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16,孔明の策 【猪々子視点】

「まったく、あの禿げ予備軍が人にえっらそーに指図しやがって・・・

 あたいはてめーの部下でも何でもねぇっつうの」

 覚えの悪いあたいでも耳にタコが出来そうなくらい厭味ったらしく且つ、自分に酔った言い回しを何度も口にしやがった。

「まったく、嫌になっちまうぜ。

 なーにが、『あれほど武勇で名を馳せた華雄が呆気なく捕虜にされるわけがない。あちらと手を組んで、我々を嵌める気に違いない! 私は袁家のため、この連合のためにそれを事前に調べる必要性を強く感じるのだ。故に文醜、体力しか能のない貴様はその先兵として、劉備陣営に偵察に向かうのだ!!』だ。

 偶然功績えた向こうにムカついて、自分で行きたくねぇのを屁理屈こねてるようにしか聞こえねーっての」

 一騎打ちして倒されて、捕虜になるなんざ別に変でも何でもねぇし。

 そりゃ華雄倒した後、そのまま関に向かった関羽の底なしの体力には驚かされたけど、精々そのぐらいだし。

「大体、黄巾の乱が起きてから、みんなどっかおかしいんだっての」

 あの荀家のツンツンねーちゃんと変態にーちゃん、それにちっこいのが来て、斗詩が華琳様んところに行ったのはそりゃ寂しかったけど。

 あのまま居たら斗詩を変な目で見てた許攸の禿げもどきとか、その周りの奴らがあたいの目の届かないところで何かしたかもしれないから、華琳様と樟夏のアニキなら知ってるし、まったく知らない奴よりマシだろ。

 何より、斗詩自身が選んだことだしな。

 見送る時、麗羽様もなんか安心してたみたいだし、じっちゃんも止めなかったから、これでよかったんだって、あたいは信じてる

「でも、あたいだけ会議に参加させてもらえねーから、いまだに樟夏のアニキや斗詩と再会できてねーんだよなぁ・・・」

 アニキに関しては白蓮様と婚約したんだか、コンニャクしたんだかって変な噂が立ってっけど、あのアニキや華琳様、麗羽様に変な噂がつくのは昔っからよくあったことだ。

 すげー人はすげーって言えばいいのに、なーんであんなにめんどくせぇするのかがよくわっかんないよなぁ。

「あー・・・ 会いてーなー」

 昔は当たり前のように麗羽様も、華琳様も、アニキとだって会えたのに、今じゃあたいにゃ把握しきれないいろんなものが邪魔をする。

「あー、あたいらしくない!」

 頭を掻き毟りながら、その場にしゃがみ込んで、グチャグチャして熱くなってきた頭を押さえる。あたいは考えることが苦手なんだよ!

 そういうのは斗詩だったり、じっちゃんだったり、麗羽様がやってくれればいい。

 あたいは三人が言ったことをやりたいし、昔っから力とかしかない馬鹿だって自覚はある。んでもって、あの禿げ予備軍と腰巾着共は単純に気にいらない。それだけなんだよ。

「うん!

 この気の乗らない仕事が終わったら、麗羽様とじっちゃんに頭下げてでも二人に会いに行くか!!」

 自分をそう奮い立たせて、気が重い用事なんてちゃちゃっと終わらせ、アニキと斗詩とお茶することを目指して、あたいは重い足を動かし続けた。




「あー・・・ やっと着いた・・・」

 結局気が進まないことに変わりはなくて、歩くのがいつもの倍ぐらい遅かったもんなぁ・・・ まぁ、いくら許攸の禿げでも前もって知らせてないなんてことはないだろうし、やるべきことやるかぁ。

「あっ、ちょっといいか。

 あたいは袁紹軍の文醜ってんだけど、泗水関での先兵隊の報告書の受け取りと捕虜にした兵どもを視察しに来たって伝えてくんね?」

 劉備・白の遣い陣営の入り口に居た兵士に適当に声をかければ、割とすぐにあのつんつんねーちゃんと一緒に来たちっこいのと同じような服を着たちっこい奴が出てきた。

 しっかしまぁ・・・ じっちゃんは仕方ないにしても、ツンツンねーちゃん然り、あのちっこいの然り、軍師ってのは小さくないと駄目なのか?

