23,正対 直前 【桃香視点】
書けましたー。
毎度のことになりつつありますが、明日から明後日にかけて感想返信が遅れます。
袁術軍を撃退した後、想定通り袁紹軍が攻めてきて、反董卓連合を終えた後から準備し、話を通していた曹操さん達の元へと私達は向かった。
愛紗ちゃん達のおかげで袁術軍との交戦が街で行われることはなかったから、その間に民の皆にも逃げる準備をする時間も稼げたし、朱里ちゃんの協力もあってお金や利権についてのやり取りは既に終わってる。
今は民の皆は曹操さん達の保護下に入ってもらって、私達や一緒についてくることを選んでくれた兵の皆は陳留からやや離れたところに幕を張って、明日には曹操さん達の所を通っていくつもりなんだけど・・・
「多分、いろいろ話すことになるよね・・・」
「だろうなぁ・・・」
周囲の警戒にあたってる愛紗ちゃん達とか、最近忙しすぎて先に休んでる朱里ちゃんの代わりに私と北郷は会議をする幕で二人っきりになっていた。
もしもの時のために待機してるっていうのもあるんだけど、私にはもう一つ用事があった。
「北郷の知ってる歴史だったら、私達は今頃どうしてるの?」
「桃香、俺が知ってる歴史なんて・・・」
「わかってる。
参考にしようなんて思わないし、役に立つなんて思ってない。だけど、話としてちゃんと聞いたことなかったなーって思ったから」
そもそも私達が皆男ってだけで想像できないし、同じだなんて思えない。
天の国の話を聞いてここよりもずっと幸せで、食べるに困らない毎日が送れることを羨ましく思って、皆がそうした日々を送れるようにすることが私達の夢。
そして、そのためにしなくちゃいけないことも前よりはわかってるつもりだから。
「そもそも劉備が曹操の所を通って蜀の方に向かうなんて歴史、天の国にはないんだよ。
袁術軍と戦ったり、呂布に負けたり、曹操の所に身を寄せたり、あっちこっちを転々として最期は・・・」
「そっか。
やっぱり、あてにならないんだね」
最後の所だけ言葉を濁して表情を曇らせる北郷に、私はわざと明るく笑う。
きっと向こうの世界の劉備さん達の話は幸せには終わってなくて、もしかしたら私達と同じ名前をした誰かは志半ばで死んじゃってるのかもしれない。
「もし歴史通りだったら、俺の存在がかなりおかしくなっちゃうしなぁ」
「だよねー。
ただでさえ服装とかで悪目立ちしてたのに、言動とかもあわせて完全に変人になっちゃうもん」
「そこまで言うのかよ・・・」
「あはは、半分冗談。
北郷のおかげで貯蓄に少し余裕が出来たし、北郷の地道な努力があったから一部の名士さん達に協力も仰げたじゃない」
天の国のちょっとした物を作ってお金を稼いで、そうした文化は曹操さんに渡せる交渉材料になる。勿論それだけじゃないけど、私と朱里ちゃんが集中している間に人との縁を繋いでくれたのは間違いなく北郷だった。
「これは北郷が白の遣いだから出来たことじゃなくて、北郷がたった一人で成し遂げた凄いことだよ」
「・・・なんだよ、こういう時ばっかり」
わしゃわしゃと頭を撫でてあげると北郷は拗ねた顔をして目を逸らして、なんか小さな声でぶつくさ言ってる。
「だって私、お姉ちゃんだからね」
「いや、わけわかんないから。
そんなことより、この後白蓮がくるんだろ? 準備とかしなくていいのかよ? つーか、俺っていてもいいのか?」
拗ねてることを誤魔化すみたいに話を変える北郷に、私は乗ってあげることにする。どっちみち、その話もしなきゃだしね。
「準備はこの部屋にあるもので出来るから大丈夫。
北郷はー・・・ 今回は私の友達として来るみたいだからいない方がいいかも?」
「そっか。
じゃ、俺はいくつかの書簡持って自分の幕に引っ込んでおくわ」
「うん、それでお願い」
そう言っていくつかの書簡を持って北郷が出て行くのを見送ってから、一つ溜息を零した。
袁紹さんの所に攻められた白蓮ちゃんが婚約者の姉である曹操さんの所に避難してたことには安心したけど、今回私の所に来る意図はあんまりわからない。
友達としてわざわざ来ることを考えると、難しい話にはならないとは思うんだけどね・・・
でも、溜息を零してばっかりもいられないし、頬を叩いてから気合いを入れた。
「さっ、出迎えの準備しなきゃ!」
「桃香、来たぞ」
「いらっしゃい、白蓮ちゃん」
その言葉と共に白蓮ちゃんは入ってきて、私は用意したところに座るように促すと白蓮ちゃんは座ってくれた。
「大したものは用意できなかったが、皆で食べてくれ」
「わぁ、ありがとう!
