8.彼と彼女の衷情
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頼ってくれて有り難う、などとは口が裂けても言わない。
言えるかそんなこと。空気読め。
この人間絶縁体め。
「………えーっと」
しかし何を言ったものかもわからない。
頼ってくれたのは嬉しいが、申し訳ない、順当に頼りないようだ。
「あー………」
さっきからこればかりだ。山代もまたすすり泣きに戻ってしまった。
何か言わなくては、と気が焦る。考えろ、考えろ。
「相談………ってことは、何だ。あー、まんざらでもない誰かに告白されたんだけどどう思う、とか?」
山代は首を横に振った。
「それじゃあ………あー、俺にお前を紹介してほしいとか?」
ないな、と思っていたし山代もしっかり首を振った。まあ、ないわな。
山代と城ケ崎の共通の知り合い? 皆無だ。
そもそもの話、城ケ崎には男女問わずまず知り合いが………
やめよう。
「えーっと………」そうだまずは聞き出そう「悪い、恋愛相談って受けたことがなくてな、勝手がわからない。とりあえず話せること聞いてもいいか?」
目許を拭いながら、山代は頷いた。それを見て城ケ崎はほっと吐息する。よかった、これでいくらか時間が稼げそうだ。
と、思ったのだが。山代は何か言おうとするものの、そのたびに嗚咽してなかなか言葉にならない。びーっと勢いよく鼻をかむ。
「……………」
三箱目のティッシュを手渡した。
このままでは埒があかない。
「お前は、あー、つまり誰かを好きになった、わけな?」
そりゃあそうだ、恋愛相談に来てるんだからと自分でも思いながら、言う。山代は頷いた。
「で、しかしながらその誰かに告白したいけど、何かしらの………障害、というか、そういうものがあってなかなかそうもいかない、とか」
ややあってから、これにも山代は頷いた。
一つ、さしもの城ケ崎にもはっきりとわかっていることがある。
これほどになるまでに、山代が思い悩んでいる、ということだ。
告白しにくい理由とは何だろう。城ケ崎は考える。しかし城ケ崎とて恋愛経験は決して豊富ではない。高校時代に一人、しかも告白されてフられたという、城ケ崎自身も流されるままに始まって終わった男女交際だったから、なおのことこの場では参考にならない。
何て貧相な人生だろう。
「………………」
無意味にブルーになってしまった。
「俺に仲介してくれってんじゃあないんだよなあ………」頼まれても力になれないし「近づき方を考えてほしいとか………なわけないよな」
ふむ。山代には悪いが、我ながらこれほど頼りないアテもない。やはり山代は人選を間違えている。
こういうことは、それこそ相生に相談するべきなのだ。
あれほどの適役もそういまい。
極端に言ってしまえば、相生と城ケ崎ではその方面では生きている世界が違うと言っていい。
しかしそれができない理由とは何だろう。
「あ」相生の彼氏を好きになったとか「いやないな」
相生はついこの間彼氏と別れたばかりだったはずだ。それに三角関係でぎくしゃくしたというのなら、この場合は恋愛相談ではないだろう。
と、思う。
だぁめだ。さっぱりわからん。見当もつかん。
「なあ、ちなみにさ、その好きになった人って、俺も知ってる人?」
何気なく訊いてみた。山代はしばらく反応しなかったが、やがてようやく頷いた。
ふうん。俺も知ってる人か。
城ケ崎はざっと知り合いの男の顔を思い返してみる。まあ十中八九現在では音沙汰ない仲の連中だが。
全員高校の連中だし。同じ大学に進学した奴がいたのだろうか。さっぱり知らないが、まあいるのだろう。
「ふうん………ちなみに、誰なのかは訊いても?」
今度は山代はさっきよりも長く反応しなかった。まあ、教えたくはないよな、こんな頼りない奴になどと自嘲気味に城ケ崎は唇を歪めたが、そこで不意に山代は、
「────────き」
「ん、ん? 御免、何て?」
ぽそっと、しかも涙でくぐもり俯きで籠もった小さな声で、例によって城ケ崎は聞き逃した。対して、山代はまたさらに長いこと逡巡している様子で、城ケ崎が何度目かの欠伸を噛み殺したところでようやく顔を上げた。
両の目は赤く充血し、その目許は涙で腫れ、鼻もかみすぎて真っ赤になっており、思わず視線を逸らしたくなる顔になっていたが、山代は意を決したような、覚悟を決めた視線で城ケ崎をまっすぐに見て、言った。
「美樹。相生・美樹が、好き」
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