19,洛陽にて 錦と
書けましたー。
華佗と貂蝉と別れ、俺はあてもなく洛陽の街を歩きだしていた。
気持ちも足取りも話す前よりは軽くて、焼けたとはいえ洛陽の都を見ておくことは悪いことではないだろう。
それに万が一でも逃げ遅れた人がいたら助けられるだろうし、俺がいくら非力でも人を呼ぶことは出来る筈だ。
「それにしてもやったことを誇れ、かぁ・・・」
王平さんも君は君でしかないなんて言ってたし、そう考えるとあれは王平さんなりの励ましだったのか?
「んなわけないか・・・」
王平さんはある意味で法正さん以上に俺達と距離をとってるし、仕事以外の時に何してるかも俺は知らない。
王平さんが対等に言葉を交わしてるのは法正さんだけで、俺達はあの人にとって少し変わった知り合いか、雇い主ぐらいの認識なのかもしれない。
「つっても、俺がしたことなんて会議の出席やら、皆に指示を飛ばしたりぐらいなんだけどなぁ・・・・」
本当にうまく出来てた自信なんてなかったし、その場しのぎばっかりだったから法正さんは呆れてたし、王平さんなんて笑って・・
『情報の取捨選択が、戦場において無能であるあなた達の唯一の役目よ』
『フッハ! らしくなってきたじゃん! そう! そうやればいいんだよ!!
君達の仕事はね、頭や体を動かすことなんかじゃないもん。
それは出来たら良い事でしかない。君達のやるべきことは、出来なきゃいけないことはさ・・・』
「・・・・え?」
ちょっと待てよ。
「まさか・・・ あの人達・・・」
虎牢関での二人の言葉が今になって甦って、そこで一時停止をしてくれるわけでもないのに俺は待ってほしいと勝手に思って、願っていた。
「だって、これじゃぁ・・・」
法正さんは俺がやるべきことを教えてくれていて、王平さんは認めてくれてるみたいじゃないか。
「ははっ・・・」
俺は馬鹿だ。
自分の目の前のことばっかりに手一杯になるような、どうしようもない大馬鹿だ。
「だけど俺が馬鹿なら、二人はとんでもないへそ曲がりだよ」
頭のいい法正さん達だから出来る、独特な言葉の言い回し。
一つの言葉にいくつかの意味を込めて、俺を試していたんだろう。
「あぁくそ・・・ 嬉しいなぁ」
きっと、その瞬間に応えられなかった時点で俺は駄目だったのかもしれない。
だけど、ずっと気づけなかったよりはマシだと思いたいから。
「満点は取れなくても・・・ 赤点は免れた、かな?」
でも俺は単純だから、二人が遠回しにでも気づかせようとしてくれたことも、少しでも認めようとしてくれていたことが嬉しくてたまらなかった。
「これで、『何も出来てない』なんて言えなくなったじゃないかよ」
あの二人が認めようとしてくれるぐらいには俺は変われてて、少しはやるべきことが出来てるってこと。
軽くなってた足取りと満たされた想いを抱えて、桃香や愛紗、朱里っていう普段話してるメンバーじゃなくて、皆に支えられていることに自覚しつつ俺は足が向く方へと突き進んでいった。
気づけば俺は洛陽の中央にあった城の焼け跡の前にいて、真っ黒になってしまった建物の前に立ちつくした。
「ここが洛陽の城、かぁ・・・」
俺が誰もいないことを確認して恐る恐る一歩ずつ進んでいくと、その中央に一人の女の子が座っていた。
「何やってんだよ・・・ あたしは」
一見で質のいい物だとわかる青緑と白の服を纏ったその女の子は、膝を抱えてぶつぶつと小さな声で何かを言っては自分の額を膝に叩き付けている。
あれ・・・? この子どっかで見たような気が・・・
「あの・・・ どうかしたんですか?」
「あぁ?」
俺が近くに寄ってから声をかければ、凄い形相でこっちを睨んできた。
でも正直、紅火とか大抵この対応だから睨まれることに慣れてるんだよなぁ俺。
「どうもしてねぇよ。
あっち行きやがれ」
俺に向けてた視線をすぐにそらしてそっぽを向く姿は焼け跡にはあまりも不似合いで、俺はおもわず笑ってしまった。
「何、笑ってんだよ!」
「いや・・・ ごめん。
君を笑ったんじゃなくて・・・ その・・・」
「あぁくそ! 言いたいことがあるなら、はっきり言いやが・・・・」
言葉の途中、ようやく彼女は俺へとちゃんと視線を合わせて、すぐに苛立ちをぶつけるように拳を地面へと叩き付けていた。
あっ・・・ 思い出した。
会議に出てた馬騰さんの後ろにいた・・・ 馬超さん、だったかな?