それとも胸にいくもんの全部を頭にやったとか・・・ いや、そりゃねぇか。斗詩は軍師にじゃねぇけど、あたいと同じくらい胸あってそこそこ頭いいし。白蓮様だってそうだし、麗羽様も頭いいしな。

 ん? 今一瞬、殺気めいたもんを感じた気がするけど、近くに居るのこいつだけだし、気のせいだな。

「お待ちしていました。文醜将軍。

 私は白の遣い様と劉備様に仕える諸葛亮と申します」

「ご丁寧にどうも。

 あたいは知ってのとおり、袁紹軍の文醜で、許攸・・・・ 様から聞いてるだろうけど、泗水関の報告書と、捕虜の視察をしにきた」

「えぇ、お聞きしています。ではまず、こちらの報告書から。

 捕虜については・・・ 少々、本陣から離れたところですので、その間に口頭での説明を」

「いや、どうせあたいは口頭で説明されてもわかんないからいいよ。覚えきれねぇし」

 お互い事務的っつうか、しなきゃいけないやり取りを行ってるからか淡々と言い合って、なんていうかちっこい軍師もあたいを連れていきたがってるっぽいな。

 ふーん? よくわかんねぇなぁ。

 あたいだったら知らない陣営の奴がのこのこやって来たらもっと嫌がっけど・・・・ でも、男好きで有名な白の遣いが居るところだから、見られて喜ぶ性癖もあったもおかしくねぇか。

 そこまで考えて、あたいはさっきの言葉に違和感を覚えて、首を傾げる。

 ん? 何で捕虜をわざわざ本陣から離してんだ?

 本陣に近い方が何か起こされた時とか、速攻でぶん殴れるのに。

そんなことを一瞬考えたけど、どうせ馬鹿なあたいの考えなんて軍師にはとっくに考えつくことだと思い、口にはしなかった。

「そうですか?

 では、どうぞこちらへ」

 ちっこい軍師はそうあたいを促しながら、なんかそのまま飛んで行っちまいそうな軽い足取りで前を歩いていく。

 捕虜を見に行くだけだってのに、何でこのちっこいのは喜んでるのかがわけわかんね。こいつ、仕事中毒者なのか?

 わけわかんないことだらけの陣営の中を、あたいはただ黙ってちっこい軍師の後を追った。


 あたいはこのまま、適当に縄なりで縛られるか、適当に監視されてる捕虜見て仕事が終わりだと思ってたんだ。

 あの悲鳴を聞くまではそう、思ってたんだ。


「いぎゃあぁぁぁーーーー!」

 陣から少し離れた一際大きな幕、そこからは何故か煙が上がり、バチバチと火をたくような音と、何かが焼ける匂い。そして・・・

「いやだあぁぁぁぁーーーー!!!

 いっそ、殺してくれえぇぇぇーーーー!」

「知っていることはなんでも話す!

 金もやるし、あんたたちの指示にも従う!! だから・・・ だから、それだけはやめてくれえぇぇ!」

「ち、近寄るんじゃねぇ!

 この化け物が!!」

 そこから聞こえてくる怒声や悲鳴、懇願の声にあたいは何事かとちっこい軍師を見た。

「何を驚いたような顔をなさっているのですか? 文醜将軍。

 捕虜から情報を得る・・・ それも大切な仕事、でしょう?」

「そ、そりゃそうだけどよ!

 拷問なんて・・・ いや、いい! あたいが直接!!」

 駆け寄り、幕を開こうとした瞬間、幕の方から開き、楽しげに笑う短い髪の女があたいの前に立った。

「やぁ、孔明ちゃん。この子は追加ー?

 それとも・・・・ 私達のお手伝いをしてくれるのかなー?

 結構、数が多くて大変なんだよねー。まぁ、これでも減った方だけど、まだまだ人手が足りてなくってさー。

 孔明ちゃんも見てないで手伝ってくれればいいのに」

 その女はあたいの得物である斬山刀(ざんざんとう)よりも刃のでっかい剣を持ってて、あちこち血塗れ。

 手伝いとか、追加とか、おっそろしいことを言ってるってのに、この女はさっきから全然笑顔を崩そうとしやがらねぇ。

「王平さん、得られた情報を有効に活用する人材も必要なんですよ?

