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14,泗水関にて 終結 【愛紗視点】

この前に一話投稿しています。


奇跡とは起きるものではなく、起こすものです。

「それでは、まず状況を整理しましゅ」

 そう言って朱里は何も用意することもなく、目の前にある泗水関を指差す。

「ご主人様、先兵隊の役目は何かわかりますか?」

「軍の先鋒で偵察や警戒を行う部隊、だよな?」

 ご主人様が答えれば朱里は満足げに頷いて、抱えて持ってきていた書簡のうちの二つを机の上に置いた。

「はい、ここまでは私は予測していました。

 最初の任を弱小勢力に任せ、何か動きを見せれば援護という名の下で大きな勢力が功績を得ることはごく自然なことです。

 けれど私にとって想定外だったのは、黄巾の乱の頃から噂になるほど・・・ 二つ名が生まれるほど急激な成長を果たした、華雄さんです。

 これを見てください」

 そして、二つの書簡を開くとそれぞれに真逆と言っていいほどの内容が書かれ、だが共通して書かれていたのは『華雄』という名だった。

「朱里、これはまさか・・・・」

 私が問うと、朱里はまたも頷いた。

「はい、黄巾の乱の最中とそれ以前の彼女の評判を少しまとめてみました。

 といっても、民の噂程度の話もあるので、どこまで本当なのかはわからないんですけど、噂程度でもただの荒くれ者が名のある将へと変化したことがわかっているんです」

 私はその事実に目を開き、見ればご主人様と姉上も同じような反応をしていた。

「ちなみにぃ、この王平さんと正ちゃんが役に立ったのは言うまでもないんだよ!」

「王平お姉ちゃん、大事なお話し中だからしーっなのだ」

「はぁーい」

 緊張感をなくすように得意げに笑う王平と鈴々に、張りつめかけた空気はちょうどよく緩み、朱里は咳払いをして続けていく。

「以前の彼女ならばこちらから挑発し、自ら開門させ、功績をとることも出来たでしょう。

 ですが、『魔王の盾』と呼ばれる彼女にそんな安い挑発など効果はなく、むしろ城壁の上からこちらが的となるだけです。

 なので、我々が今回行うことはただの偵察のみとなります」

 朱里の言葉に全員異論はないようで口を挟むこともなく、ただ頷く。

 籠城戦において、こちらは後手に回ることしかできない今、功績を焦って兵を失うわけにはいかない。

 それはあの時から、何も学んでいないことを証明するのと同じだ。

「そうだねぇ、なんか会議で突っかかってきた人が機がどうのって言ってたけど、それが明確にわからない私達は動けないし、そんなのがあるかどうかもわからないもんね」

「機?

 それは一体どういう・・・・」

 姉上が会議に居たあの妙な男が話していたことを思い出し、その件について問おうと朱里が身を乗り出した時、一人の見慣れた兵が駆けこんできた。

「会議中、申し訳ありません!

 関羽様、関にて謎の血柱があがりました!!」

「何?!

 それはどういうことだ!」

「わかりません!

 ですが、城壁でいくつかの人影があったことと、その内の一人が血柱をあげて城壁の下に落ちていったことは多数の兵士が確認しています!

 現在も引き続き監視はしていますが、関羽様にご報告をと!」

「ご苦労!

 私もすぐに向かう! それまで監視を怠るな!!」

「はっ!」

 私が短く指示を告げれば、男も打って響くような返事をして駆け戻っていく。

「鈴々も行ってくるのだ!

 警戒でも、将が居たほうが兵の皆が心強いのだー!

 兄ちゃん、桃香姉ちゃん、許可が欲しいのだ!」

「鈴々ちゃん・・・

 うん、お願い! お姉ちゃんたちもすぐに行くから、待ってて!」

 鈴々の意外な言葉に姉上とご主人様は一瞬視線を合わせて迷う素振りを見せたが、二人は頷き合い、鈴々へと許可が下った。

「任されたのだ!」

 そう言って飛び出していく鈴々の背は逞しく、心強く感じられた。

「「朱里ちゃん!」」

「二人して叫ばないでください。聞こえてましゅ!

 罠とは考えにくいです・・・ それに血柱、突然すぎます」

「内輪もめかもねぇ?

