21,平原にて 失恋
書けましたー。
「はぁ~、どうにか無事に帰ってこれたんだなぁ」
目覚めると俺は当たり前のように城の寝台の上に居て、大きく伸びをしながら、そんな言葉が零れた。
行く前からそわそわし続けた連合も無事終わり、俺や桃香、将の皆も交代で休みを取りつつ、警備隊の報告書や留守中の事務作業を片づける作業を行う毎日。
私室には仕事の書簡は置かずに、執務室で行うのが俺達の暗黙の決め事なので俺の机に書簡が積み上がるということもなかった。まぁ、実際は部屋に持ち込んでも作業しないし、失くした時のことを考えて執務室で行うようになっただけだけど。
「それでも、休んでる暇はないんだろうなぁ・・・」
とりあえず今日は休みだけど、今後のこともやっぱり考えておかなきゃいけない。
こっちじゃ俺の三国志知識が役に立たないとわかっても、史実とこっちで起こってることが似通ってることもまた事実。なら、ほんの少しの欠片でも今後に活かせることもあるんじゃないかと思った。
「まぁ、朱里が同年代っていう所でもうだいぶ違うしなぁ・・・」
だから、あてにならないのも事実なんだよな・・・ 趣味も腐ってるし。
何で最初の俺、そんなことも考えられなかったんだろ・・・ 結局、朱里は義姉妹になってないし、軍師と君主っていう立場のままだ。桃香も桃香でなんか最近は自分の意見をバシバシ言うし、対等っていうわけじゃないけど、遠慮とかそう言うのが一切なくなってる。
「と、そうじゃなかった」
脱線しかけた考えを振り払って、身支度を整えてから何も書かれてない書簡と筆を執った。
そこに書いていくのは俺が知っている範囲での三国志の歴史であり、この先で俺達の陣営に降りかかるだろうことを記していく。
「と言っても、本当にいろいろ変わりすぎなんだけどな・・・」
史実で言うなら孫堅だってまだ生きてた筈だし、董卓が人間蝋燭になったり、曹操の父親が殺されたり、曹操が奸雄になってどんどんいろんなところに攻めていくってカンジだった筈。
だけど、孫堅さんってもう死んでるとか聞いたし、董卓死亡も明確になってなくて、曹操さんの父親の話は噂ですら聞いたことがない。曹操さんが攻めてくるっていうのだけは否定できないけど、こんな小さい勢力を潰して悦に浸るような人には見えないんだよなぁ・・・ 呂布さんに関してはどこにいったかすらわかんないし。
っていうか、史実の曹操って関羽を欲しがったことで有名じゃなかったっけ? こっちの曹操さんも愛紗のことを欲しがったりなんてしないよな・・・?!
「というか欲しがられる理由が、曹仁さんの一件の仕返しもありそうで怖いんだよなぁ・・・」
正式に謝罪し、剣と服を渡してるけど、形としての謝罪と個人的な恨みは別問題。何より経緯は忘れたけど、関羽って一時期曹操の下にいた筈だし。
頭を抱えそうになるのを耐えつつ、わかりやすくまとめるのを後回しに俺はわかってることと覚えてることをひたすら書いていく。
「詳しいことは、あとで桃香と朱里と相談しなきゃなぁ・・・」
反董卓連合っていう大きな流れは似ていることがわかった以上、史実での劉備がそうであったように俺達が各地を転々とする可能性だってある。
だけど、そんなのは駄目だ。
犠牲が多すぎることなんて今の俺でもわかるし、大事な仲間を曹操さんにだって渡す気なんてない。
「それに三国志の劉備の終わりは・・・」
義兄弟である関羽と張飛を相次いで失い、その末の病死。
有名な三国志はけしてハッピーエンドでなんか終わらず、三国での平和なんてなかった。
「でも、今は変えられる・・・ いや、違うよな」
史実と違うなら、いくらでも変えられる。
今は綺麗事でも、絵空事でも、俺達みんなで変えてみせる。
「なんて・・・
思うだけで声に出せないから、俺は法正さんには呆れられるのかな・・・」
不意に頭に浮かんだ法正さんの顔に、俺は苦笑いする。
「いつか、認めてくれるかな」
ある程度まで書き終えたところで書簡を丁寧に閉じ、棚に放り込んだところで鳴りだした腹に朝飯を食べてないことを思い出して、俺は腹ごしらえをするべく街へと繰り出していった。
街は早朝から賑わい、あちこちから活気あふれる声が聞こえる。
賑やかで、活気のある街の一場面を見てると俺もなんだか嬉しくなってきて、朝飯と昼を兼ねて肉まんや果物を抱えて、街を歩いて回る。
