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人の家に帰ろう

 朝の心地よい光が差し込み、鳥の鳴く声がする、午前5時。毎日のように学校に遅刻寸前で通っていた俺は朝目が覚めた時、自分が早起きできたという事実に少なからず驚いたものだ。


 しかし、自分の新たな可能性に気づいた喜びですらもこの状況を前にして燻ってしまった。


 何も俺は全てが上手くいって欲しいとは望まない。でも、今日という祝福されし日にまた神は俺に試練を与えるのか・・・?


 「・・・・・・・・・・・」


 静寂の中で、時計の針の音だけが響く。刻一刻と時間は過ぎているのだ。


 ふと右上を見上げると、そこには口元に笑みを浮かべながらも、目に深い闇を抱える女の姿があった。怖さの余り叫んでしまいそうなのをグッと堪えて、俺はまた目の前の試練に顔を向ける。


 できることなら逃げ出してしまいたい。だがそれは叶わぬことなのだ。俺が生きている限りは。


 深く息を吐き、呼吸を整える。俺は意を決して、手元にある細く尖った棒を掴んだ。


 そして、目の前の試練、そう、人参に突き刺してそのまま口へ運んだ!


 「まじぃぃぃぃっ!もう野菜ばっかり食いたくねえぇぇっ!!」


 馬鹿みたいな俺の叫びは、病室にこだまして、空しく消えていった。



 「あ、ありがとうございましたぁ・・・」


 「ありがとうございました」


 目に深い(アイシャドウ)を抱えた女の人(ナースの方です。長い間お世話になりました)に見送られて、神が俺に与えた試練(人参)を耐え抜き、解放された俺は居候している家の、主の娘、藤堂院(とうどういん) 冬華(ふゆか)さんに迎えに来てもらっていた。


 ・・・ん?なんで迎えに来てもらう必要があるのかって?・・・だって・・・俺車椅子やもん。


 ・・・あの事故で右足を無くしてもう1ヶ月たつ。今でも床につけばあのシーンが鮮明に蘇り、俺の眠りを妨げるのだ。


 未だに車椅子の感触にも、方足が無いって気分にも俺は全く慣れていない。そりゃ信じられないよ。ちょっと前までピンピンしてた自分の足が、今や付いてすらいないんだもの。


 「あぁ、そういえば冬華さん」


 車椅子を押してくれてる女の子に声をかける。・・・あれ?今思ったのだが・・理由はともかく、女の子に車椅子を押させてる俺って、周りから見たら最低なんじゃ・・・?


 「何よ、春」


 俺の焦りとすまなさは露知らず、今日も冷静沈着冬華さん。1ヵ月前の、病院での取り乱しっぷりが夢だったんじゃないかと思わせる程だ。少し前にその事を指摘して殴られたので(俺は一応大怪我で入院していたのだが・・・)勿論口には出さないが。


 冬華さんは定期的に俺を見舞いに来てくれたのだが、不運な事に、結局何も思い出せなかった俺からすれば依然として「冬華さん?あぁ、見舞いに来てくれる人ね。え?同じ家と学校?・・・冗談でしょう・・・?」って感じだ。


 「いやー、よく迎えに来てくれたねー。君のことなら這いつくばって家まで来なさい、ってさながらドSなこと言うと思ってたのに」


 初めて(じゃないかもしれない)顔を合わせた時は、活発で、時々変な所はあるものの普通の女の子だと思って(信じて?)いた。


 だが、この1ヶ月間で俺の中の冬華さんの印象は、俺の予想の遥か斜め上、『ドS』に固まりつつある。何しろ俺を見るときのあの笑顔、通常の人にはない女王感に思わずゾクゾ・・・身震いするくらいだから。


 「そお?お望みなら今から車椅子ひっくり返してもいいけど?」


 「ぜ、是非・・・じゃなくて、やめてくれよ」


 一応分かっているだろうが、言っておこう。俺は決してドMじゃない。


 「ま、まぁ何にせよ、迎えに来てくれてありがとな」


 「・・・・・・・・・・」


 何の返事もなく、無言の時が流れる。拒絶された気がして興奮・・・色々と悲しい。心なしか車椅子の進む速度が速まっている気がする。まさか俺のことを振り落とす気ではないだろうか。そしたら照りつける太陽であっつくなったコンクリートの道路に・・・。


 ・・・もう一度言おう、俺は決してドMなんかじゃな(割愛)


 「な、なぁ冬華さぁあぁぁっ!」


 無言のままでは気まずいので振り返って話しかけようと思ったら、振り向いた首をそのままの方向へ捻られた。


 「イダダダ・・・ありゃ?冬華さん、顔赤いよ?熱あるんじゃあああぁっ!!」


 今度は逆方向に首が捻られ・・・いや、ボキって言った、ボキって言ったよいまぁ!


 「あんまりふざけないで」


 「うぅ、す、すいません・・・」


 冬華さんが静かにいう。・・・俺がいつふざけたというのだ、一体。


 その後、首を2回捻られて意気消沈した俺は、冬華さんの家に着くまでずっと無言でいた。


 が、着いたよ、と冬華さんに言われて顔をあげた先に見えた景色は、俺の言葉をまたもや失わせるには充分すぎるくらい・・・大きな、門だった。

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