15.彼女と彼の温情
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泣き過ぎて目許がかなり熱っぽい。鼻もかみ過ぎてじんじんするし、喉もがらがらと痛い。頭などはがんがんと割れるように痛む。
嗚咽を無理に堪えようとしていたせいで全身が強張っているし、熱ももっている。
つまりは、かなり酷い状態だ。顔も、もうとても見られたものじゃなくなっているだろう。
こんなに泣いたのは久し振りか、いや、もしかしたら初めてかもしれない。
堪えようとするほど泣き叫びたい衝動が強まって、それをまた堪えようとするからさらに身体が辛くなった。
それでも、可能な限り思い切って全身で泣いたお陰で、ここへ来るまで抱えていた感情が少し軽くなった気がした。
これまでは、ただひたすらに抱え込み続けていたのだ。
やっぱり、限界だった。
だから、こうやって誰かに想いを吐露し、咽び泣いただけでも、十分であるのかもしれない。
ともあれ、いいだけ抱えていたものを吐き出したお陰でだいぶん落ち着いた。
城ケ崎が渡してくれたタオルを鼻と口に押し当てたまま、前髪越しに城ケ崎の様子を透かし見る。
城ケ崎は両目を閉じ、皺を寄せた眉間を片手でさすっていた。唇も引き結ばれ、かなり深く考え込んでいる。
その様子を見て、佳代は少し申し訳なくなった。
はっきりと『相談』を城ケ崎に持ち掛けたのは、これが初めてだったからだ。
でも、今度ばかりは、冗談にかこつけることはとてもじゃないができそうになかった。
「…………………………」
実は佳代は、美樹と城ケ崎が付き合っていると思っていた時期があった。
佳代が城ケ崎を紹介されてすぐのことで、まだ佳代にとって美樹が『友人』だった頃だ。
はたから見て佳代と城ケ崎はそうとれるほどに仲が良く、明確なスキンシップは別に一度も見たことがなかったにも関わらず、佳代は何の疑問もなくそう思っていた。
だから、街で美樹が違う同級生と歩いているのを見かけたとき、ああ、二人は別れたのだな、と思っていた。
しかし、そのつもりで後になって城ケ崎に訊いてみたら、城ケ崎は大爆笑した後、本気で不思議そうな顔になって、「どうしてそう思った?」と訊き返してきた。
佳代は、城ケ崎に大爆笑されたことでちょっとむっとしながらも、二人を見たら誰だってそう思っただろうよ、と言った。すると城ケ崎は苦笑しながら首を振って、
『いやあ、俺じゃあ相生には釣り合わないよ。というか、俺が釣り合える相手なんていないんじゃないかと思うね』
と、そんなことを言った。
初めは、『俺に釣り合う相手はいない』と言ったのだと思ってコンニャロー調子乗んなやと思ったが、よくよく思い返すと『俺の釣り合える相手はいない』と言っていたのに気づいて、佳代はちょっと戸惑ったのだった。
城ケ崎は絶対に語ろうとしないが、どうやらその頃よりずっと前に、城ケ崎にとっての『何か』があったらしかった。その『何か』については、どうやら美樹も知らないのだそうだ。中学からの付き合いの美樹が知らず、中学の時点で既に城ケ崎はそうであったらしいから、そう考えるとその『何か』というのは中学以前、小学生のときにあったと思われ、果たして小学生の時期に恋愛観が終わってしまうことができるものなのかどうか甚だ疑問ではあったが、城ケ崎本人にとってはそれはそれは重大な『何か』だったのようだ。
俺が釣り合える相手なんていないさ、と。
聞いたこちらが悲しくなるような表情で言うようになってしまうほどに。
その後、佳代は二人ほど、同級生と一つ上の先輩と交際し、別れ、城ケ崎は一つ下の後輩と交際して、別れた。
朴念仁の城ケ崎に恋人がいた、という(佳代や美樹にとっての)珍事は今でもよく酒の席での話題になるほどで、酒が入るとさすがの城ケ崎も、あまり細かいことは話さないものの、からかわれにからかわれた挙句に不貞腐れてその当時の愚痴を語ったりもする。果てには「もう誰が恋愛なんてするかよ!」などとクサい台詞を叫んで翌日に後悔したりしている。
それでも、美樹ですら知らないその昔の『何か』だけは、どれだけ酒が入っても一切語ろうとはしなかった。
「…………………………」
城ケ崎は。
鈍感で。
朴念仁で。
妙なところで大真面目だったりするし。
斜に構えた自分をかっこいいと思っているんじゃないかという態度をすることがあるし。
どこかの小説からとってきたと思しき台詞を使うこともあるし。
読み終えたばかりの小説や見終えたばかりの映画の影響を受けやすいし。
結構怖がりで。
頼りにすると頼りにならなくて。
人見知りで。
非社交的で。
かなりの悲観主義で。
けれど。
この上なく、人に対して誠実だった。
佳代が、親友の美樹にできない相談を、美樹だからこそできない相談を、持ち掛けられるほどに。
城ケ崎なら。
彼なら、本当に本気で真面目に真剣に深く考えて、その上で。
その上で真摯に答えてくれるだろうと、信頼できたから。
だから佳代は、この部屋を訪れたのだ。
城ケ崎が考えて話してくれる答えを、聞くために。
「山代」
城ケ崎が、目を開けた。
そして、
「これは、あくまでも俺の個人的な意見だから、とりあえずそのつもりで聞いてくれ」
そう言った。
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