平原にて 始まる想い 【華雄視点】
書けたので投稿。
「おりゃ!」
掛け声とともに振るわれた曲刀を防げば、防がれること前提だったとでも言うかのように相対している周倉は刀の方向を変え、私へと縦横無尽に振り上げてくる。
「甘い!」
身軽さを生かし、速さを重視した戦い方は見事だが、一撃一撃があまりにも軽すぎた。
突きの一閃を繰り出せば、周倉は刀で受け止めるが、衝撃故に少々後ろへと飛ぶ。
当然、私が隙を逃すはずもなく追撃に柄の部分を胴に叩き込み、周倉は壁へと激突する。
「さっすが、愛紗様と互角にやりあう人だ・・・!」
だが、彼女は立ち上がる。
咳き込み、口元は切れて血が出ているにもかかわらず、子どものように目をキラキラと輝かせて、私を見ていた。
怒りでも、憎しみでもなく、純粋なる敬意がそこから溢れ出ていて、その心地よい感情に私も思わず笑みをこぼした。
「もっと、見せてくださいよ!
あんたの本気、あんたの仕合、あんたの技を!!」
模擬仕合用の曲刀を離すこともなく、一本の刀を右と左で大差なく操る自己流の武。
力への羨望と強者への敬意、そして自らも辿り着いてやるという強い欲望。
そこにいるのは、この広い大陸のいずこから生まれ出でた力の求道者の一人だった。
「あぁ、いいだろう!
一切手加減などせんぞ!!」
互いに吼え、私達は思いのままに仕合を続けた。
「紅火、仕事に向かうぞ・・・
紅火、その顔はどうした・・・ 華雄殿?!」
「華雄様に早朝の訓練に付き合って貰ったんですよ、すぐに支度します!
華雄様、ありがとうございました!!」
朝食にはちょうどいい時間になると関平が中庭の横を通り過ぎる際に周倉に声をかけ、その頃には私達はすっかり汗をかいて試合を終えていた。
「いや、私もいい時間を過ごさせてもらった」
「世辞はいらないっすよ。
私じゃ相手になんないことはわかってますし、自分の実力は自分が一番知ってるんで」
私がそれ以上何かを言う前に紅火は井戸の方へ向かい、関平と私がその場に残される。
「どうでしたかな? 華雄殿。
紅・・・ 周倉との仕合は」
「自分の身軽さを活かした、良い戦法だと思う。
だが、一撃が軽い故に私のような槍や弓などの相手は不得手だろうな」
関平の問いに対して短く答えれば、関平も頷き、手にしていた己の得物を軽く回してみる。
「えぇ、おっしゃる通りです。
ですが、馬上での戦闘も小器用にこなし、場所が山となれば周倉の強さは我々の比ではありません」
「自慢の部下、といったところか」
「はい」
胸を張って堂々と答える彼女に少しの羨ましさを感じつつ、私はその場から立ち上がる。朝食の代わりになりそうなものは既に買ってあるから、一度部屋に行くとしよう。
「華雄殿、一つお聞きしてもよろしいか?」
「何だ?」
が、関平が私の足を止めた。
「何故、周倉と仕合を?」
「・・・友がかつて、私に向けて言った言葉があってな。
『人の良し悪しなんて、付き合ってみてからもわかるもんじゃない。
だけど、君主の・・・ ううん、上に立つ人の良し悪しは下にいる人を見てればわかる』とな。それに倣ってみた、それだけのことだ。それに・・・」
関平の元へと嬉しそうに駆け戻ってくる紅火の姿に、私は笑う。
「私も強い奴と戦うのは嫌いじゃない」
二人と別れ、部屋にて食事を済ませた後、私は忙しいであろう筆頭軍師の孔明ではなく、関羽が『筆頭文官に相応しい』と褒め称えていた法正殿の元へと向かっていた。
「水鏡女学院の・・・ 千里の先輩たる人物、か」
既に顔こそあわせてはいるが会話をしたことはなく、劉備殿や他の者とのやり取りを聞いている限りは言動の厳しい人物というのが第一印象。
かつて千里からも話を聞いたことはあるが、千里もあまり多くは語らず、『一切の例外なく厳しくて公平、それと迷いのない人』と称していた。
