平原にて 出会い 【朱里視点】
書けました。
今回は朱里視点ですね。
視点変更が多すぎますし、なかなかないよう進みませんけど、うまくいけば次話でこっちはけりをつけ、魏国本編へと行けるかもしれません。
その前に番外かもしれませんが。
これからもよろしくお願いします。
「う~ん、決まりませんねぇ」
仕事に使用していた文献を片づけるために書庫に向かい途中、おもわず溜息が零れてしまいます。
法正さんはこの趣味を個人の趣味と放任し、理解はしてくれなくても否定はしない。けれど、女学院内では
『個人の趣味として認めても、他人を巻き込むことだけは認めないわ。
あなたと瑾が、士元をその趣味に染めたことを、私は少しだけ、怒っているのよ?』
と言って、布教活動を決して許してくれませんでした。
あの時の法正さんは、どんな時よりも怖かったです・・・
が、そんな法正さんが資金の問題が関わっているためとはいえ、布教活動を認めてくれました。
これは千載一遇の機会であり、意地でも結果を生みだし、法正さんに腐の有益性を示さないと・・・・!!
「はぁ・・・ 雛里ちゃんが居れば、一緒に話し合いながら書けたのになぁ・・・」
おもわずそう零してしまうのは、今は出来ないこと。
けれど、雛里ちゃんの作品や文から見えてくる思いは日々が楽しむあの頃と、何も変わらない友情を持って接してくれる姿。
「懐かしいなぁ」
女学院を卒業してそれほど日数は立っていない筈なのに、まるで遠い過去のように感じてしまう。
それほど濃厚な日々が今、私にも流れているんでしょうね。
そう思うと感慨深く、おもわず物語に触れた頃を思い出してしまいました。
私たちが勉学として書に、物語という世界に触れたきっかけは、槐お姉ちゃんが勉強の息抜きに与えてくれた短い話を詰め込んだものが始まり。
多くの物語を読む中で、槐お姉ちゃんが何気なく進めた新しい世界。
それは私のこれまでの価値観を一度崩壊させ、新たな視線を与えてくれました。
雛里ちゃんは私が読んでいたものを間違って読んでしまったことからこの世界に染まってくれて、二人でどんどん腐の世界を歩いて行った。
ただの恋愛とは違う異端な二つの愛、そのうちの一つが私を魅了してやみませんでした。
異端だからこそ生まれる葛藤、それでも存在してしまった互いを求める心。
そしてそんな彼らの互いを想い合い、愛し合い、必要とする思いの数々は、通常の恋愛と何も変わらない。
それでも抱いてしまうあってはならない『禁忌』という背徳感、それでも冷めることを知らぬ感情は多くに賛同されることはなくても愛を生み、美へと昇華される。
その深さ、文の持つ力に私と雛里ちゃんは吸い込まれていきました。
読むだけでは飽き足らず、書いてみたいという好奇心すら生まれて、作品を気に入ってくれた槐お姉ちゃんと千里ちゃんが協力もあって、女学院の外へと流通させ作家として歩みだすことまで出来ました。
二人での共同作品に始まり、二人で競い合うように新しい視点を探して、執筆を続ける。楽しく、やりがいのある日々を過ごすことが出来ました。
「ですけど、誰かを元にして作品を書くって、したことがないですよね・・・」
そもそも女学院時代に書いていた作品は、私たちの独断と偏見によって生み出された作品が多く、女性しかいなかった学院で男性の考え方等がわかるわけもなかったわけですし。
つまり、私と雛里ちゃんが書いた作品は良くも悪くも先達作家様たちの物語を元として、自分の工夫と書き方で独創性を出した模倣に似ていました。
物語の進み方、展開を考え、自分たちが納得するまで試行錯誤を繰り返して、時に行き詰まります。
書き手ならば誰でも通る道であり、第一歩と言ってもいいもの。
独創性を出すことで苦しみ、執筆に夢中になりすぎて二人で寝ないで授業を受けたこともあった。
読んでくれた方から来た文は良い言葉もあれば、嫌な言葉もあって、枕を濡らした日もあった。
それでも私たちは、書きたかった。
どんな言葉を貰っても、何も書かれていない書の前に座り、その手に筆を握って、無意識に物語を考えてしまう。
