18,洛陽にて
書けました。
虎牢関での呂布さんの突撃を愛紗と朱里の機転で潜り抜け、一時は袁紹さんのところにまで呂布さんが迫りかけたやら、鬼神さんが曹操さん陣営と衝突をしたやら、なのにその直後にはどちらも戦場を離脱したとかいう情報に振り回され、連合は大混乱に陥っていた。
当然、情報の取捨選択は俺と桃香に迫られ、朱里や法正さんに助けを求めようともしたが
「情報の取捨選択が、戦場において無能であるあなた達の唯一の役目よ」
と切って捨てられ、戦線を維持している曹操さん陣営、他の援護で戦場を忙しなく移動する白蓮さん陣営、呂布さんが突っ込んでいったことによって混乱極まっている袁紹さん陣営を見て、俺と桃香は顔を見合わせて頷いた。
「愛紗ちゃんが率いる隊は虎牢関の確保に走って!
泗水関同様に私達が関を確保して、洛陽までの道を創ろう!」
「鈴々の部隊は連携している曹操さん達と戦線維持を任せた!
それから愛羅はどこ行ったんだ? さっきから旗が見えないんだけど?!」
左半分の月に黒い蛇が描かれた隊章をつけてる人はいるみたいだけど、肝心の愛羅の姿はなく、隊の中央に居るのは紅火のみだった。
「乱戦状態で将が固まっててもしょうがないじゃーん。
あの子は機動力もあるし、いろいろ考えて動ける子だから大丈夫でしょ」
「~~~~!
じゃぁ、王平さんが責任もって俺達を守ってください!
王平さんがお墨付きにしたんだし、いい加減仕事してくださいよ!」
文句半分で聞いてくれるかもわからない指示を出せば、王平さんは驚くこともなく、いつものように笑っていた。
だ・か・ら! 何でこの人はこんな時でも笑顔なんだよ?!
「フッハ! らしくなってきたじゃん! そう! そうやればいいんだよ!!
君達の仕事はね、頭や体を動かすことなんかじゃないもん。
それは出来たら良い事でしかない。君達のやるべきことは、出来なきゃいけないことはさ・・・」
「平」
「正ちゃん、怒っちゃいやーん」
王平さんの言葉はそこで終わってしまって俺は最後まで聞くことは出来なかったけど言葉の続きを追及している暇もなくて、俺は伝達兵から押し寄せてくる情報を聞き取るだけで精いっぱいだった。
「さてっと、払ってもらえるお金の分だけ、お仕事しますか」
「法正さんは・・・!」
俺が指示を続けようとすれば、法正さんは静かに王平さんの後ろへと続いていた。
「私は・・・ 何かしら?」
「いや・・・ その・・・」
俺が何か言わなくても次の行動をわかってるこの人に、俺が指示を出すことなんて何もない。そう思ってしまう。
「・・・平、行くわよ」
小さな溜息と共に零れたその声は、何故か自然と耳に入っていく。
「北郷様! 関羽様より伝達です!!」
「関平様の所在確認! ご指示を!!」
いつものように手厳しい言葉すら向けない法正さんに、俺は他へと指示を出しながら困惑していた。
「はいはいっと。
正ちゃんと一緒に戦場に立つ日が来るなんて、嬉しいなぁ」
「私は嬉しくないわね。
戦場での私は、ただの喋る荷物だわ」
「アハハ! さっすが正ちゃん、自分にも厳しいね!