 人手が足りないのは仕方がありませんし、もう少しの間頑張ってください。何せ、必要なことなんですから」

「アハハ、物は言い様だよね。

 でも、孔明ちゃんのそう言う開き直ったところって、嫌いじゃないかなー?

 じゃぁ、私はもう少し追加を連れてくるからさ」

 ちっこい軍師は怪しげに、女は楽しげに笑って、最後にあたいを見て、肩を叩いてきた。

「あなたも精々楽しんでいってね?

 まぁ、あんまり見るのは薦めないけど・・・・ それとも、私が案内してあげようか?」

 その瞬間、幕が乱暴に開いて一人の男が這い出てくる。

「ど、どけ! 頼むから、退いてくれぇ!!」

 体を動かしにくそうにしながら、上着を脱がされた状態でなりふりもかまわず必死に逃げようとしているのがわかる。

 幕から伸びてきた腕は、どう鍛えればこんなになるのかを聞きたくなるような逞しいもの。そして、そこから溢れる気によって全身に鳥肌が立ち、危険だということを本能が告げている。

「い、いやだ! いやだいやだいやだいやだあぁぁぁーーー!!

 助けてくれえぇぇぇーーーー!!!」

 地面の土を削り、幕にしがみつこうと必死に手を伸ばす男の抵抗もむなしく、幕の中へと吸い込まれていった。

「あーぁ、抵抗しなければすぐに済むことなのにー。馬鹿だなぁ」

「ですが、無理もない事です。

 何せ、人の壊し方を把握しているあの方に指導された方が直々に行っているんですから」

 そんな光景を見たっていうのに笑い合う二人が怖くて、俺は震えだそうとする足と体を必死に我慢させる。

 なんなんだよ、こいつら。普通じゃねぇよ。

 軍師って生き物は、どこでもまともじゃねぇのかよ!

 こんなのぜってー間違ってる!!

「ねぇ、まだ中を見たい?」

「い、いらねぇよ!

 こんなん、ぜってー間違ってやがる!!

 麗羽様にもあたいから進言して、こんなことやめさせてやる!

 だから、お前らもこれ以上勝手に捕虜を拷問したりすんじゃぇぞ!?

 いいな?!」

 誘ってくる女に対してあたいが怒鳴って返すと、ちっこい軍師は何故か肩を落とした。

「そう・・・ ですか。それは残念です。

 現状、あまり成果が出ていないので、これからが本番だと思っていたのですが・・・」

「そんなもん! どうとでもなる!!

 じゃ、じゃぁ・・・ あたいはもうこれで失礼する。

 わりぃな、邪魔しちまって!!!」

 これ以上、この場所に居ることが耐え切れなくて、あたいは逃げ出すように劉備たちの陣を後にする。

 とにかく、麗羽様のところに報告しねぇと!




 劉備・白の遣い陣営のことを麗羽様とじっちゃんに、全てをありのままに報告して、早々に手を打つと言ってくれた麗羽様に労をねぎらわれて、樟夏のアニキと斗詩に会いに行く許可をくれた。

 やっぱりなんだかんだで、麗羽様っていい人だよな!

 華琳様の陣営に許可書を見せて、ざっくりとアニキと斗詩の幕を聞いてから斗詩は今、仕事中とのことでアニキのところに先に顔を出すことにした。

そうして走っていると、そこにはちょうど自分の幕から出てきたアニキがいた。

「樟夏のアッニキーーー!」

 思いっきりアニキの名前を叫ぶとなんだか気持ちよくて、驚いてるアニキの姿に自然と笑みがこぼれた。

 相変わらずの細目、いつも眉間に皺よせて、何でも出来るのにそれをひけらかしたりもしない。

 華琳様みたいな眩しすぎる金髪でも、麗羽様みたいな蜂蜜みたいな色じゃない少しだけ優しい感じの色。たまに見える瞳の色は華琳様と同じ深い青がすげー綺麗だった。

猪々子(イーシェ)?! あなたが一体どうしてここに!?」

「そんなの、アニキと斗詩に会いに来たに決まってんじゃん!」

 驚くアニキを気にすることもなく、あたいは全力で抱き着いた。

「あー! 会いたかったぜ! アニキ!!」

 面倒見のいいアニキと、大事な親友。

 どっちもあたいは大好きで、だからこそ斗詩の選んだことも信じられるし、アニキのところだから安心も出来る。

 だけど、やっぱり物足りない。昔と違って気軽に会えないことが嫌だった。

 今だって兄貴はあたいが来たことに驚いても、抱き着いてるあたいを振り払ったりしないで頭を優しく撫でてくれてる。

 それが嬉しくて、なんか胸に引っかかって・・・ 安心したら、さっきのことを思い出して、涙が出てきた。

「久しぶりですね、猪々子。元気にしていましたか?