私もね、白蓮ちゃんに結婚祝いに用意したんだよ」
何かわからないけれど風呂敷ごと渡された物を受け取って、それと交換するように私も用意しておいた物を渡す。
「いや結婚祝いって・・・ まだ婚約だよ。
それでこれは・・・?」
渡した物の重さで何かを当てようとしてるのか、白蓮ちゃんは何度か手を上げ下げして布に包まれた贈り物を凝視してる。
別にこの場であけてもいいんだけど、白蓮ちゃんはしないみたい。
「これはね、鐙だよ!
天の国では結婚した人達はお揃いの指輪をするみたいなんだけど、それじゃなくしたりするかもしれないし、日常的に使える物の方がいいかなって。それに白蓮ちゃんと言ったらお馬さんじゃない?」
駄目だったかな?
そう思って白蓮ちゃんの方を見ると白蓮ちゃんは笑ってて、布を開いて四つの鐙を眺めてた。
「わー、嬉しいな。
これなら普段使えるし、二人で遠駆けとか行ったらお揃いでよく目立・・・ って鐙だから見えないよ?!」
「えっ? 鞍がよかった?
でも、鞍を二人分背負っていくのはちょっと辛いと思うよ?」
白蓮ちゃんが一人でツッコミをいれたり、笑ったりしてるから、私も悪乗りして参加すると白蓮ちゃんは驚愕の表情をして身を乗り出してくる。
白蓮ちゃんって、人の気持ちを楽しくさせる才能を持ってると思う。大陸が平和になったら、白蓮ちゃんとこうして芸人みたいなことをしても面白いかもなぁ。
「いや、あるの?!」
「あはは、流石にそれは無理かな。
私の個人的なお金から二人分の馬具一式は揃えられなかったから、その鐙が精一杯だったの。
なんかごめんね? 大したものじゃなくて」
「そんなことないし、こうして祝ってくれただけで嬉しいよ。
改めてありがとう、桃香」
私の言葉に凄い勢いで首を振ってくれる白蓮ちゃんはやっぱり優しくて、良い子だなって改めて思う。
「ううん、私がお祝いしたかったの。
だから私も改めて・・・ 結婚おめでとう、白蓮ちゃん」
「いや、だからまだ婚約だって・・・ でも、ありがとう。桃香」
なんだかお互いちょっと恥ずかしくなって、白蓮ちゃんも私も何か話すことを探して幕をきょろきょろとしだす。
そうしていたら白蓮ちゃんは何かを思い出したのか、突然私の方を見てちょっとだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「そう言えば桃香、私の婚約が決まる直前に曹洪に愛紗の妹を妾にしてほしいとか言ってなかったか?」
「うっ!
わ、話題がないからってそうくるの・・・?」
「いやぁ?
そう言えばそういうこともあったなぁと思いだしただけだよ、桃香」
こんな意地の悪い笑顔の白蓮ちゃん見たことないんだけど、曹操さんの悪影響でも受けちゃったのかな。
「だって本人達が言いだしたんなら、白蓮ちゃんが本妻なのは確実だと思ったし」
「私が言いたいのはそういうことじゃないってわかってるよな?」
「そ、曹洪さんの立場ならお妾さんがいてもおかしくないじゃない? 曹仁さんみたいに!」
徐々に白蓮ちゃんが私に向けてくる視線が厳しくなってて、私も気まずくなって目を逸らしつつ、苦し紛れに誤魔化していく。
「なんて意地悪はこの辺にしておくかな、曹洪から関平殿との関係は聞いてるから大丈夫。
これがどうなろうと私が曹洪を愛していることに変わりはないし、自分の愛する人が好意的に思われてることは嬉しいよ」
「ほ、本当に?」
「嫉妬がまったくないって言ったら嘘になるし、不安もあるよ。
だけど、その選択が迫られた時、曹洪はきっと私に全部教えてくれると信じてるからな」
自信満々ってわけじゃないけど、堂々と言い切る白蓮ちゃんの表情はなんだか綺麗で、これが恋した女の顔なんだろうなぁって勝手に思っちゃった。
愛紗ちゃんや愛羅ちゃんの片思いとは違う。結ばれたからこそ抱く不安とか、感情とかに綯い交ぜになってる筈なのに、それ以上の信頼とか、愛とかが白蓮ちゃんを強くしてる。
なんて、恋をしてない私には想像でしかないんだけどね。
「それにしても、義兄様のことはそっちでも噂になっているのか・・・」
「あはは、曹操さんってば連合が終わってからは隠す気なんてないみたいだから、当然じゃない?
曹操さんはそう言う所を隠さないし、自分の性癖とか凄い開けっぴろげだよね」
自分の傍に常に曹仁さんを置いてた時から噂にはなってたし、連合でさらにそれを周知の事実にしたんだから当たり前だけど、それに加えて曹仁さんの傍に侍る子達の熱視線によって彼が女好きとか、女誑しとかの噂を作っていった。
「まぁ、女好きっていうのは普通だし、男好きとかよりはずっといいんじゃない?