でも、正ちゃんみたいなお荷物だったら私は喜んで守るから、どんどん喋って現場指揮お願いしまーす」
「荷物は自分が危なくなったら捨てるものよ。
それは物言わぬものであろうと、喋る荷物であっても変わらない。危なくなったら、捨てなさい。
戦場で人の命の価値なんて、その程度の物だわ」
その言葉に俺は法正さんをきつく睨んだけど、法正さんがこちらを向くことはなかった。
「法正さん!」
そんなこと、言ってほしくなかった。
だって、法正さんだって俺達の大事な仲間で、いなくなっては困る人だから。
「平、行きましょう」
「いいの?」
「ここに居ても話が長引いて、戦場に無駄な被害を出すだけよ」
「は~い」
振り返ることもなく、王平さんと共に幕を出ていく法正さんに俺は何も言えず、考える暇もなく、俺と桃香は流れ込む情報の判断を任され続けた。
そうした混乱状態をどうにか潜り抜け、俺と桃香も苦労しつつも最後まで仕事をやり遂げた。
が、虎牢関を抜けた先にあったのは真っ赤に燃えた洛陽の都だった。
当然、その状況下で休む暇なんてあるわけがなく、住人の保護に走り回った曹仁さん達に民を託される形で俺達は開けた場所に簡易の幕を張り、炊き出しや怪我の治療などを行うこととなった。
幸いなことに俺達は最も被害が酷かった虎牢関の初戦を後方で待機し、今回も呂布さんの突撃や鬼神さんによる被害も少なかった。だから、避難する民の皆さんを受け入れるだけの蓄えの余裕もあったし、華佗と貂蝉のおかげで火傷や怪我の治療もすることが出来た。
また俺が発案した簡易の幕の作りの容易さ・速さという点においても、俺達が適任だと判断されたらしい。まぁ、その場しのぎだけなら、こっちの方が早いもんなぁ。
その後も報告書の受理やら、袁紹さんへの提出やら、会議などがぶっ続けて行われてたこともあり、俺と桃香は疲労困憊となって外に出た。
そして、そんな俺達の目にまず飛び込んできたのは・・・・
「お母様・・・?」
筋骨隆々にもかかわらず、貂蝉と同様にナース服を纏った踊り子さんが不意に立ち止まり、立ち尽くす。
「坊や・・・? 坊やなの?」
その視線の先を追いかけてみれば、服のあちこちを焦がしながらも質のいい服を纏ったお婆さんが目尻に涙をためて、踊り子さんを見つめていた。
一瞬の沈黙に周囲の人は全てを悟ったように親子のために道を開け、踊り子さんの後ろを通りがかった、俺とも顔見知りの兵が『早く行ってやれ』とでも言うかのように背を押していく。
「っ!」
踊り子さんは堪えきれなくなったようにお婆さんの元に駆け寄り、お婆さんもまた受け止めるように手を広げて待っていた。
その光景に不意に自分の家族を思い出して、俺も涙が零れそうになる。
見ればそれは俺だけでなく、周囲の人も上を向いたり、視線を逸らしたり、目元をぬぐっていた。
「お母様っ!」
そう叫びながらお婆さんの胸の中へと飛び込んだ踊り子さんを、お婆さんも涙を隠しもせずにしっかりと抱きとめた。
「坊やっ! 無事だったのね!」
「大丈夫よ。
だって、お母様の娘だもん!」
親子の再会という、感動のワンシーンだった。
「いい話だねぇ~」
現に今、俺に続く形で幕から出てきた桃香も感動したらしく、涙をこぼして再会した親子を見守っていた。
「って、感動してるのはいいんだけどさ。
格好とか、本人達の認識の差異をそろそろ正しく理解しようね~」
「え・・・? あっ!」
突然現れた王平さんによって、俺は我に返る。
そう、そうだった。
男なのに踊り子しているのに『坊や』って言われたりするのもおかしいし、最近貂蝉の所為で見慣れちゃったけど、漢女は普通になんかじゃないんだ!
ていうか、慣れるなよ! 俺!!
「王平さん、その・・・ 法正さんはどこにいますか?」
「さっきのことで、正ちゃんに何か言おうっていうなら教えな~い」
気を取り直して王平さんに法正さんの居場所を聞けば、俺の行動を読むような言葉に俺は何も言い返せなくなる。
「どうしてですか?!
だってあれは・・・」
「正ちゃんが悪いとでも言うの?」
「っ!
じゃぁ、王平さんは何とも思わないんですか!?