・・・って、どうして泣いているんです?あなたが泣くなんて珍しい」

「あとからわかるけど、劉備と白の遣いのところでおっかないもんを見てきた・・・

 それで久々にアニキの顔を見たらなんか安心しちまって、嬉しくて・・・ 言葉になんねぇや」

 言葉にならない想いって、こういう時に使うのかな? まぁ、どうせあたいにゃわかんないからいっか。

「はぁ? おっかないもの、ですか・・・

 とにかく、もう大丈夫ですよ。猪々子」

 アニキにそうして慰めてもらっていたら、何やら後ろに気配を感じた。

 でもまぁ、今あたいかなり幸せだから、どうでもいっか!


「おいおい、見たか? 稟嬢ちゃん」

 まず聞こえてきたのは、楽しげな男の声。

「えぇ、見てしまいましたよ。宝譿」

 その次には、どこか冷たい印象を与えてくる女の声。

「あそこにいる男性は、つい先日こちらの領主様と婚姻をしたばかりの曹洪様ですねぇ?」

 なんか笑いを含んでる感じの女の声は、あたいにとって初耳のとんでもない情報を言いやがった。

 あの噂、マジだったのかよ?!

「つまりこれは、曹洪様を主軸とした三角関係の発展でしょうか?」

「ようするによー。

 旦那はかつての女に復縁を迫られ、かつての想いを曝け出す女。

 婚約して、まだ相手に触れてはいけないという放置状態の今、旦那の心は揺れる!

 まだ遊びで済む、だが一度触れてしまったら本気になってしまうかもしれない・・・ 揺れるのは理性か、それともどちらかを選ぶかもしれない心の天秤なのか!

 って、感じなのか?」

「そうだったら、最高に面白いですねぇ。

 まぁもっとも、こうして人の修羅場を見てからかっている風と稟ちゃんは旦那様が同じなんですけどねー」

「ふふっ、からかっている私たちの方が他人から見れば修羅場とは・・・ 我がことながら不思議な状況ですね」

「まぁ、お兄さんは基本華琳様のもので、みんなの共有財産みたいなものですから。喧嘩するのがそもそも馬鹿らしいのですよ。

 『自分が一番愛してる』なーんてことは、誰でも思って当然ですしね」

 なんか見たことも聞いたこともない奴らなのに、誰かのことが好きなのは馬鹿なあたいでも嫌ってほどわかったわ。

「あなた方、揃いもそろって何しに来たんです?!

 というか、違いますから!」

 あたいが『いろいろとちげぇよ!』ってそろそろ言おうと思ったのとほぼ同時に、アニキが叫ぶ。

「彼女は私の幼馴染で、放っておけない妹のような存在で、全然そんなことはないというか・・・」


『全然そんなことはない』


 その言葉に何故かあたいは胸を押さえて、なんとなく押さえた手を自分の方へと向け直す。

 あれ? 雨なんか降ってないのに、何であたいの手が濡れてんだろ?

 ・・・・あれ? なんで胸が痛いんだ?

 あれ? なんだよ。これ。

「猪々子?」

「あっ・・・ な、なんでもねぇよ!

 あたい、そろそろ斗詩のところに行くからさ!

 んじゃ、アニキ。またな!!」

 今、顔を覗かれたらなんかいろいろとヤバい気がして、あたいはその場から駆け出してた。

 今日はずっと走ってばっかりだとか、逃げてばっかりだって思ったけど、仕方ねーじゃん。

 だって、あたいが・・・ あたいがアニキのことを・・・ その、す、好きとか、釣り合わねーし!

「斗詩ぃ・・・ 助けてくれよぉ・・・」

 そんななっさけない声を出してあたいが親友に泣きつくのは、この後すぐのことだった。


次は白の予定でしたが変更し、本編でこちらのネタばらしをする予定です。


今日は他に、番外に一本投稿しています。

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