4.彼と彼女の含情
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「………今、何時だか知ってるか?」
本当に訪ねてきた山代に戸を半分開けたところで問う。
山代は腕時計を通路の蛍光灯の明かりに目を凝らして見て、「えーっと、十二時二十一分」と答えた。それから、それで? という顔でこちらを見る。
「そうじゃない。いやそうなんだが、そうでなくて、え、何? 何しに来たの?」
正直眠い、と多少の不機嫌さを前に出して訊くが、山代はこちらの機嫌などどこ吹く風に、寒そうに両手をこすり合わせながら白い息を吐いて、
「とりあえず、中に入っていい?」
「………ああ、いいよ」
こちらとしても寒い。だから城ケ崎はため息交じりに山代を中に通した。
「………何て言うか」
部屋に入り、マフラーや上着を脱ぎながら、山代は部屋を見回し、
「本ばっかりだね」
「ん? ああ、まあ」
さして広い部屋ではない。必要最低限の家具と、あとはひたすら本、本、本。本棚にもみっちりと押しこまれ、床にも所狭しと塔を形作っている。
「本にお金使いすぎじゃない?」
「全部古本屋で買ってきてるよ。定価の三分の一くらい」
ふうん、と言いながらなおも山代は部屋を見回す。
「あー、お前、俺の部屋来るの初めてだっけ?」
何となく沈黙に耐えかねて声をかける。初めてだというのは城ケ崎自身がよくわかっている。この部屋には山代どころか、これまで誰も招いたことはないからだ。山代は物珍しげに部屋を見回すことをやめないまま頷いた。
妙に表情が強張っている気がする。緊張しているのだろうか。一体、何しに来たのだろう。
それはそうと、城ケ崎とて一般的な成人男性である。人間絶縁体な生活を送っているからといって、この状況で心穏やかにはいられない。
ん、これはまさか、いやまさか。自分と山代との関係はそういうアレなアレではなかったはずだ。友達以上恋人未満というか、そのくらいのもので、けっしてこんな藪から棒にアレレな関係になるような関係ではなかったはずで。
などと城ケ崎が懊悩していることも露知らず、山代はひとしきり観察し終えると部屋の隅に畳んである寝具を見やって「ベッドじゃなくて布団なんだね」と呟いた。
ここで即座に「おう、それが何か問題あるかね?」などと問うとセクハラになりはすまいかとあらぬ方向に走り結局返事できなかった城ケ崎に、正面へ正座した山代は向き直ると、
「で、ベッドの下じゃないとなると、城ケ崎はえっちな本はどこに隠してるの?」
「あ? いや今時はそういうのは本じゃなくてネットで、って何を言わせるか」
テンパって余計なことを口走った城ケ崎が突っ込むと、山代はようやく小さく笑った。
決まりが悪くなって一つ咳払いをする。
「あー、で、お前は一体何をしに来たと」
「あ、この本私も読みたかったんだよね。借りていってもいい?」
「え? ああ、いいとも――――いいけど、そうじゃなくてさ」
気が流れかけて、危うく引き寄せる。眠気も相まって思考が曖昧になりかけている。
「本当に、何しに来たんだ? 俺眠いんだけど」
さっきやっとレポート終わってさ、明日も朝早いんだけど、ということをもう少し遠回しに言うと、山代は「あ、うん………」とこれまた歯切れ悪く頷きながら、本の塔から引き寄せ膝の上に乗せた一冊に視線を落とした。
普段快活な山代にしては珍しい。初めて見るかもしれない。
「ん?」と穏やかに促すと、「えと、」と山代は頬を赤らめながら視線を逸らした。
「その………何て言うか」
「ああ」
「相談………あるんだ」
「相談?」
「うん」
黙して待つ。が、山代はそれっきりまた口をつぐみ、ますます俯いてしまった。
仕方がないので、また、
「相談って、何の相談?」
なぜだか軽く失望している自分に気付いて内心で蹴り飛ばしていることを表に出さないように努めながら、平静を装って訊く。
「学部違うから、レポートとかじゃないよなあ。金か? 金は無理だぞ。俺だって相談したいくらいだ」
「いや、そういうんじゃなくって」
じゃあ何だよ、と本格的に苛立ち始めながら返す。
「その………何て言うか、その」
「ああ」
「れ………」
「れ?」
オウム返しに問うた城ケ崎に、山代は俄かに開き直ったように顔を上げると、真っ赤な顔で、言った。
「れ、恋愛相談、しに来た!」
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