「って違う・・・!
キレて飛びだして、知らない奴に当たり散らして・・・ アタシは何やってんだ・・・くっそ!」
茶髪を一本にまとめたポニーテールを揺らして、頭を掻き毟る馬超さんの隣になんとなく腰かけた。
「さっきからなんだよ、お前・・・
つーか、お前誰だよ」
「ただの通りすがりで、泣いてる人を放っておけない男ってところかな?」
俺のことを知らないのか、それとも桃香達と一緒に居ない俺なんて他の人達にとってこの程度の認識なのか。とにかく馬超さんは俺を知らないようだから、俺もわざわざ名乗ることをしなかった。
どうせ、俺について流れてる噂なんてロクなもんじゃないし。
それどころか最近朱里の書いた本の所為か男好きって民からは思われてるみたいだから、むしろ名乗らない方がいいかもしれないなぁ・・・
「はっ・・・ 物好きだな。
もう、勝手にしろよ」
隣にいる許可を貰ったから、俺は目元を赤くして俯いてる馬超さんがどうやったら笑顔になるかを考えた。
「あたし、さ・・・ 自分じゃ精一杯やってるつもりだったんだ」
そんな俺よりも早く口を開いたのは予想外なことに馬超さん本人で、俺が昔こうしていた時話を聞いてくれた親友がいたことを思い出して、俺は彼女の言葉を聞くことにした。
もっとも及川はお調子者で馬鹿だから、いつの間にかどつき漫才みたいになってたんだけど。
「出来ることをやったつもりのに、あたしがしたことは全部無駄で間違ってた。
あたしの視界が狭かったんだって、頭じゃわかってるけど・・・ あたしより力があって、わかってた奴が何もしなかったことが許せなかった」
膝を抱えてる馬超さんの手に力が籠って、体が震えていた。
「自分の事を棚上げして癇癪起こした餓鬼みたいに喚くあたしをあいつは怒りもしなくて、否定すらしないで・・・ それが尚更腹が立って・・・」
ぽつぽつと続いていく言葉、内容の全部がわからなくても俺は静かに彼女の言葉を受け止め続けた。
「怒鳴って、殴られて、飛びだして、八つ当たりして・・・ 本当に餓鬼だよな・・・
何も知らなかったのにやったつもりでいい気になって、出来ると思った奴が何もしなかったことにキレて、馬鹿みたいだ」
「自慢じゃないけど俺、故郷じゃ女の子に凄い人気があって、運動も、勉強だってもそれなりに出来たんです」
自嘲気味に笑う彼女の言葉を掻き消すように、俺はわざと明るい大きな声を出してみた。
当然、馬超さんからは微妙な視線を向けられるけど、今はそれを気にせずに俺はそのまま言葉を続けた。
「とこらが運命っていうのは悪戯なもので、俺を故郷から遠く離れたある場所に落としたんです。
でも、不安なんて一切ありませんでした。
だって一番最初に見えたのが自分を気にかける三人の女の子で、俺を神様みたいな扱いをしてくれて敬ってくれたんですから。
最初はいい気になって、自分の思い通りにいかないことはないんじゃないかとすら思ってました」
馬鹿みたいに明るく話すのは、初めて桃香達と出会った日の事。
今以上に馬鹿だった俺は、我が世の春と言わんばかりに三人と一緒に『劉備が三国に平和をもたらすんだ』とか思ってた。
「でも、ある人達に出会って、俺が偶像みたいに思ってたことは現実で、俺達が掲げていた夢みたいな目標を現実にするには、本気にならなきゃいけないんだって気づかされました。