 情報入ってこないんだし、向こうの仲が悪いとかそういうのもわっかんないしー。

 で、どこの陣営から出たんだかは知らないけど、さっきの機とかの話があるってことは、答えは限られてくるよねー?

 ぷっ、やっぱり元直ちゃんは生粋の苦労人だなぁ」

「仮にそうだとしても、予測の域を抜けましぇん!

 だとしたらこの後、あの人が取る行動は・・・!」

「んー? どうだろね?

 噂なんて所詮噂だし、民は所詮上辺だけしか見てないし、案外全部見捨てて逃げちゃうかもよ?」

 朱里と王平は二人して何かを話し、こちらへと顔を向けることはない。

しかも、お互いにわかっているからこそ言葉にしていない部分もあるために、こちらからでは話の全貌がつかめない。

「王平さん、朱里、俺にもわかるように話してくれないか?」

「んー?

 すぐにわかるだろうけど・・・・

 ねぇ、北郷一刀。この平原に降り立ちし、白き星の天の遣い。君はさ・・・」

 いつものように楽しそうに、誰かに向けているようで誰にも向けていないような、本心からの笑みにも感じるというのに、それはまるで作り笑顔に感じるときすら感じてしまう恐怖心をあおるような笑顔。

 そしてその瞬間、泗水関から大きな音が響き、さらに一人の者の声が響き渡る。

 されは簡易陣にいる我々にすら聞こえるほどの、大きなものだった。

「っ!!

 向かいます!」

 ご主人様たちの返事も聞かずに、私は駆け出していた。


「我が主に、都へと迫る連合の者たちよ!

 正義を語り、天を語り、偽りに塗り固められた欲にまみれた者たちよ!

 我が名は華雄!

 鬼神・麒麟と並び、魔王の盾と呼ばれし者なり!!」

 風を切る得物の音、ここに居ても伝わる彼女の殺気と怒気。

 ようやく彼女の姿を確認できた時、彼女の表情に私は覚えがあった。

 状況も、何もかも違っても、あの表情は・・・

「諸国から将を集い、群れを成し、実に滑稽だな!

 はっ、諸侯は皆、我が主である董卓様が怖いと見える。

 たかが関一つ、大勢でよってたかり、攻め滅ぼすことも出来ぬとはな!

 だが、安心するといい。

 我等は貴様らのように卑怯者でも、臆病者でもない!」

 得物らしき斧槍を構え、彼女はこちらを鋭く睨みつけていた。

「私はここに! 一騎打ちを申し込む!!」

 泗水関を守るように仁王立ちをする彼女の姿が、私には・・・・


『俺は死ぬわけにはいかないんだよ』

『さて、これは何の真似だろうか? 関羽殿』

 あの日、私の前に立ち続けた一人の男の姿と被って映った。

 私が怒りを抱き、殺意を向けてなおもその場を退こうとしなかった、今は英雄とすら呼ばれるあの男に。



 だが、もうあの日の私はここに居ない。

 あの時のようにただ遠いだけの存在ではなく、守るべき者が、愛すべき者が私にもある。

 ただ突き進むだけの猪はいない。

 ここに居る私は一人の将であり、あの方の義妹だ。

「どうするのだ? 愛紗」

 不安げにこちらを見て、判断を仰ごうとする鈴々の姿を見て、私はその不安を和らぐようにと法正がしているように頭を撫でる。

 そうして振り返ると、やはり私達を追いかけてやってきただろう息を乱してない王平を除き、荒い息をした三人がそこにはいた。

「おう・・へいさん・・・ さっき、なんて言おうとしたんですか・・・?」

 息が絶え絶えとなりながら、王平へと問うたご主人様は息を整えることに必死のようだった。

「君はあの時、助けたいって言ったけどさ。それはどこまでの想い?

 大切なものと引き換えにしてまで、それは欲しいの?」

「王平さん!」

 朱里が攻めるように王平を見ても、当人は気にした気配はなく、それどころかさらに楽しげに笑っていた。

「いいんだ! 朱里!

