6,平原にて 話し合い
「んじゃ、改めて初めまして。
姓は王、名は平、字は子均。真名は教えてあげないよー?
知りたかったら、男の子は将来良い男になるっていう可能性を見せること。女の子はそうだなぁ・・・ 正ちゃんから一定の信頼を得ること、かな?
あっ、勘違いしてほしくないから言っとくけど、『正ちゃんの信頼』は『真名を預けてもらうこと』と直結してないからねー? その辺は私が見て判断するからよろしくー」
桃香たちが席に着くや否やすぐさまその場に立ち自己紹介を始めた王平さんに、同門である法正さんと朱里を除いた全員が呆気にとられる。
「にゃっ! 鈴々は頑張るのだー!!」
訂正、一人だけ知り合いでもないのに驚きもせず、拳を作って応えた子がいました。
この中で多分一番法正さんと仲がいい鈴々は興味津々というか、まるで憧れのヒーローを間近にした子どもみたいに目を輝かせている。
えっ? 何で?
「王平お姉ちゃんは、法正お姉ちゃんの友達なのら?」
あー・・・・ 法正さんに懐いてる鈴々にとっては憧れのお姉ちゃんの友達だからか・・・
なんとなくだけど、自分が尊敬する相手の友達って妙にかっこよく見えたりするもんなぁ。俺も先輩の友達とかには慣れない敬語もどき使ったりしたっけ。
「法正お姉ちゃんが女学院でどんな風なことをしてたとか、何が好きなのかを教えてほしいのだー」
法正さんの時もそうだったように、鈴々は王平さんの前に立って話しかける。桃香にも、愛紗にも出来ない、まだまだ無邪気な子どもだからこそ出来る裏表もなく相手へと向き合うということ。
知らない人にだって元気に挨拶をしていたのは何歳の頃までだろう。
怖い物の数を数えて、自分の周りしか見なくなったのはいつだろう。
あんな風に、知り合う前の他人へと裏表のない笑顔を向けることが出来たのは、いつが最後だっただろうか。
人は大人になるにつれて出来なくなってしまうことの一つが、そこにはあった。
「んっと、張飛ちゃんかな?」
「姓は張、名は飛、字は翼徳なのだ!」
「うーん? ふむふむ・・・・・」
王平さんはそんな鈴々へと近づき、顔をまじまじと眺める。そんなことをする相手に対して、不思議そうな顔をしながらもまっすぐ見つめ返す鈴々。
が、お姉ちゃん二人組は気に入らないようで、桃香は頬を引き攣らせ、愛紗は立ち上がろうとするのを何とか堪えてるといった様子だ。法正さんはさっきから全く書簡から顔を上げようとしないし、愛羅も愛羅で周倉が持ってきた書簡に目を通していた。朱里は・・・・ 貂蝉さんと何かを話しこんでる?!
一通り見つめた後、王平さんは鈴々の前でにぱっと笑い、その頭を掻き撫でる。
「うん! 張飛ちゃんなら大丈夫だね~。
張飛ちゃんならきっと正ちゃんの信頼もすぐだよ、そうしたら私の真名もこっそりと教えてあげる」
「本当なのら?」
「正ちゃんの自称親友のお墨付き~」
王平さんは鈴々を軽々と持ち上げ、その場でくるくると回りだす。鈴々も鈴々で滅多にやってもらえないことに嬉しそうにはしゃぎ、笑い合っていた。
でも、『自称』って自覚あるんだ・・・
「王平さん、そのままでいいですから簡易の経歴の説明、お願いしましゅ」
朱里がその光景を見てから、説明を促した。が、聞いた本人である朱里はすぐさま貂蝉さんとの会話に戻っていく。
知らない俺たちへの簡易の説明だし、同門だから聞いてなくても問題ないんだろうけど、貂蝉さんとの会話に戻るのはよそうか。
「孔明ちゃんたちとは同門の先輩で、正ちゃんと瑾ちゃんとは並び称されるぐらい仲良し三人組~。
学院を出てからは『見聞の旅』なーんて看板で大陸を放浪して、将来有望そうな男の子とか、噂に聞いていた素敵な男性の元を訪ねたり、探したりしてましたー」
やっぱりこの人、ツッコみどころが満載だ!