「まぁ、とにかく会ってみるしかあるまい」
幸いなことに捕虜となった霞や千里から月様達の詳細も聞き、存命であることも知っている。そして、皆がどう言った選択をしたかどうかもしっかりと聞き、その上で私の道は私が選ぶように伝えられている。
そしてそんな私に対し、『今後どうするであれ、決まるまではここに居ていい』と言ってくれた劉備殿や白の遣いの言葉に甘え、ここ数日は将達への挨拶回りや、街を見て回るなどをして毎日を過ごしている。
そして連合から帰還した今も、私はここに留まっている。
「既に私は、答えを出しているのかもしれないな」
自分自身の心へ問いかけるように独り言をつぶやきながら、城にある納屋のような部屋へと辿り着く。
扉を叩けば短い返事が聞こえ、私はゆっくりと扉を開けた。
「これは・・・」
だが、その室内は私が想像していたものとは違う様子が広がっていた。
「何の用かしら? 華雄殿」
書簡も、食料も、生活用品などの一切が片づけられた部屋が広がり、部屋の片隅には綺麗にまとめられた荷物のみが積み上がっていた。
「これは一体・・・ どういうことだ?」
「何を指し示しているかもわからない上に、あなたが何の用でここに来たのかもわからないわね」
溜息を吐くこともなく、法正殿は席について茶を口にしている。
私が目的を言うのを待っているようにも、関心など全くないようにも映る。
「あなたは、ここを去るのか? 法正殿」
「えぇ」
私の問いかけに対して短く肯定し、視線と手で私に座るように促した。
「どうしてか、聞いてもいいだろうか?」
「あなたに伝える必要はないわね。
己の今後すら決めきれず留まるあなたが、ここを去る私の言葉を聞いてどうするというのかしら?」
私へと茶を注ぎ入れながら、法正殿が見守る先には小さな花壇が存在していた。緑ばかりで美しいとは言えないが、規則的に並んでいるのを見る限り、誰かが植えた物だということがわかる。
「それもそう、だな・・・」
彼女の言葉に対し、異論が浮かばずに私は肯定する。
客将とは本来そう言う存在であり、彼女の行動におかしな所は一切存在しない。むしろ終生の主を定め、最期まで仕えるという方が大陸では稀なことであり、今の私のように主を失う者も多いのも現実だった。
「それであなたは何故、私の所に赴いたのかしら?」
「いや、あなたがここの筆頭文官であることを関羽などから聞いていたのでな。
一度話を伺おうと思っていたのだが・・・ どうもそれは違ったらしい」
「えぇ、違うわ。
たとえ周囲がどう思おうとも、私は一介の客将にしか過ぎない。
そして私は、筆頭と呼ばれる存在になることを頷いたこともないわ」
関羽が私に伝えた言葉を全否定し、彼女はゆっくりと茶を啜る。
「・・・北郷のみならず、関羽までもね」
何やら法正殿が小さく呟いた気がしたが、あまりにも小さすぎたが故に私にすら聞こえはしなかった。
「正ちゃーん、山葵ちゃん連れてきたよー」
私達が無言で茶を啜ってる中、王平殿が栗毛の馬を連れ、扉の外から大きな声で呼びかけてきた。
「・・・あなたが勝手に連れてきた、の間違いでしょう?」
が、呼ばれた当人はわずかに不快そうな顔をして、叩くこともなく扉を開けた王平殿に文句を口にする。
「うんうん、正ちゃんならそう言うと思った。それでこそ、正ちゃん。
笑顔で『ありがとう』なーんて言ったら、もう正ちゃんじゃないってくらい」
だが、王平殿に気にした様子は一切なく、それどころか部屋の片隅に置かれた荷物に手を出して再び外へと出ていってしまった。
「積むのもやっちゃうからねー」
「はぁ・・・ 勝手になさい」
王平殿の奔放さはどことなく千里を思い出させ、私はおもわず目を細めてしまうが王平殿は何度目かの往復で私に気づいたらしく、手を挙げて挨拶をしてきた。
「やっほー、華雄ちゃん。正ちゃんとこにも挨拶?