「大通りから外れたところは、もうちょっと何とか出来るようにしないとなぁ・・・」
川の周りを柵で囲う作業は少しずつ進んでるし、子ども達への注意喚起もされてるから被害も減ったけど、まだまだ改善点は残ってる。
ここら辺は朱里じゃなくて、紅火とか愛羅とかにでも相談するかなぁ。なんだかんだで街の人達と距離近いのあの二人だし。
「筆とか持ってくればよかったなぁ・・・」
朝飯買いに来ただけだから持ってなくて当然だけど、ぱっとメモしたりする物がないって不便すぎる。あっちじゃ携帯とか、ちょっとコンビニに寄ればメモ帳も手に入るけど、それも当然できないからしょうがないんだけど。
そうしてうろつく俺の耳に子ども達が楽しげな声が聞こえてきたので、路地の方へ視線を向けると、そこには多くの子ども達の中央に立つ法正さんの姿が見えた。
「お姉ちゃんが教えてくれた傷薬ね、お母さんにすっごく褒められたの」
褒められたことを嬉しそうに法正さんに語る女の子や、袖を引く男の子に視線を合わせてるために屈んでいる法正さんは女の子の頭をそっと撫でる。
「そう、偉かったわね。
けれど、私は教えただけ。実際に使ったのも、お母さんを助けたのはあなただわ。
私が教えたことはほんの少しだけだけど、もっと学びたいと思ったのなら、この街に居る華佗という医者の所に行きなさい。
きっと、もっとたくさんのことを教えてくれるでしょう」
「うん!
私ね、お姉ちゃんみたいな素敵な女の人になりたい!!」
「・・・えぇ、なれるわ。
私よりもずっと素敵な人に」
その子に何か書簡を渡して、他の子達にもいくつかの物を渡している。
子ども一人一人に言葉をかけて、丁寧に接していくその姿に俺は入っていってはいけないような気がして、建物の影から見守っていた。
朱里や桃香がいつだか言っていた子ども達に接する法正さんを間近に見るのは初めてだったし、まさかこんなに多くの子ども達に慕われているなんて想定外だった。
「さぁ、皆。
嬉しいけど、そろそろ戻りなさい」
「法正先生!
これ、皆で作ったの!!」
法正さんが子ども達帰るように促したところで、子ども達の中で一番背のある男の子が何かの包みを差し出していた。
「開けても?」
法正さんの言葉に男の子は頷いて、中身を覗いた法正さんは少しだけ目を開いて驚いた後、目元を緩ませて近くに居た男の子の頭を撫でた。
「みんなで作ってくれたのね・・・」
法正さんの問いかけに対して男の子の多くは照れ隠しなのかそっぽを向き、女の子達は嬉しそうに顔をあげたり、照れて俯いたりしている。
子ども達へと法正さんが向ける表情は俺がこれまで見たどの表情よりも慈愛に満ちていて、俺がこれまで見たどんな人よりも綺麗だと思った。
「よく出来ているわ、ありがとう」
「林鶏にもあげてね!」
「山葵ちゃんにも!」
「えぇ、勿論。
お見送り、ありがとう」
「え?」
お見送り? なんだよそれ、一体どういう・・・
俺は突然すぎる事態に頭がついていかなくて、間抜けな声をあげてしまった。
その声に気づいたのはどうやら法正さんだけじゃなくて、愛鶏の林鶏も、愛馬の山葵も俺を睨んで、子ども達が気づかないうちに視線を戻してしまった。
視線を向けてきた山葵の方を改めて見てみると連合に行く時よりも多くの荷物が詰まれていて、法正さん自身もいつもの服の上にさらに上着を羽織っている。
これじゃぁまるで旅支度か、家出するみたいじゃないかと思って、法正さんに問いただすような視線を向けると、法正さんは子ども達一人一人を抱きしめて別れを惜しんでいるところだった。
「法正お姉ちゃん、元気でね」
「えぇ、皆も元気で」
子ども達に別れを告げながら、法正さんは俺を気にすることもなく、山葵の手綱を引いて歩き出した。
「法正さん、ちょっと待っ・・・」
俺が呼びとめようとしたその時・・・
「コケーーーー!!」
ついさっきまで山葵の背中に乗っていた筈の林鶏が俺の背後から後頭部へと蹴りを食らわせ、不意をついたその攻撃に対して俺は重力に逆らうことも出来ずに無様にずっこけた。
「てめっ! この油淋鶏野郎!!」
「ウコケエェェーーー!」
俺の反論に対して林鶏は大きく一鳴きしてから、主人の注目を集めるようにその場で土を蹴る。
「林鶏、何をしているのかしら?