という叫びをどうにか喉の奥へと押し込み、『仲良し三人組』の真偽を確かめるべく朱里へと視線を送る。
「(ブンブンブン!)」
『そんな事実は一切ありません』と下手すればいつも歩くよりも早い勢いで首を振り、当事者の一人たる法正さんは・・・・ 顔を上げるどころか、書簡の手直し始めちゃってるね。
「周倉はもう少し書類等の仕事を増やし、報告の練習をさせた方がいいわね」
「そのようです。
警邏隊を任せる以上、一角の将として扱い、文もある程度出来るようにしてもらわなければらないかと。今夜からでも私が指導を始めるとしましょう」
「・・・・そうね、周倉はあなた達姉妹にお願いするわ。
兵となると文官の私よりも、直属の上司であるあなた達の方が向いているでしょう」
「任された」
愛羅の横に移動して、周倉の報告まで目を通し、本格的な出動は今回が初めてだった警邏隊の詳細を詰めていた。ていうか、愛紗とはあんまりそりが合わないのに、愛羅とは普通に同僚をしていることに驚きを隠せなかった。
『この差はなんだ?!』と前なら叫んでいただろうけど、多分その差は俺と桃香、愛紗と朱里が背負った立場や責任の差なのだろう。
それに俺たちが特に厳しくされているだけで、他に優しいってわけでもなく、平等に厳しいことは鈴々にもしっかり渡されている書簡の量を見ればわかる。
「『自称』親友もそうだが、法正の態度が仲の良い者への対応ではないのだが?」
愛紗の意見はもっともなんだけど、俺たちもそんなに仲が良いとは言えないと思う。ていうか、さっき鈴々に失礼なほどじろじろ見たことの怒りも含まれてるよな?
そんな愛紗に対して王平さんは怒る様子も、苛立ちすら抱いているようにも感じない鈴々に向けたのと一切変わらない笑顔を向けた。
「私たちの友情はね? 他の人たちに一目でわかるようになってないんだよー。
誰にでもわかる誓いなんていらなーい。約束なんて重っ苦しい。運命なんて信じらんない。三人が同じことを思ってるなんて保証なんてどこにもない。
でも、私たちはそれでいーの」
鈴々をその手から解放し、大きく広げた左手を豊満な胸の中央を叩く。
「だって私が譲らない、ぶれない、壊さない、絶対のものをここに置いておけばいいんだから」
そこに在る絶対に壊れない何かを確かめるように、誇らしげに胸を張って、彼女は笑う。
「見える物は確かに全ての真実に見えるけど、それは一見でしかないんだよ?
世の中にはいろんな関係があって、たまたま『真名を預ける』っていうのが今の主流なだけー」
挑発というには角がなく、説教というには軽すぎて、説明というにはあまりにも足りない不思議な言葉。
「でも、王平さん。
見えない物を人に『在る』って認めさせることは難しいですよ?
だったら、言われても仕方ない面はあるんじゃないですか?」
王平さんの返答に反応したのは愛紗ではなく、意外なことに桃香だった。その言葉は珍しく棘があり、口調もどこか厳しい。
でも、それは仕方ないだろう。絆を誓いという形であることを証明した桃香にとって、考えの一つとして認めることは出来ても、感情としては納得できない部分がどうしてもあるんだと思う。
「その通り! 劉備ちゃんには一本取られたねー」
そして、そんな言葉すら怒ることなく受け止め、笑ってくれた。それだけで厳しかった空気が霧散し、二人は毒気を抜かれたような顔をして苦笑する。
そんな様子を見ていると、何故だか『あぁ、この人は法正さんの知り合いなんだなぁ』と納得させられてしまった。
法正さんが激しさと儚さを持つ雷なら、王平さんはまるで水。染み渡り、人を強く拒むこともなく、通り過ぎていく。けどそれは、絶対に弱くはない。
ほ、法正さんが雷だっていうのは別に怒ってるところとかそういうのじゃないからなっ?!
「主よ、顔にいろいろ現れているので、すでにばれているかと・・・ というか、口に出ています」
「観察眼は悪くないわ、それはあなたの一つの才能でしょう。ただ・・・」
愛羅の呆れた表情と、法正さんが俺の新しい才能を見つけてくれた。が、それとこれは話が違うらしく、杖が打ち鳴らされた。
「まだ、口が緩いようね?」
「ひいぃ?!」
「ご主人様の緩いお口は、さっきみたいに私が唇で塞いであ・げ・る!」
「絶対にごめんだあぁぁぁーーーー!!」
俺の間抜けな悲鳴と怒号に似た悲鳴が連続して響き、部屋全体に笑いの輪が広がった。
「そろそろ話を戻しましょうか」
ひとしきり笑った後、全員が座り直したのを見計らって法正さんが杖で床を叩く。そして、視線で朱里を促した。
「今回の騒動で警邏隊を始め、河川などの整備に関することなど多くの改善点等が見つかりました。
今回はまず華陀さん、貂蝉さんの滞在、王平さんの士官を議題としたいと思います」
発足したばかりの警邏隊の改善、改めて危険視された河川、広場に集まった人たちの誘導経路も確保等々・・・ ぱっとあげても、考えることは多くなりそうだ。
「じゃぁ、とりあえず自己紹介してもらってもいいかな?