親友があんなことを口走って、命を粗末にするようなことを言って、腹は立たないんですか!」
俺はもしここに居ない及川がそんなことを言ったら、ぶん殴ってたと思う。
知り合いが、友達が、家族が、自分の命なんて消えてもいいみたいな言い方をされたら、悲しくて、腹が立って、きっと許せなくなる。
「私の意見を尋ねることで、自分の意見を正当化しようとしなーい。
戦場で軍師なんて役目がお荷物なのも、命が塵と同じぐらい軽いことなんて常識。そう言う意味じゃ、正ちゃんの意見におかしなところなんてないよ。
あれも正ちゃんの考えだし、私も正ちゃんが変えてくれないってわかってるもん。なら、親友として受け入れる。
否定しても、ぶつかり合っても、正ちゃんの思いは正ちゃんのもの。
それはさ、親友であろうと踏み込んじゃいけないもんなのよー」
この大陸の常識、俺と桃香がまず一番に立ち向かわなくちゃいけない不動のものを掲げられれば、俺はぐうの音も出なくなる。
でも、諦めて立ち止まったら、きっとこの先にいるあの人達とは向き合えない。
「じゃぁ、王平さんは法正さんが死・・・」
俺がその先の言葉を続けようとした瞬間、王平さんは笑顔を消した。
初めて見る王平さんの素の表情は冷たくて、俺は一瞬、そこにいるのが誰だかわからなくなってしまいそうになる
けど、その表情はすぐに消えて、王平さんはいつもの笑顔に戻っていた。
「君のいたところは、きっととっても言葉の価値が軽かったんだろうねー。
真名の価値も、言葉の重みも、約束の力も、契約の効力も、君のいたところよりも倍はあると認識してよ」
笑ってるのにどこか怒っているような雰囲気を放つ王平さんは、細めた目を俺から逸らすことはなかった。
「陣営が違うなんて当たり前、向かい合って殺し合うことにすらなるかもしれないこの大陸で、誰かを『親友』って呼ぶ覚悟が君にある?」
俺の答えを待つ気はないようで、王平さんはもうどこかへと向かおうとしていた。
「ちなみに、私はあるんだな~。
私はね、裏切られたって、利用されたって、二人になら最期まで笑顔を向けられる。
私にとって、そう思える人が『親友』。
それすら笑って許せる、そうなっても『友達だよ!』って叫べる絶対の自信があるもん」
いっそ狂気じみている言葉に普通なら恐怖を覚える筈なのに、誇らしげな王平さんを見ていると『そういうもんなんだ』と心のどこかにストンッと落ちていくのを感じた。
「まっ、君はまだまだ成長途中だし、そう言う気持ちがあるからその立場にいるんだろうしねぇ~。
好きなようにやればいいし、納得できるように動くといいよ~。
君は君でしかなくて、他の誰にもなれなくて、どうあがいても君は君の進んだようにしかならないもん。
正ちゃんに反発するもよし、私の意見に振り回されるもよし、貂蝉に襲われるもよし、華佗に絆されるもよし、関羽ちゃんとほにゃららするもいいんじゃない?」
・・・どうしてこの人は、最後まで真面目にやることが出来ないんだろう?
見直しかけたのに、そうしたことに持っていくから愛紗達に問題児扱いされるんだよ。
「正ちゃん、見つけたかったら自分で探しなぁ~。
んじゃ、私も休憩だからお昼までじゃっぁね~~」
手を振りながら洛陽の街の中を進んでいく王平さんを見送り、俺はもやもやとした心を抱えて、あてもなく歩き出した。
多くの建物が黒くなって、物が焼けたような匂いに包まれた洛陽の都。
「俺は・・・」
俺の考えがおかしいことも、桃香の目指すところが変なこともわかってる。
でも、俺は・・・ 俺達はこの夢を捨てることなんて出来ないし、諦めるつもりなんてない。
『荷物は自分が危なくなったら捨てるものよ。
それは物言わぬものであろうと、喋る荷物であっても変わらない。危なくなったら、捨てなさい。
戦場で人の命の価値なんて、その程度の物だわ』
答えは出てるのに法正さんの言葉に囚われて、もやもやとした気持ちを抱えてる自分がいた。
「はぁ・・・
曹仁さんなら、こんなことで悩んだりしないんだろうなぁ・・・」
あの人ならきっとこんな考えすらうまく呑み込んで、法正さんにだってそつなく言葉を向けられるんだろうなぁ。
「いや、でも・・・ それは違うか」
自分の考えを否定して、思い直す。
「曹仁さんも悩んだり、苦しんだり・・・ したのかな?」
俺には少しも想像もできないけど、前みたいに『ありえない』と笑うことは出来なかった。
「ごっしゅじんさまーーーーー!!」
俺に向かって突進してきた貂蝉を迎え撃つ元気もなくて、されるがまま抱き着かれてしまった。
「はぁ・・・」
「どうした? 北郷。
元気がないな? 病気か?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「ふむ・・・ 熱はないな。ということは、もっと内側か?