行くわよ」
法正さんは少しだけ振り返って、視界に入った俺に対して何も言わずに林鶏だけに言葉を向けた。
「法正さん! ちょっと待ってください!!
その支度は一体・・・ それにさっき子ども達が言ってたお見送りって・・・!」
「私が今日、この街を去るからよ」
俺が立ち上がって駆け寄りつつ問いかければ、法正さんは林鶏を山葵の鞍に乗せ、自分はいつもの杖ではなく手綱を支えとしてゆっくりと歩いていた。
「何で! どうしてですか?!
こんな突然・・・」
「人の決断というのは、いつだって他者には突然として映るものよ。
何故なら、相手がどれほど熟慮した結果かなんて当人にしかわからないものなのだから。
付け足すのなら、陣営において客将が去るというのはおかしなことではないと思うのだけど?」
俺の戸惑いと言葉にならない問いかけをどこかずれた答えで返されて、俺は自分の中で苛立ちや悲しみが膨れ上がるのを感じていた。
「そうじゃないです!
俺が言ってるのは、なんで今この時にあなたがこの陣営を去るかっていうことですよ!!」
苛立ちを足に向けて地面を打ち鳴らすようにしながら、法正さんの前に躍り出る。
法正さんが俺から逃げないように両肩を手でつかんで、俺は法正さんをしっかりと見つめた。
なのに、法正さんの表情は変わらない。
驚きも、悲しみもない表情は静かに俺を見ていて、俺の手を杖で振り払うことすらしなかった。
「客将だから去る、それだけよ。
何より私に仕事を斡旋した瑾への義理の分は働いたし、不出来な後輩の尻拭いも行い、あなた達に必要な教育も施した。
これ以上、あなた達は私に何を望むというのかしら?」
俺の苛立ちを隠さない声に、法正さんは初めて会った時と変わらない言葉を言い放つ。
そうだ、この人は朱里がお姉さんに頼んでやってきた人だった。
最初はただ厳しくて、怖くて、容赦がなくて、俺達に優しい言葉なんて何一つもかけてくれなかった恐ろしい人。
「俺達にはまだ、法正さんの力が必要なんです!!」
けど、この人はたくさんのことを教えてくれて、俺達の夢に現実味がないことを突き付けながら、一度だって嗤わなかった。
そして、言うばかりだけじゃなく、自分の行えることを最大限に実行に移すような人だった。
「劉の名を持つ君主の片割れ、大陸の名軍師と名高い臥龍。
名をあげ、武人として称えられる美髪公。大器晩成である燕人・翼徳、機動力のある美髪公の妹。
将軍らに対して忠義篤き人材。大陸の名医と名高い医師・華佗。
今後はどうなるかは知らないけれど、魔王の盾と謳われた華雄と軍師としては役に立たずとも、武人としては申し分のない王平。
これだけ人材が溢れているというのに、他に何が必要というのかしら? 北郷」
陣営を一人ずつ丁寧にあげ、俺に問いかけてくる。
まるでその中に自分は不要だと言わんばかりの態度に、俺はより強く法正さんの肩を掴んだ。
「俺達にはあなた必要なんです!!」
「何故?」
不思議そうな顔を一切せず、ただ淡々と法正さんは俺に問いかけた。
子どもに原因を気づかせようとする親のように、感情に露わにすることのないことがますます俺を感情的にさせていく。
「何故って・・・!」
「武力においては言うに及ばず、軍略も孔明に劣り、統率力もない。
騎馬は多少覚えがあるけれど、それも武力と統率力がないのなら無用の長物ね。
私がここでしていたことは、精々日々の雑務を片づける程度よ。そして、それらに必要な技術も人材も揃えた。
他に何が?」
自分を冷静に見つめ、自覚ありすぎる彼女の言葉に俺は自分の言葉が感情的に紡がれてるものだってわかってる。
だけど、替わりがいるから居なくていいとか、役に立たないからいらないんじゃないんだよ!