でもざーんねん、正ちゃんはもう出てっちゃうから意味がないんだなー。
てかさー、正ちゃん」
知っていたのなら、先日挨拶にいった時に教えてくれてもいい気がするがそれは口に出さず、呼びかけられた法正殿は王平殿の言葉に反応を示すことなく、お茶のおかわりを入れてくれる。
当然のように、急須の上にもう一つの碗を用意しながら。
「やっぱり、北郷の恋心に気づいちゃったから?」
「ぶふっ!」
一切前触れのない恋愛話に、聞いていた私が噴き出したにも拘らず、王平殿は気にせずに席につき、法正殿も動揺することもなく、お茶を注ぎ終える。
「平、あなたは私がその程度のことで当初の予定を変えると思っているのかしら?」
そして、迷う素振りも、言いよどむことすらなく、『その程度』と斬り捨てた。
「その程度の事ではないだろう」
おもわず口を挟んでしまい、王平殿は驚くような視線を私に向け、法正殿はこちらを睨みつけるように見てくるが、口を挟んでしまった以上は後には下がれない。ならば、前進あるのみ。
「私はこの陣営に来たばかりで、全員の関係も知らん。
私が知っているのは精々白の遣いと劉備殿が何を目指しているか、そして、関羽達が武人として如何に優れているかということだけだ。
だが、たった数日接しただけでも白の遣いが人としてまともであり、前を向き、己が成すべきことを懸命に成そうとしていることはわかる。
その恋心に対し、今の態度はあまりにも残酷ではないだろうか」
名が知れた赤の遣いは誰もが知っているが、その対として有名な白の遣いはほとんど名が知られていない。
関羽を通じて知った存在ではあるが、その心根はやや幼いが優しく、懸命で、真っ直ぐなものだった。
「・・・ここにも馬鹿が一人いるわね」
「正ちゃーん? 口に出てるよー?」
「口に出したのよ、平」
心底呆れたような溜息を吐いた法正殿は私を正面から見据え、その目は非常に冷たいものだった。
「極端なことを言ってしまえば、私は北郷が恋心を抱かれようと、愛されようと、立場を利用し力を行使して襲われようと私は一向にかまわないのよ」
「なっ!?」
「正ちゃんの発言は極端すぎるけど、黙って聞いててねー」
法正殿の発言に対し、私が驚き立ち上がろうとするが、それは王平殿によって遮られ、私は立ち上がることは出来なかった。
「この地は遠からず戦乱に呑みこまれることはほぼ確定事項であり、孔明だけではなく、誰もが気づいていることだわ。
そして戦乱の中で、足の悪い想い人を抱えた君主はどうするかしら?」
「それは・・・」
その問いかけに答えられない私に対し、法正殿はさらに畳み掛けてくる。
「優しく、愚かで、人を斬り捨てることを出来ないこの陣営の者達が、たかが文官一人の命と多くの民の命を天秤に乗せたと知れた時、この陣営は全てを失うことでしょうね」
「だが、私情あっての人間だろう!」
確かに彼女の言葉は正しく、軍として、一陣営としては正しいのかもしれない。
だが、大切な者を守りたいと、愛する者を優先してしまうことは人として当たり前だ。
「えぇ、そうね。
普通ならばそれほどまでに愛されたことを喜び、多くの民の命を悲劇と嘆き、その命を『尊い犠牲』と呼んで復讐や幸福な世を目指すのでしょう。
でも、それは向けられた側も好意を持つことが前提のものでしかないわ。
彼の恋情に付き合うほど、彼に対してそうした思いを抱いたことがない。もっと言ってしまうなら、恋愛対象として見たこともないわね」
「わー、正ちゃん。容赦なーい」
王平殿が茶化したので場の雰囲気が悪くなることはないが、法正殿が纏う空気はあまりに冷たく、相手が恋慕の情を抱いているというのに一切の興味すら抱いている様子がなかった。
「し、しかしだな・・・」
「あなたが何にそんなに拘ろうとしているのかが、私には少しもわからないわね。
相手がどう想っていようと一方的に感情を向けられ、なおかつ当人の口から出てもいない感情など迷惑以外の何者でもないわ」
頭痛を堪えるように顔に手を当て、溜息を零す法正殿は本当に理解に苦しんでいるようであり、説明すること自体に疲労が見えるようだった。
「あなた達にどんな拘りがあろうと、去った私をどう思おうのもかまわない。
いっそのこと『客将である法正は誰よりも早くこの地を離れ、戦火を逃れた』とでも思えばいい。ただそれだけの事でしょう?」
「法正殿、例えであってもその言葉は・・・!」
「華雄ちゃん、怒んない怒んない。