貂蝉! 治療を開始するから、北郷をしっかりと押さえててくれ!」
貂蝉の背後にいた華佗が額に手を当ててくるけど、熱もないことがわかるとすぐさま懐から針を出してくる。
「お安い御用よん」
「・・・はぁ」
もう好きにしてくれと諦めていたら、華佗と貂蝉は目をあわせて何かを合図し、華佗は懐へと針を戻した。
「どうやら、俺には直せないような重症らしい・・・
何があったんだ? 北郷」
そう言ってから彼はその場に座って、俺に隣に座るように促してきた。
「華佗、貂蝉・・・ まさか二人ともわざと・・・」
「『誰かが落ち込んでる時はまず笑わせてみるか、叫ばせてみる』と曹仁に習ったんだが、俺ではうまく出来なかったようだな・・・」
「うまくいかないものねぇん。
人の心を癒すってことは、一筋縄ではいかないものなのね」
肩をすくめて笑う華佗の隣に貂蝉が苦笑しつつ座り、二人の気遣いに少しだけ救われた気がした。
「なんか、ごめん。
気を遣わせちゃったみたいでさ」
「謝ることではないだろう。
誰だって気が滅入る時はあるものだし、特にここ数日はお前も忙しかった」
華佗が懐から出す水筒をありがたく受け取って口にし、ようやく人心地ついた気がした。
「それでご主人様、何があったのかしらん?」
「別に、これといったことがあったわけじゃないだけど・・・」
自分ですら整理できない気持ちをうまく言葉に出来ず、俺はぽつぽつと二人に語りだした。
法正さんの言葉、王平さんの考えに対して納得出来なくて、受け止めることも出来なくて、どうすればいいかを迷ってること。
でも、自分の意見を変えることも出来ないし、桃香との夢を諦めるつもりはないこと。
答えは出ているにもかかわらず、こうしてグジグジと悩んでしまうこと。
そして、曹仁さんと比べて、馬鹿みたいな劣等感に襲われていること。
言ってて自分の器の小ささとかにうんざりするけど、俺はありのままの想いを二人へと吐露していた。
二人は俺の話が終わるまで静かに聞いてくれて、話を終えた俺に貂蝉は優しく微笑んだ。
「ご主人様、まず言わせて頂戴。
私はねぇん、これまでご主人様のような人を数多く見てきて、今みたいな状況を遠くから見てきたけれど・・・ ご主人様はよくやっているわ。
その点においてご主人様は胸を張って、自信を持っていいのよん」
「貂蝉・・・」
いつもなら逸らしてしまう視線を受け止めて、貂蝉の言葉を聞き入れた。
「ご主人様はね、ご主人様でいいの。
そんなご主人様だから、横に並んでくれる人がいるんだから。
まぁ、漢女としてはもう少しいろいろな気持ちに鋭くなってほしいのだけど・・・ 想いに気づくというのは何も相手に限ったことではなくて、自分の気持ちに対しても同じよん」
「自分の・・・ 気持ち?」
胸を指差された俺は、自分の手を心臓のあたりにあてる。
自分の気持ち、か・・・
「そうよん。
そして、私が抱える愛を受け止めて、二人でヴァージンロードを歩きましょ!」
「ことわーーーーる!!」
貂蝉の愛を拒否する俺の頭に華佗の手が置かれ、そのまま頭を左右に揺らされるように動かされた。
「か、華佗・・・?」
子どもの頃にされて以来の行為に戸惑って視線を移せば、華佗は満足そうに笑った。
「叫ぶ元気が出たみたいで何よりだ」
そうして何度も何度も頭を揺らされながら、俺達はまるで兄弟みたいに並んでいた。
ほんの少しだけ前を歩いていて、達観していて、ちょっと雑だけど、なんだか不思議と嫌じゃない。もし俺に兄がいたら、こんな感じなのかもしれない。
「悩むことや苦しむことを、多くの者は悪く言う。
実際、それらは苦しいし、辛いし、どうしようもなく嫌なものだ。
だけどな、北郷。
俺は悩んだりすることを悪いことだとは思わない」
「悪いことじゃ、ない・・・?」
「あぁ、だって・・・」
俺の問い返しに対して、華佗は頷きながら立ち上がった。
「それだけ本気ってことだろう?
悩んだり、苦しいということは、そこからどうにか這い上がろうとしている証拠なんだからな」
華佗は俺の頭に手を置いたまま、笑っていた。
「ただ、それでも辛くて動けなくなる時もある。
ならまず、お前がやったことを誇ればいい」
二人に相談しても何かの答えを貰ったわけでもないのに、何故か自然と心が軽くなっていた。
次も白ですが、早めにあげられるように頑張りたいと思います。