「あなたの替わりなんてどこにもいないんだ!!」
半ば叫ぶように言った俺の言葉に法正さんは一つ溜息を吐いてから、山葵へと預けていた右手を放した。
「ならば北郷、あなたは私に命令を下せるのかしら?」
「え・・・?」
何の脈絡もない法正さんの問いかけに、俺は再び戸惑ってしまう。
だって法正さんはいつだって正しくて、俺達を改善しようとしてくれ・・・
『法正さんは・・・!』
俺が指示を続けようとすれば、法正さんは静かに王平さんの後ろへと続いていた。
『私は・・・ 何かしら?』
『いや・・・ その・・・』
俺が何か言わなくても次の行動をわかってるこの人に、俺が指示を出すことなんて何もない。そう思ってしまう。
「え・・・ まさか、だから・・・ なのか?
法正さんはあの時、俺を・・・!」
脳裏によぎった連合での一場面が、俺にその理由を気づかせる。
だけど法正さんは、それに対して肯定も否定もしようとはしなかった。
「直します! 直しますから・・・・!!」
「直す・直さないの問題ではないわ。
私がここを離れることは、私がここを訪れたその時から決まっていたことよ」
緩まった俺の手は法正さんから離れても、法正さんは俺から目を逸らすことはなかった。
呆れることも、怒ることも、怒鳴ることもしない法正さんの目を見ることが辛くなって、俺の視線は下がっていく。
「夢見がちだけど間違っていない、誰もが願う理想的で純粋な目標。
けれど、その夢は私と見るものでも、私が導くものでもないわ」
本当は、わかっていたんだ。
法正さんは、これまで一度だって俺達の意見に賛同なんかしたことがないことぐらい。
だけどそれでも・・・ この気持ちはなんなんだろう。
法正さんと別れたくないって、一緒に居たいって望むこの気持ちはなんなんだよ。
「俺が、嫌いですか?」
子どもみたいだなって心の中で自嘲するけど、なんでか口から勝手に零れてた。
だけどそんな問いかけにすらこの人ならちゃんと答えてくれるって、確信があった。
「無知であり、未熟でもあり、世間知らずで覚悟も足りない。
けれど愚かな人間でも、醜い人間でもない。
無鉄砲ではあるけれど人のために命を投げ出す情を持ち、部下達に対しても同様・・・ それが君主としてどれほど危ういものであっても、私があなたを人として嫌いになったことは一度もないわ」
膝をついた俺を置いて、法正さんは山葵達と共に俺の横を通り過ぎていく。
ゆっくりとした歩みは、俺がまだ何かを言うことを察しているようだった。
「じゃぁ、俺のこと・・・」
頭で考えることをやめて、反射的に口から出た言葉が何を期待しているのかなんて、もうわかってる。俺は・・・
「あなたは私の、手のかかる教え子よ」
言葉のみならず、気持ちごと遮るように告げられた法正さんの言葉に俺はその場に膝をついた。
だって俺は・・・ 俺は法正さんのことが・・・
「いっやー!
初恋は叶わないものって言うしさ、そう言うのを乗り越えて男の子は段々と良い男になるってもんだよ!!」
背中を思いっきり叩かれ、陽気な声に振り返るとそこには王平さんが空気を読むこともなく笑っていて、俺はもう泣けばいいんだか笑えばいいのかわからなくなってその場で肩を落とした。
「少しは空気読んでくださいよ・・・ 王平さん」
出かけた涙が引っ込んで、泣くに泣けない状態になった俺はそれだけ反論するのが精一杯だった。
「空気なんて形のないものを読むって、君って瑾ちゃんより活字好き?」
「雰囲気読んでくださいって言ってんですよ!!」
あぁ、あっちでもいたよ!
意味通じてるのに、あえてわけわかんねーみたいに返す奴らが山ほどな!!
「叫ぶ元気があるなら平気だねー。
じゃ、あたしは正ちゃんをある程度まで送ってくから、良い男になるために心の整理でもしときなー。
早まっちゃ駄目だからねー!」
「あんたはいつも一言余計なんだよ!!!」
法正さんを追いかけて行く王平さんの足音を聞きながら、俺は俯くのをやめて空を見た。
どうして俺があの時、愛紗の告白を前にしてすぐに答えることが出来なかったのか、ようやくわかった。
「俺、法正さんが好きだったんだなぁ・・・」
いつからだったのかは、わからない。
だけど、気がついたら俺はあの人の事ばっかり考えて、どうしたら笑ってくれるかとか、どうなれば認めてくれるのかを探してた。
「これが失恋、かぁ・・・」
苦い感情を抱える俺に、太陽はあまりにも眩しすぎて、涙が零れた。
告白する前に振られましたけどね!
もう一話、白。その後、本編に行きます。




