プロローグ
利き足の右を使い、ボールをトラップする。と、間髪開けずに反転し、俺、双葉春は目の前の巨大な壁、DFを抜きにかかった。
全国高校サッカー準決勝。普段はプロリーグにしか興味がない奴らも、俺ら高校生に目を向ける、数少ない試合だ。勿論有名クラブのスカウトも見に来ているから、サッカーに本気で打ち込んでる者から言わせてみれば絶好のアピールチャンスな訳だ。
俺は現在高校1年生。サッカーを始めたのは4歳の頃で、昔からスピードはある方だ。100M走は11秒台前半で走れる。自意識過剰かも知れないが、中学生の頃からそこそこ注目はされてきたと思う。この高校にもスポーツ推薦で入った。クラブユースからもスカウトはされたのだが、昔から勉強が苦手でこのままでは入る高校がない!というところまで来てしまったため高校を選ばざるを得なかったのだ。
ただ、はっきり言って、この学校でレギュラーを奪い取るのは容易かった。集中力もスピードも、俺はずば抜けて良かったはずだ。だから今こうして、上級生をさしおいてスタメンに抜擢されている。
目の前の敵、180は悠に越えているであろう身長と、大木並みに巨大な体には圧倒される。そういえば試合開始時からチームメイトはコイツに苦戦していた。・・・が、俺が知ってる限りではこういう巨体の奴ほど、足下には隙が多く、尚且つスピードもない。よほど上手くない限り無駄に大きなパワーはいずれ制御できなくなる。
右斜め前に踏み込んで、体重をかける。予想通り、相手は無駄なパワーを溢れさせながらボールに近づいてきた。ここで素早く左にボールを蹴り、体重移動の力をスピードに換える。
マシューズフェイント!ドリブル技としては基本中の基本であるのだが、これが意外と騙される。相手の木偶の坊は俺の動きについてこれずバランスを崩し、無様に前から倒れこんだ。準決勝ともなるとどれ程骨のある奴が来るのかと思ったが、大したことは無さそうだ。
がら空きになった右サイドを一気に走り抜ける。途中でパスを求める声も聞こえたが、俺がいった方が確実に良いと判断し、全て無視した。何度かあからさまな舌打ちを喰らったが、気にすることはこれっぽっちも無いだろう。
ペナルティエリアギリギリまで走り、ふと前を見るとエリア内にいるのは敵のCB1人、あとはGKだけ。味方は誰もフォローしてないが、ここで決めれないほど俺は下手じゃないつもりだ。
後ろからは敵のDF、MFがだんだんと距離を詰めてきている。追い付かれる前に決めるのが一番良いだろうか。
未だに味方が走り込む気配はない。
敵CBをテクニックで左右に揺さぶる。こういう時にはシザースが一番良い。レアル マドリードのクリスティアーノ ロナウドも良く使うのだが、素早くボールの上で足をクロスさせ続ける。来るのは分かっているのに、どちらに動くか分からない。そして、相手が動揺したところを突くのだ。
右、左、右、左、右!完全に動揺しきった相手のCBは、間違った方向へ動きゴールへの道を作ってしまった。
後は打つだけ・・・。
と、次の瞬間、俺は強い衝撃と共に宙を舞っていた。背中への激痛で目がチカチカするが、よくよく見ると先程まで俺が立っていた場所には、あの木偶の坊が立っているじゃないか。腹いせか何か知らないが、ぶつかられて吹っ飛んだのは勿論これが初めてだった。
緑色の人工芝のピッチに、俺は顔から突っ込んだ。歯が折れたのだろうか、口の中にはじわじわと血特有の鉄味が広がり意識を朦朧とさせていった。だんだんと機能しなくなってきた耳には、味方が駆け寄る足音が聞こえる。ただ、助けてくれる訳でもなく、良くやった、立ち上がっていいぞ、などと俺の怪我には気付いてない素振りだった。
頼む、気付いてくれ。痛みで死んでしまいそうだ。声を出そうとしてみるが、整わない息が漏れるだけ。
監督がようやく異変に気付いたのか、担架、担架!と叫んでいる。何故味方は気付いてくれないんだ。そんなことを深く考えられる程の労力は既に残っていない。ただただ、だんだんと声が遠のいていく。
意識が飛びかけている俺が最後に見たのは、レッドカードを貰いながらもニヤリと笑ってこっちを見ているあの木偶の坊と、普通は曲がらないはずの方向に曲がり、皮膚を突き破って出てきた白い骨、変わり果てた自分の右足だった。