 これは・・・・ 俺が、俺と桃香が背負うべきもので、突きつけられなきゃいけないものだから、目を背けちゃいけないんだ」

 そう言って姉上と手を取り合い立ち上がり、私へと歩み寄ってきた。

「愛紗・・・・」

「ご主人様、姉上、私に行かせてください。

 そして、あなた方の望まれることを見事成し遂げてまいりましょう。

 あなたが彼女の捕縛を望むのならその通りに・・・・」

 私は今にも泣きそうな表情をしているご主人様の不安がなくなるように、少しでも優しい言葉を向ける。

「愛紗!!

 お願いだから、聞いてくれ!」

「ご主人様・・・?」

「俺は弱くて、欲張りで、馬鹿で、どうしようもない甘ったれで、同じ遣いなのに曹仁さんと並べることもおこがましいし、そんな奴がこんなことを望むのはおかしいってわかってるけど・・・・

 一つだけ、身勝手を承知でお願いがあるんだ。愛紗」

 悲しげに、辛そうにしながら、それでも言わなければならないと決めた表情は私の知らないご主人様。

 けれど間違いなく、この表情もご主人様自身だと伝わってくるようだった。

「あの人を殺さないでほしい、救ってほしいっていうのは確かに本当だけど。

だけど! それ以上に愛紗には自分を守ってほしい!

 目の前にして、あの人が本気で何かを守ろうとしてるのはわかる。

 だけど、弱い俺じゃ全部を救えないから! 守れないから・・・ だから愛紗、お願いだ・・・!

 生きて、戻ってきて」

 涙ながらに語られたのは、彼の願い。

 それは傍から見ればみっともない、弱い言葉。

 聞く人によっては軽蔑されてしまうような、身勝手この上ない願い。

 けれど彼は・・・ そんな弱さすら曝け出してくれる、そんな身勝手すら飾ることもなく明かしてくれる。

「承りました。ご主人様。

 私は必ず、愛しいあなたの元へ戻ってまいります。

 そして、どうか信じていてください。

 あなたの剣たる者が、あなたが流した涙をうけた華が咲くところを」

 私はご主人様から、隣に並び見守り続けてくれた姉上へと視線を向ける。

「いってらっしゃい、愛紗ちゃん」

「はい、行ってまいります。姉上」

 互いに微笑みそれだけを告げ、私は二人へと背中を向ける。

「鈴々、行ってくる」

「すぐそこなんだから、早く帰ってくるのだ」

 あぁ、私達はこれだけでいいのだと今なら思える。

「あぁ、勿論だ」

 私達はそう、姉妹なのだから。




「我が名は平原の相・劉備・白の遣いの将、関羽!

 その一騎打ち、この私が受けよう!!」

 名乗り上げ、私が出れば華雄殿はじっと見つめ、私を見定めているようだった。

「貴様があの関羽か・・・」

「? 私を知っているのか?」

「いや、知らんな。

 話に少し聞いた程度で、その者がわかるとは思わん。

 ましてや、実際に会ったわけでもない者の話ならば尚更だ。それに・・・・」

 斧槍を構え、彼女は私へその穂先を向ける。

「私達の間に言葉などいるのか?」

「華雄殿、待て!」

「貴様は一騎打ちを受けた!

 ならば言葉ではなく、刃で語れ!!

 言葉を聞かせたくば、この私を討ち果たしてみせろ!」

 言葉と共に向かってくる彼女へと、私もまた青竜偃月刀を抜き放つ。

「華雄殿・・・・!」

 重い斬撃を受け止め、後ろへと押されながらも、彼女から目を逸らすことはない。

「華雄殿、聞かれよ!

 私達はあなたの話を聞きたい!

 都では、洛陽では一体何が起こっている?!

 洛陽の現実は一体何なのだ?」

「連合の走狗が! 魔王の盾と何を問う?

 いかな言葉を並べようとも、私は私の背にある者を守ると決めたのだ!」

 互いに得物である長柄を振るい、距離を縮め、遠ざかることを繰り返しながら、私達は交差しつづける。

 叫ぶ思いがどれほどのものなのか、私にはわからない。

 だが、一撃一撃で伝わってくることがある。

「私はたとえ、この先流れる時代で、この大陸中の全てから罵られることになろうとも!

 あの方の、あの者たちを守る盾であることを誇りに思う!!」

 彼女の想いが、誇りが、言葉以上に雄弁に、守りたい何かがその背にあるのだと語っていた。

「私は鬼にも、厳格たる神の使いにも、縦横無尽に動く飛将にもなれん!