苦しい筈なのに、辛い筈なのに、泣いていたい筈なのに、怒りをぶつけたい筈なのに・・・・・ 書くことだけはやめたくないとどこかが叫んでいました。
書いた世界を、誰かに理解されたいわけじゃない。
ただ『こんな世界がある!』って見てほしくて、知ってほしくて、ほんの少しでも楽しんでほしくて。
『書いて、直して、繋げていく』
たったそれだけの容易とも思われてしまう作業、言葉を選び、想いを描き、そこに理想と願いを込めて、書き続ける。
少なくとも私と雛里ちゃんはそれだけで、『物語が好き』という思いを発端としたものでした。
『同性同士が恋愛をする』という共通点を持っていても、その発想を生み出した人に比べれば、私たちがしていることは模倣でしかない。
けれど、全てが模倣でしかない書き手の世界で、『これはこれ』と一人でも思わせることが出来たら、書き手の勝ちだと思うしかないのかもしれません。
「それに・・・・ 相手が居ないんでしゅよねぇ」
そう、肝心のお相手が見つからなければ、恋愛にはならない。
雛里ちゃんの『背徳の義兄弟物語』、『俺と部下との秘密の話』には受けと攻めとなる相手が存在し、それぞれ荀攸×曹洪、牛金×荀攸。
荀攸さんが受けも攻めもこなし、万能なんですけど・・・・ ご主人様は多分荀攸さんと同じでどちらにもなれる気がするんですよね。
休日を利用して茶店でお茶をしつつ、何人かの男性を眺めていましたが、よさそうな方は見つかりませんでした。
「はぁ・・・・」
そんなことを思っていたら、書庫の前に到着し、扉を開けるとそこには法正さんと鈴々ちゃんが勉強会の真っ最中。兵法書の書き取りに励む鈴々ちゃんの目は真剣で、こちらに気づいている様子はありません。
法正さんはそんな鈴々ちゃんを気遣ってか、私に気づいて視線を向けただけに留め、声をかけようとはしてきませんでした。
私もそれに倣い、素早く書簡を片づけその場を去ろうとしたとき、法正さんが私へと手招きをしてきました。首を傾げつつ近づくと椅子を指差され、仕事も終わっているので指示されるがまま座ります。
「翼徳、時間よ」
「にゃ? もう終わったのら?
まだ、終わってないから、最後まで書き取りやりたいのだー」
法正さんの声が静かな書庫に響き、鈴々ちゃんは顔を上げてから勉強をしていたことでも驚かされるのに、『まだやりたい』とすら思わせることが出来るなんて・・・・!
法正さんは一体どうやったんでしょう?
「『休むときは休み、学ぶときは学ぶ』、何事も区切りは大事よ、翼徳。
それに始める前に言ったでしょう? 今日は一緒に甘い物を作りましょう、と」
「あっ! そうだったのだ!!
朱里、いつの間に居たのだ?!」
ようやく私にも気づいてくれたらしく、手をあげて挨拶してくれる。さっきまでの真剣な表情はそこにはなく、明るいいつもの彼女が居ました。
「ずっと居たんでしゅけど、鈴々ちゃんが集中していて気づいてなかったんですよ。
凄い集中力ですね」
「凄いのは法正お姉ちゃんなのだ。
鈴々、本を読むと眠くなってたのに、法正お姉ちゃんが教えてくれると全然眠くならなくて、楽しくてしょうがないのだ!」
満面の笑みを向けてくれる鈴々ちゃん、そんな鈴々ちゃんへと法正さんが向ける目はとても優しいもの。その目は穏やかなまま、私にも向けられた。
「孔明、あなたの力を借りたいのだけれど、いいかしら?」
「私の力、ですか?」
「えぇ、あなたが元直から習った菓子作り、この子に教えてあげて欲しいのよ。
私でも出来るでしょうけど、あの子から免許皆伝を貰っているあなたの方がうまくできるでしょう。
それにたまには筆以外の物を持つのも、良い気分転換になるでしょう?」
法正さん・・・・
おもわぬ気遣いに、心が暖かなもので満たされる。
鬼で、毒舌で、頑固だと思っていてごめんなさい。
「それにあの趣味を持っているだけで嫁に行けるかもわからないのに、料理の腕まで錆びれてしまったら、それこそ目も当てられなくなるわよ?」
失笑付きで足された余計な一言さえなければ、どんなによかったでしょうね!