俺、二人が医者ってことぐらいしかわかってないんだよ」
溺れて意識を失った後に起きたあまりにも衝撃的な人工呼吸のせいで、名前を尋ねたりする余裕が全くなかった。ただ俺にとっての危険人物が『貂蝉』という名前であるということだけはしっかりと聞こえていて、彼が医者であり、あの人の旅の同伴者であることしかわからない。
「あぁ、俺の名は華佗。
五斗米道を世に広め、人を救うことを使命として大陸を放浪していた。今回はこの地で腰を据えて、医術を広め残していきたいと思う」
そんな華佗さんの言葉に、最初に話をしていた朱里以外の文官である法正さんの目が厳しく光った気がした。
「この地を選んだ理由がわからないわ。
君主を筆頭にここは軍事、政治の面において未熟であり、情報等の集まりも他の村と大差ない。むしろ医術の発展、知識を残すといった面においてはいくらでも他に候補があったのではないかしら?」
法生さんがまず事実を告げ、問いかける。俺には耳が痛い言葉ばっかり並んでる気がするけど。
「それにさー、旅の途中で『秘術とされていた五斗米道の扉を、赤の使いの手によって開かれ、大陸へと解き放った』って聞いたんだよねー」
『赤の使い』その言葉に愛紗と朱里複雑な顔をし、俺と桃香は肩をすくめた。愛紗と朱里には複雑かも知れないけど、あの人がいたから、俺たちはみんなとちゃんと向かい合うことが出来た。
これはきっとどんなことをしても返しきれない恩だろうし、白き衣と劉家の証を失ったことも俺も桃香も一切後悔していない。
「少々誇張があるが、それは事実だ。
曹仁が頑なだった俺の考えを変え、その時から俺だけの使命だった『医術で人を救う』ということは俺が医術を伝えた数だけ広まった。そして、知識を広めるため、病気と闘うために俺たちは各地を転々としていたんだ」
『病気と闘う』、天の世界でも当たり前に使われていた言葉だが、いざそうして行動する彼を目の前にするとその意気込みが伝わってくるようだった。その姿は文官や武官に劣ることもない、何かと向き合って進み続ける者なんだろう。
そして俺も、そうした人たちに少しでも近づけるようにならなくちゃいけないんだ。
「なるほどなぁ・・・・
じゃぁ、どうしてここに? 俺たちとしては医者が来てくれるのは嬉しいけど、法正さんが言った通りここっていろいろな意味で未熟で・・・・」
「だからこそ、だ。
医術が全く広まっていないこの町で、俺もじっくり腰を据えて医術を広めることが出来ると思ったんだ。
だから、頼む。この地に俺の医療所を作らせてほしい」
俺の言葉を待たずして彼は、その場で深く頭を下げた。
桃香も、愛紗も、鈴々も、朱里も、愛羅も、曹操さんも、法正さんも、王平さんだって、俺がこの世界で会う人はみんな何かに対してまっすぐで、一生懸命だ。
俺にとっては不便な世界で、過酷な状況下こそが日常。そして、それを自分でどうにかするということ、自分を磨くということすらも当たり前で、その姿はなんて眩しんだろう。
だったら俺がこの場ですることは一つだ。
「こちらこそよろしくお願いします!
どうか、その医術で少しでも多くの人を救ってほしいんだ! 俺なんかじゃ大した役に立てないかもしれないけど、俺の出来る範囲でなら協力するから!!」
そう言って華佗さんの手を取って、俺も頭を下げた。
そんな人たちが俺に力を貸してくれるというのなら、俺はその居場所になりたい。受け止めて、集まってくれた人たちが幸せに過ごせるようにすること。勿論、それを実現するには俺自身その器を広げていかなくちゃいけないし、やらなければことはたくさんある。
「北郷、その言葉がどれほど重いかわかっているかしら?」
冷たく見つめる法正さんを俺は受け止め、しっかりと頷いた。
「あぁ、この医療所に関する書類は全部俺が引き受けるよ」
「ご主人様・・・・」
愛紗が気遣うような視線を向けてくるが、俺は頭を掻きながら笑う。
「わからないところがあったら聞くかもしれないけど、俺は自分で言ったんだしさ。責任は持つよ」
「では、参考になりそうな文献を探しておきますね!」
胸の前で拳を握ってそう言ってくれる朱里はとても心強くて、桃香も視線で『しっかりね』と応援してくれる。
「兄ちゃん、なんだか目つきが違うのだ。
これが貂蝉に唇を塞がれた効果なのら?