正ちゃんの言葉で一々立ち上がってたら、水鏡女学院では呼吸も出来なくなっちゃうからねー」
私が再び立ち上がりかけるのを王平殿が押さえ、王平殿はどこからか出した茶菓子を机の上に出していく。その中の一つ、飴玉を私の口の中に放り込み、半強制的に黙らせられてしまう。
ぬぅ、王平殿のこういうところが千里に似ている・・・・
「まっ、正ちゃんは他の子よりちょーっと言葉に無駄がない・だ・け。
正ちゃんがここを離れるのも、子ども達を置いていけるのも、用意した人材に仕事を任せるのも、ぜーんぶ信頼の裏返し~。もし正ちゃんが本気でこの陣営が駄目だと思ってたら、正ちゃんは子ども達を抱えて女学院に逃げることぐらいはするし、私も協力惜しまないしね~。
大体攻め込まれてくるって言ったって、初っ端から袁紹軍はこっち攻めてこないだろうから、袁家に媚び売りたい程度の勢力ぐらいなら防げるから大丈夫大丈夫。まぁ、流石に連続で二回は駄目かもしんないけど、その頃にはいい加減おねむな龍も起きるでしょー」
私は途中から言葉の意味がわかっていないが、法正殿は王平殿の言葉に対して見定めるように目を細めた後、溜息を零してしまった。
「あなたはその性格がなければ、軍師としてもやっていけたのかもしれないわね」
「それはお互い様~というか、私達三人だけは誰も言えないと思うなぁー。
だから私達は、出来のいい後輩達の前にいる『残念三軍師』~。
この性格があったから私は今ここに居るし、正ちゃん達と作った思い出もあるんだから、ぜーんぜん後悔なんてないよ。何よりこっちの方が気楽だし、直したくもないなー」
王平殿はひたすらニコニコと笑い続け、法正殿もまたそんな王平殿へと向ける視線はほんのわずかだが柔らかく感じられる。
だが、事の詳細よりも私は自分が何故怒りを露わにしたのか、苛立っていたのかがわからず、思考の渦へとはまりかけていた。
「華雄殿、私はこの後劉備の元に向かわなければならないわ。
話はこれで終わりかしら?」
「あ・・・ あぁ、すまない。
私もこれで失礼する」
「じゃぁ、山葵ちゃん達を城の入り口に連れてってあげるねー」
法正殿に促され、自分自身の考えに振り回されるように、私は少々急ぎ足で自分の部屋へと戻っていった。
部屋に戻った後は、何をするわけでもなくぼんやりと自分が何故法正殿の言動に怒りを抱いたのかを考え続けていた。
白の遣いとの付き合いは短く、知っていることも正直あまり多くはない。
天の遣いの片割れであることとこの陣営では二人いる君主の一人であること、そして関羽と貂蝉が彼を愛していること。
「ぐらい、か・・・」
連合で初めて会った時も身一つでついさっきまで一騎打ちが行われていた戦場に駆け寄り、涙を流しながらも関羽を出迎えた時の笑顔は・・・ 月様の穏やかな笑みによく似ていた。
その後は私の立場もあり、会う暇などほとんどなく、最終的に私の今後などを決めたのも会議の場でのことだった。
「ふむ・・・
とすると、私は恩義を感じている相手の好意が無碍にされたことに腹を立てたのだろうか?」
だが、これも何故かしっくりこない。
答えとしては十分にも拘らず、何故か首を傾げそうになってしまう。
「よくわからんな・・・」
ここに霞か千里が居れば、この正体不明の想いに名をつけてくれたのだろうか。
「はぁ・・・」
考えてもキリがない上に、私らしくもない。
これならばいっそ体を動かしてすっきりして来ようと思い、私が模擬仕合用の斧槍を持って立ちあがれば、不意に窓の外にいた人影が目に入った。
ぼんやりとした様子で、膝のあたりをわずかに砂で汚した白の遣いが視線を遠くへと向けていた。それだけでもう心ここにあらず、というのはわかる。
「法正殿、か・・・」
疑問に思うまでもなく、彼女が去り際に何かを告げたのだろう。
きっぱりと、私が聞いた言葉と同程度の彼女らしさを持って、一切の容赦なく、白の遣いに事実を突き付けたのかもしれない。
「それはあまりに酷だろう・・・」
何故か落ち着かぬ心臓と、言葉に出来ぬ気持ち悪さが胸を襲ってくるのを感じ、私はいても経ってもいらずに模擬仕合用の斧槍をその場で投げ捨てた。
この想いの名を知らずとも、心の動きがわからずとも
「放っておくことが出来ない感じたことぐらいは、私にでもわかる!」
誰が聞くでもない独り言をつぶやきながら、私はただまっすぐに白の遣いの元へと駆けよっていた。
次は本編に行きます。




