゃんの太ももをさすさすしているのを目ざとく見つけてしまい思わずツッコミが口から出てしまった、ほんと質が悪いと言うか何というか…。
まなちゃんは男女共いけるクチだと公言はしてるものの私から見る限りあいちゃんに恋愛感情があるとは思えない。
のに、この態度なのだ。何にしろ1番はあいちゃん、行動の起因はあいちゃんの為、あいちゃんがしたい事が私のしたい事。
そりゃ恋にだって落ちるだろうと思う。ただ仕方ないでは自分の恋心が納得できなかった。
一方の私がどうして恋に落ちたのか、なんて自分でも実際のところよく分かっていない、正直自分の恋愛対象は男のみだと思って20何年生きてきた。
悩まなかったと言えば嘘になる。これは本当に恋なのか、友情と履き違えているだけではないのか。
ただ友情では済まされないドロドロとした感情が根底にあるのに気付いた時、漸く飲み込むことができた。ただ黙って話を聞いてくれるみっちゃんの存在も大きかったと思う。
「さーっちゃん!」
名前を呼ばれるまでふよふよと意識を飛ばしていた、ハッと目を戻せばフレームアウトしそうな程近くにあいちゃんの顔があった。
何ー?と平静を装って首を傾げてみるけど絶対に顔が赤い。駄目だちゅーできそう、いやもういっそしてしまおうか。
私が邪な考えに囚われようとしてるとはつゆ知らずあいちゃんはえへへと可愛く笑う。
もう!ほんと!どうしてやろうか!!!
声に出さなかった自分を褒めてやりたいレベルの破壊力だった、まなちゃんはいつもこれと向き合ってて手を出さないとか仙人なのかも知れない。
くだらない事を考えていないとうっかり手を伸ばしてしまいそう、と思った時にはもう遅くむにと柔らかな頬を摘まんでしまっていた。
半ばやけくそに反対の頬にも手を伸ばす、横にみょーんと引っ張ってみると恨めし気な視線とぶつかった。
理性がおかえりなさいした、咄嗟に口から謝罪が出かけるもそれは唐突に阻まれた。
「い、いひゃいー…。」
いつの間にか私の背後に回っていたまなちゃんが容赦なく私の頬を引き伸ばす。
私はそこまで引っ張ってない、はず!!抗議の意を込めて首をふるふるしてみるもその手は緩まない。
絶対これはさっきと別の意味で赤くなってるやつだ。
「さっちゃんばっかあいちゃんと遊んでるんだもん…。」
「まなちゃんヤキモチ妬かないでー、ほら顔ー。」
ぽつりと落とされた言葉、それを聞いたあいちゃんの表情がパッと明るくなる。
空いていた両手を私の背後に向けて広げる、私にもたれかかる様にしてまなちゃんが前のめりになった。
イーッとあいちゃんの手によって引き伸ばされるまなちゃんの頬、思い切りが良すぎて痛そうにも関わらず当の本人はどこか嬉しそうだ。
3人でほっぺを引っ張り合うという奇妙な状態、真ん中に挟まれているはずなのに置いてけぼりにされてしまった様な気がして俯いた。
またみっちゃんの溜息が聞こえた気がした。