うちの北郷なんて華佗さんと行動することが多いせいか、男好きっていう噂が絶えなくて」
「そ、それは孔明殿が書いてるっていう、あの創作本の所為もあるんじゃないか?」
ケラケラ笑う私とは対照的に、どうしてか汗をかいてる白蓮ちゃんに水を出してあげると一気に呷った。
別に白蓮ちゃんに出すのはお酒でもいいんだけど白蓮ちゃんはあんまり強くないし、私達は袁紹軍に追われている身だから私や北郷、朱里ちゃんや愛紗ちゃん達は禁酒してるんだよね。
「かもね。
だけど、ただの創作なのに皆本気にしちゃんだから、噂とかの力って凄いなぁ」
「私はむしろ怖いよ・・・」
怖いという白蓮ちゃんは苦笑していて、私のことを見てる。
まるで私が次に何かを言うのを待ってるみたいな穏やか目で、ちょっとだけ狡く思った。白蓮ちゃんって前は優しいだけと思っていたけど、人の話を聞くのが上手くて、誰かを受け止めることが上手かったんだなって思い知る。
学院の頃も、最初に幽州に行った時も気づかなかった白蓮ちゃんの良い所を私はだんだん気づかされていって、何も知らないで友達なんて言ってた昔の自分が恥ずかしくなってきちゃう。
「幽州の方、どうなったの?」
「大体、桃香も知ってる通りだと思う。
私は幽州の土地を捨てて、義姉様の元にいる。ただそれだけだよ」
「捨てた、じゃないでしょ?
白蓮ちゃんは・・・ ううん、幽州の太守・公孫賛は自分の預けられた土地の民を救うことを選んだんだよ」
「そう、かな・・・」
「そうだよ、白蓮ちゃん。
他の皆は? 趙雲さんとか、赤根ちゃんとかはどうしてるの?」
少しだけ悲しそうな顔をした白蓮ちゃんを励ますように明るく言って、白蓮ちゃんも私の意図に気づいたのか笑ってくれた。
これじゃどっちが気を遣ってるのかよくわからないけど、その笑顔は無理をしてるようじゃないから安心できた。
「相変わらず、かな。
環境が変わっても程昱と郭嘉は趙雲のことをからかって、今は義兄様に近づけないようにいろいろと工作してるな。
赤根はこっちに来てからはずっと書庫で勉強してるみたいだったけど、最近は仲のいい友達でも出来たのか中庭や茶店で見かけるようになったかな」
「皆、元気にしてるならよかった」
「さて、そろそろ本題に入ってもいいか。桃香」
近況を知ってほっと肩を降ろすと、白蓮ちゃんがここに来た本題に入ろうと真剣な顔をして私を見つめてくる。私もそんな白蓮ちゃんと本気で向き合うために見つめ返せば、白蓮ちゃんは重々しく口を開いた。
「桃香。
このまま通り過ぎるのではなく、義姉様の元に残ってもいいんじゃないか?」
その言葉は少しだけ予想していたことで、私はただ黙って先を促した。
「確かにお前と義姉様の考えの根本は違うのかもしれない。だけど桃香、お前達の夢はここでも叶えられるんじゃないか?
確かに義姉様は桃香達の理想に厳しいことを言うだろうが、よほどの無理難題ではない限り許容してくれるはずだ」
本当はわかってた。
ううん、わかってたのはきっと私だけじゃなくて、朱里ちゃんも北郷も行きついていた答えだった。
「義姉様も桃香達のことを高く評価してる。けして、悪いようにはしない。
今回、これほどまでに入念に準備して、礼を尽くしてることには桃香のことを褒めるような言葉だってあがってるんだ」
「・・・うん、わかってる。
でもね、白蓮ちゃん。そうじゃ駄目なんだよ」
白蓮ちゃんの言葉に私はさっきまでと変わらない笑顔で微笑んで、ゆっくりと首を振る。
前のままだったら、意地で提案を断っていたかもしれない。
自分じゃない誰かの意見を求めて、それを答えとしたかもしれない。
「何度も話し合って、北郷と決めたんだ」
君主である私達二人が決めて、朱里ちゃん達に話して、全員が納得して出した答え。
もしかしたら曹操さんは、あの時からこの日が来ることをわかっていたのかもしれない。
「だから、白蓮ちゃん。
明日、皆の前で全部言うから少しだけ待っててほしいの」
そう言うと白蓮ちゃんはどうしてか私を見て眼を開いてから、苦笑いとも、呆れともとれるように笑った。
「桃香はもう、決めてるんだな」
「うん、わかっちゃう?」
「わかるよ。
桃香との付き合いが一番長いのは私なんだからな」
おどけるように得意げな顔をして笑う白蓮ちゃんに笑って、答えを今聞かないでいてくれることに感謝する。曹操さんの所の将としてこなかったのも、私が断ってもいいように友達の提案って形を取り繕ってくれたなんだよね?
本当に白蓮ちゃんにはいくら感謝してもしきれないし、何をすれば恩を返せるのかがちょっとわかんないや。
「それじゃ、私はもう帰るよ。桃香。
また明日」
「うん、またね。白蓮ちゃん」
ずっと友達でいてくれる親友と別れてから、私はその後に戻ってきた北郷と入れ違いで自分の幕で休むことにした。
【正対】
真正面から相対すること。面と向かうこと。
予定した話の前段階の話になってしまいましたが、来週は予定通り本編を更新します。