だから、毒舌って呼ばれるんですよ!!
「私の感動を返してください!!」
「あなたが勝手に感じて生み出した感情が、私の言葉によってどこかに失くしたのは事実であったとしても、それは落としたのはあなた自身、自分で拾ってきなさい」
・・・・どうして反射的に、人が言い返せないような言い回しを考えられるんでしょう? この人は。
「にゃー、早く片付けて買い物して、お菓子作ろうなのだ!
たくさん作って、兄ちゃんたちにも、桃香お姉ちゃんも、愛紗にも、愛羅にも、みーんなに食べてもらうのだ!!」
「・・・・そうね、翼徳。
孔明、何を作るかはあなたに任せていいかしら? 材料費等は私の方から出すわ」
「いいんですか? 多く作るなら・・・」
私がそれ以上言おうとすると、帽子越しに頭の上に杖をそっと置かれ、それ以上言うことを防がれた。
「市へ向かうわよ、孔明、翼徳」
「は、はい!」
「はーいなのだ!」
書庫の出入り口へと歩きだし法正さんを鈴々ちゃんと共に追いかけ、頭は簡単に作れそうなお菓子を考え、久しぶりする菓子作りに心を躍らせた。
市で必要な材料を買い、法正さんの趣味であり、収入源でもある裁縫に必要な布や糸を買った後、行きつけの茶店で一休みしました。
目的の場所に着くまで他の店を気にする鈴々ちゃんとはぐれないように手を繋ぎ、杖をつきながら歩く法正さんはとても微笑ましい光景でした。
けれど、法正さんは以前から杖を使っていましたけど、歩くことにまで使っていましたっけ?
お茶を片手に自分の記憶を探っていると、店内に突然聞き覚えのある音が近づいてくる。
「法正さん、林鶏さんが来ましたよ」
「すまないわね、店主。
林鶏、あなたは北郷の護衛を任せた筈よ」
法正さんは突然の事態あくまで冷静で、林鶏に問い詰めるように見た。
「コケーーー!」
翼を広げ、店内をきょろきょろ見渡しかと思ったら、その中で最も年配のご老人で視線を止めた。そうした後、驚きの跳躍力で法正さんの頭に乗り、何度も話しかけるように周りへと翼を動かした。
「そう・・・
あの馬鹿、またやっているのね?」
「ケェ・・・」
「ご主人様の身に、何かあったんですか?!」
おもわず心配になって聞くと、法正さんは頭痛を堪えるように額に手を当て、首を振った。
「その心配は不要ね。
孔明、あなたは平に連絡は取っていないわよね?」
法正さんが『平』と珍しく親しげに呼び、私も知っている人は一人しか存在しないです。愛羅さんだったら『関平』と呼びますし。
どうして法正さんしかり、王平さんしかり、槐お姉ちゃんしかり、互いを認め合っているのに友人であることも認めず、真名を預け合わないかが女学院時代からの謎。
謎が謎のままで終わったのは、誰も恐ろしくて聞けなかったからですが。
「とっていませんよ? ・・・まさか」
「えぇ、平が来たようね。
その上で、いつものあれをやっているようね」
「あ、あれでしゅか・・・・」
王平さんの『あれ』というと、人が多く集まっている人ごみや女学院で行われていた入学式や卒業式などでもしていたあの偏った性癖の演説。
実際、女学院の一部は彼女の趣味に賛同してましたし、演説を機に目覚めた方もいたようです。
「にゃ?」
私たちの言葉に不思議そうに首を傾げる鈴々ちゃんを見て、法正さんは鬼の形相を一度片づけ、深呼吸をした。
王平さん・・・ 相当怒ってますから、覚悟しておいてくださいね。
怒りの原因たる王平さんに内心で合掌し、自業自得の面もあるので少しだけ心が晴れる思いもありますけど。
「孔明、あなたは私と共に来なさい。
翼徳、事情はあとから説明するわ。
私たちはこのまま広場へと向かうけれど、あなたは警邏隊の元へ走り、広場に集まった民の誘導を行うことを伝えなさい。
あなたの足なら、私たちが広場に着くころには追いつくでしょう?」
「にゃ! わかったのだ!!」
「いい返事ね。
荷は・・・・ 林鶏、任せたわよ」
「ケェ!」
鈴々ちゃんと林鶏は言葉と同時に動き出し、法正さんは私を視線で促す。
「孔明、行くわよ。
広場の誘導する道はあなたが、私はその間に王平と・・・ おそらくは広場にいるだろう北郷を叱っておくわ」
「任されました!