そこからは本当、一から全部やり直しでした。
ちゃんと仲間と向き合って、どうしたらいいかを話し合って、とことんボロクソ言われて・・・
でも、俺に容赦なく言葉を向けていた人達が俺を見捨てたわけでもなくて、俺のことを叱ってくれた人達が俺を心底嫌ってたわけじゃないって知ったんです」
こうして話すことは全部、俺の都合のいい解釈でしかないのかもしれない。
曹操さんにとって俺達は殺す価値もなくて、曹仁さんもただ俺達に腹を立てて、法正さんはただひたすらに口が悪くて、王平さんは何も考えてないだけっていう可能性だってあり得る。
でも、それでも・・・ あの人達の言葉があって、桃香達が居て、失敗があって、俺はここに居るから。
「だから、大丈夫ですよ」
そう言って笑いかける俺に対して、馬超さんはどう思ったのか突然立ち上がってしまう。
「なんだよ、それ。
自分は苦労したけど、出来るようになりました~っていう自慢かよ?」
一瞬、怒らせてしまったのかと不安にもなったけど、言葉とは裏腹に彼女の表情は明るかった。
「ちょっ?!
そう取りますか!?」
さっきよりもずっと明るい声に嬉しくなって、俺も悪乗りしつつ立ち上がる。
立ち上がって彼女見れば、目元を赤くしてはいるけど深くて吸い込まれそうな紫の瞳を輝かせて笑っていた。
「あぁ、そう取るよ。
大体、お前の経験から話されてもわかりにくいだけなんだよ。
言いたいことがあるならはっきりと、わかりやすく言いやがれってんだ」
舌を出して俺から距離を取る彼女に俺も少しだけむっとして、彼女を捕まえようと手を伸ばす。
「人がいい話っぽくまとめたのに、その言いぐさですか?!」
「言いぐさっつうか、あたしの感想だよ。ばーか」
真っ黒になった城の跡、おかしな二人がくるくると走り回って、俺は深く息を吸った。
「じゃぁ、わかりやすく言ってあげますよ!
どんなに失敗したって、出来なかったって、やれなかったって自分が思っていたって!」
俺は馬鹿だった。
こっちに来て、数えきれないほどの失敗や思い違いをして、自信を無くして、他の誰かと比べたりもした。
「冷たいとか、きついとか、嫌だと思うような言葉を向けられて、そりゃしんどくもなるけど!」
辛くて俯いて、嫌になって投げだしそうにもなって、冷たいと思った言葉に反発したくもなった。
でも、言葉の意味は一つじゃなくて、気づくのは遅れたりもしたけど!
「でも!
どんなに失敗してもそんな苦言の一つでも言ってくれる人達がいる時点で、見放されてなんかいないんだよ!」
怒鳴られて、説教されながらでも上を向いたら、一緒に落ち込んでくれる仲間がいた。
「失敗しても、やり直せる!
ましてや、自分で自分の駄目なところに気づいてるあなたが次うまく出来ないわけがないじゃないですか!」
そう言ってようやく掴んだ手を引けば、赤い顔をしたままの馬超さんは俺と目があった途端に顔を真逆の方向へと向けた。
「始めっからそう言えよな、ったく。
でも・・・ その・・・ 慰めてくれてんのはわかったから、あ、ありがとな!」
素直じゃない感謝の言葉に少し笑ってしまうけど、怒鳴られそうなので声には出さず、言葉を変更した。
「どういたしまして」
来週は本編の予定です。