 だがそんな私を、どこの誰とも知れぬ私を受け入れ、友と呼んでくれた者がいた!

 こんな無骨者を、雄々しい華と呼んでくださった方がいた!

 私に二つ名を授け、信頼を与えてくれた者がいた!

 だから私は盾としてあの方の傍に、皆の傍に在ると、守ると誓ったんだ!!」

 それが彼女の想い。

 魔王と鬼神、飛将。そして、麒麟が最重要の拠点である泗水関を任せた魔王の盾。

「あぁ・・・ 貴殿は凄い・・・」

 どの一撃よりも重い斧槍を受け止め、私は称賛の言葉を贈っていた。

 嫉妬でも、怒りでもなく、まだまだ知らぬ武の道の最中でありながらも、彼女自身の武を一つの到達点だと思うほど見事なものだった。

 荒々しいのは事実だが、使い慣れている得物の振り方に無駄などはない。

 一撃は重く、彼女の行動から少しでも目を離せば、こちらの体が両断されるだろう。

「全てを受け止めておきながら、よく言う。

 関羽よ、どうやら私が聞いていた話と貴様は随分と違う存在のようだ。

 確かに真っ直ぐだが、それは行動ではなく心の方らしい」

 想像していなかった言葉に私は笑い、首を振った。

「いいや、その言葉は正しい。

 私がもし、あの時から変わらずにあったのなら、ただの使命に酔う愚か者であったのなら、私は貴殿の足元にも及ばなかっただろうさ。

 華雄殿、私と貴殿の強さはもしかしたら、とてもよく似ているのかもしれない」

 同じ長柄を使い、最重要とされる先陣を任され、そして、その背には自分を変えてくれた、守るべき(大切な)もの。

「少し違う、な」

「それはし・・・・」

 謝罪を口にしようとした時、彼女は笑う。

 その笑顔はまるで何も言わずとも私の想いが、守りたいものがわかっているかのようだった。

「強さではなく、私達自身がよく似ているんだろう」

 互いに離れ、また距離が開く。

 次の一撃が勝敗を決めることが、わかる。

 だが、何故だろうか。

 心は朝の森を歩いている時のように、穏やかだった。

「そう、だな。

 私達はきっと、そっくりだ」

 だから、わかる。わかってしまう。

 互いに譲れないことも、負ける気すらもないことも。

「行くぞ、関羽」

 欲しいのは相手の首でも、勝利でもなく

「関雲長、参る!」

 その先にある、守りたいものたちとの時間だけ。


 どちらが先に踏み出したのかは、わからない。

 得物を握り、振るわれる。

 たったそれだけのことを行い、宙を舞ったのは ――――― 彼女の斧槍。


「勝っ・・・た?」

「・・・・ふっ、はははは。

 何故、勝ったお前が呆けた顔をしている?」

 呆然としている私を彼女は笑って、時間も忘れ、幾度も行われた斬り合いの中で出来た傷を今更のように拭い、その場で大の字で寝そべった。

「あぁ、私の負けだ。

 だが何故だろうな、負けたというのに少しも悔しくない。

 鬼神に知られたら、恐ろしいことになりそうだ」

「話を聞かせてもらえるな? 華雄殿」

 私が手を伸ばせば、彼女は戦っている時と同じように笑い、私の手を握り返した。

「あぁ。

 だが、私は敗者だから勝者に従っているのではない。

 貴様の腕を認め、信頼に足るからこそ、この手を取っている」

「あぁ、わかっている。

 その信頼を、私はけして裏切らないと誓おう」

 後ろを振り向くと、涙ながらに駆けてくる一つの影。

「あれが、お前が勝った理由か?」

 冗談交じりに問われた華雄殿の言葉に、頬が熱くなるのを感じながら私は答える。

「かも、しれないな」

 私が愛したのは何でも出来る者でも、生まれながら才もつ者でもなく、まして家柄でもない。

 優れてなくてもいい、秀でてなどいなくてもいい。

 たった一つの小さな怪我でも、素直にこちらを思いやる優しい彼に恋をしたのだから。


花縮紗はなしゅくしゃの花言葉は『あなたを信頼します』

(ジンジャー)

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