そちらもお願いします」
王平さんと槐お姉ちゃんを叱れるのも、多分この大陸で法正さんだけですからね。ご主人様は・・・・ 多分その辺にいる方でも叱れると思います。
「えぇ・・・・ あの馬鹿、どうしてやろうかしらね」
底冷えするようなその声を聞こえなかったふりをして、私たちは広場へとやや速足で向かいました。
法正さんが王平さんの首を掴み、叱っているのを遠目に見ながら、鈴々ちゃんと共に民を誘導しつつ、人間観察をします。
やっぱり、どの方も華というか、こう今一つ足りないんですよね・・・
ご主人様自体が無個性というか何にでも染まれる方なので、お相手は忘れることの出来ないような強い個性を持った方とか、ご主人様以上の天然たらしとかが居たらいいんですけど。
「孔明様、民の誘導は無事終わります」
「ご苦労様です。
それでは警邏に戻ってくださ・・・・」
「子どもが、子どもが川に落ちたんだ!」
私がそう言いかけたとき、飛び込んでできた言葉。
そして、そんな言葉に誰よりも早く動き出すご主人様と同時に走り出そうとしていた血相を変えた法正さん。
けれど、法正さんの行動は王平さんによって止められ、杖を支えにするようにして王平さんと何かを話しているようでした。
「孔明、ここは私に任せ、あなたは警邏隊の一隊を連れ、現場に急行なさい。
ただし、川の中には決して入らないように、現場に集まっているだろう民を誘導のみ。
私は一度城にも戻り、関羽か関平を現場に向かわせるわ」
「は、はい!」
「北郷が何をするかわからないわ、なるべく急ぎなさい」
「了解しました!!」
指示を聞き、念のために向かう途中でお医者様を見つけたほうがいいかもしれない。
私がそんなことを考えていると、王平さんが軽々と法正さんを両手で抱えてしまいました。
「じゃ、正ちゃんの足じゃ遅いから、これで連れてくねー。
あとでねー、孔明ちゃん」
「平、あとで覚えてなさい」
「私、馬鹿だから忘れた―」
そんな言葉が最後に聞こえ、私たちは現場へと急行しました。
けれど私が現場に着いたときは既に愛紗さんたちが到着し、ご主人様を探すと無謀にも川の中に入り、子どもを助けようとしている姿でした。
無謀で、自分すら死ぬ可能性がある危険な行為。
けれど、どうしてでしょう。
子どもを抱え、必死に岸へと泳ぐご主人様の顔はいつも情けない顔ではなく、どこか覚悟を宿していました。
「ご主人様・・・!」
頑張ってください。
祈ることしか出来ないなんて許されない。なら私は、私に出来ることに全力を尽くしましょう。
私はご主人様の軍師、小さな命も自分の命を懸けて守ろうとする、お人好しで少し馬鹿なあの人の軍師なのだから。
私は警邏隊へと向き直り、指示を開始した。桃香様、愛紗さんにならご主人様を安心して任せられますしね。
あらかた指示を終え、そちらに戻ると青い顔をして横になるご主人様へと赤い髪の青年がご主人様の胸元を肌蹴させ、何度も両手押しつづけ、筋骨隆々の怪物のような人がご主人様の口へと熱烈な接吻をしているところでした。
その直後、桃香様と愛紗さんが抱きつき、幸せそうなところまで眺め、私は胸にもやもやとしたものを抱えながら、その場で拳を握り絞めてしまいます。
「これです・・・・!!
雛里ちゃんの二つの物語に対抗するのは、この二つしかありません。
題して『王子と野獣物語』、そして『専属医と僕の日常』!」
脳内に次々と浮かび上がっていく文章の数々を押さえ、二人の方をしっかりと目に焼き付けていきます。
そして私はそのお二人を、ご主人様を救った恩人として、また優秀な医者として城へと招くため近づいて行きました。
何よりも物語に出すのなら、間近でどんな方かを知りたいですしね。
最後のあたりが見直しが甘い気がします。
あとやはり、やや駆け足ですね。
次で、けりをつけたい・・・・
感想、誤字脱字よろしくお願いします。