でも、ちょっと気持ち悪いから近づかないでほしいのだー・・・」
「鈴々?!」
間違いなく法正さんの影響を受け始めてるような気がするんだけど?!
気のせいか周囲の視線がさっきと変わったような気がするし! 普通にあったかい感じの視線が一部生ぬるい視線に変わった気がするんだけど?!
「それでは次の議題に移るわよ。
北郷が誰に接吻されようと些細な問題よ、それが人命救助の過程ならむしろ甘んじて受けなさい」
「法正さんは俺に容赦がなさすぎるよね?!」
「蘇生できる怪我であったことを喜びなさい。
助けることの出来ない怪我は、この世には数多く存在するわ」
俺のツッコミに対して、法正さんはいつもと変わらない言葉で涼しく言い放った。
もし、曹仁さんが華佗さんに人工呼吸を伝えていなかったら俺はもしかして・・・?
そう考えたらなんだか血の気が引き、半強制的に冷静になれた気がする。そして、子どもですらそれが当たり前なのがこの世界なんだ。
「あとの議題は・・・・ 王平さんの士官の話は受けるしかないよね?」
青ざめる俺の代わりに桃香が次の議題の話を始めてくれて、さりげなく愛紗が俺の手を握ってくれた。なんだか情けないけど、その温もりに俺は安心して、そっと握り返した。
「はい・・・・ いまだに私たちは人手不足でしゅから。
武官寄りではありますが、文官の作業も一通り出来る王平さんは貴重です。槐お姉ちゃんもそれを見越してここを紹介したじゃないかと思います。
それに先輩である法正さんたちはいろいろな意味で凄い人ばかりですから・・・」
そのいろいろって褒めてないよね?
視線だけで確認しようとしても、朱里はこちらを見ようともしないで二人を当てつけるように軽く睨んでいた。
「正ちゃーん、孔明ちゃんに褒められちゃったよ?」
「『臥龍』の諸葛孔明、『鳳雛』の鳳士元、そして『麒麟』の徐元直と謳われた後輩たちに比べれば、大したことなどないわ」
「ねー。
私たちも個人個人につけられたものあるけど、もっと直接的だもんねー」
けど二人はそんな朱里の視線を気にすることもなく、軽く受け止めていた。
「『一人を除いて未成熟』と暗にあの人が指摘もしているけれど、ね」
「それは一体どういう意味だ? 法正よ」
全員の当然の疑問を愛紗が代弁し、法正さんは『この程度もわからないの?』といった様子で深い溜息を零した。
「いまだ臥せし龍である孔明、鳳の雛たる士元・・・・・ けれど、本来二頭一対の存在たる『麒麟』と称された元直は、既に完成しているわ」
「加えて、元直ちゃんってあの手の趣味をあってもいいと思ってるけど、別に愛好してるわけじゃないしー。
あの子は本当に、無難に何でも出来ちゃう子だったよねー」
何でも出来て、腐ってない・・・・ だと?
「朱里とその子、チェンジで!!」
「なんて意味かわかりませんけど、すっごく失礼なこと言われた気がします?!」
別に朱里のことが嫌いってわけじゃないけど、最近腐の視線ばかりで見られてたから耐え切れずに叫んでいた。
「ちぇんじ? なんかすっごく響きのいい言葉だね、愛紗ちゃん」
「ですが、この状況下で使われるような言葉ですから、あまりいい言葉だとは思えません」
愛紗正解。だけど、正直この場だと答えにくい・・・・ あとで朱里に問い詰められそうだけど。
「あらぁ? そんなこともう不要よぉ。
だって、ご主人様の傍にはこのあ・た・しがきたんだから。
陳留にも、海にも、山にもいない超癒し系漢女のこの貂蝉がね!」
「それはいらないし、正直ありえねーーーーーーー!!!」
そう言って堂々と立ち上がった貂蝉さんへと、今日一番の声で叫んでいた。