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13,泗水関にて 開始 【愛紗視点】

 連合の会議を終えた私達は、本陣にて簡単な会議を行った後、それぞれの配置へと着いた。

 先兵隊の隊長として兵たちに無事指示を終え、ひと段落したところで、私は一人で関を眺めていた。

 軽い偵察とはいえ数日行われるだろうことを見通して小さな陣を作り、そこを中間地点として交代や炊き出しなどを行える場所が用意され、朱里やご主人様、姉上などの武を持たない者や、視察に来た他の諸侯の遣いなどもわざわざ前線に直接行かずともここから状況を窺うことが出来るようにされている。

 もっとも『陣』とは名ばかりで、支柱が四本と布を上にかけただけのもの。だが作るのも、片づけるのもごく簡単である点から兵たちから好評となっている。しいて欠点をあげるとするのなら、横からの雨風が防げないことと、組み立ての容易さからわかるようにあまり丈夫ではないところだろう。

 現在は仮の名として『簡易陣』と呼ばれているこれらを提案したのは軍師である朱里ではなく、ご主人様が提案した物という点が兵たちの間で話題となっている要因の一つとなっているようだった。

「ご主人様、か・・・」

 あの方との出会いを、私は運命だと思っていた。

 『劉』の名と剣を持つ姉上と、武の才を持つ私達。そして、『天の遣い』という希望の光。

 自分たちがこの大陸を変えるのだと、これはまさに天命であるとすら信じていた。

 だから私は姉妹と言いながら、あの方々との縁が消えぬようにと契りを結び、共に歩もうとした。

「だが、それは違ったんだ・・・」

 私はただ天命という響きに酔い、復讐という根本の想いから目を背けて、その上で姉上のことも、ご主人様のことも遠い何かだと思っていたことに気づかされた。

 弱く、優しく、純粋で、守らなくてはいけなくて、誰に対しても笑顔を振りまく存在。

「そうでは、なかったんだ・・・」

 姉上も、ご主人様も、弱くて、みっともなくて、不真面目で、泣き虫で、当たり前に怒りを抱いて、叫んで、誰にも彼にも向かい合うそんな一人の人間だった。

「あぁ、愚かだったな」

 こんな言葉を言えるほど、私自身依然とさほど変わっていないかもしれない。けれど・・・あの頃よりずっと、胸が軽い。

「あーいーしゃーちゃーんー!」

 遠くから聞こえてきた大きな声に振り向くと、その声の主は言うまでもなく姉上であり、その姿はまるで子どものようで、なんだか笑ってしまう。

「だから、桃香!

 子どもじゃないんだから、走るなって・・・」

「ぶー、それを同じように走ってきた北郷が言うー?」

「俺を走らせたのは桃香だろうが!」

「きゃー、北郷こわーい。

 愛紗ちゃん、お姉ちゃんを助けて」

 注意したり、怒ったり、からかったり、私の背に隠たりとじゃれあうお二人の姿はまるで歳の近い実の姉弟(兄妹)のようで実に微笑ましい。

「それでご主人様、姉上、共に来るはずだった愛羅はどうしたのです? 姿が見えないようですが」

 先兵隊は交代制で行うに当たって、私の部隊が最初ということになり、他の雑事をこなすことが決まっていた愛羅は仕事を終えれば現状確認のためにご主人様たちと来るものだとばかり思っていたのだが、その姿は見られない。

「あぁ、愛羅ちゃん・・・」

「愛羅に何かあったのですか?!」

 愛羅の名を呼び、悲しそうに目を背ける姉上に私はおもわず身を乗り出して問うてしまう。

 あの愛羅が倒れるようなことが想像できないが、突然死すらもけして珍しくがないのが人の世の常。

「愛羅ちゃんはさっき突然倒れて・・・!」

「なっ?! あい・・・」

 姉上の言葉に私がその場から駆け出そうと動けば、ご主人様がその手を掴み、姉上へと拳を軽く落とした。

「桃香! やりすぎ、っていうか脚色しすぎだろ!

 倒れたのは事実だけど、あれって八割がた桃香の性だから!

 愛紗も大丈夫だから、落ち着いてくれ!

 愛羅は確かに倒れたけど、命に別状はないし、紅火が付き添ってるから人っ子一人どころか虫すら近づける状況じゃないから!」

 ご主人様の焦った顔と言葉を受け止めながら、私はなるべく冷静であることを心がける。とにかく、愛羅が無事であることがわかった以上、姉上がまた大袈裟に何かを話しているか、自分の失態を笑って誤魔化しているのどちらか。

 ということは、少々お説教ですね。

「紅火に任せたのはわかりましたが、愛羅が倒れたというのは一体どういうことです?

 それが姉上の性とは・・・ わかりやすくご説明いただけますよね?」

「ほら見ろ、愛紗に怒られる流れだ!

 桃香の悪乗りの性だぞ!」

「ぴゅ~、ぷ~、ひゅ~」

「下手な口笛を吹いて誤魔化さない!」

「下手じゃないもん!

 北郷のミミズが這った痕みたいな字よりマシだもん!」

「だと、こらっ!」

「お・ふ・た・り・と・も?」

 怒られるとわかっていてもなお、じゃれ合いをやめないお二人の前で私は法正がいつもしているように足を数度地面にぶつけて音をたてる。

 するとお二人も動きを止めて、どこかぎこちない動作で私へ視線を向けてきたので私は眉間に寄った皺を伸ばしてから、二人へと手を伸ばして額を指で弾く。

「「いったー!」」

「この程度で済ませているのです。状況説明を」

 武器を持って追いかけることを注意され、自分でも改善しようとした結果考え出した額を弾くこの行為だが、力加減によっては軽い注意にも向いているので重宝している。ご主人様は『でこぴん』などと呼んでいるが、私はそのまま『額弾き』と呼んでいる。

 どちらにせよ、親しい者への注意や冗談程度にしか出来ないこれに名称が必要かどうかと言われると少々疑問ですが。

「その、さっき白蓮ちゃんのところに行ったら、白蓮ちゃんと曹軍の曹洪さんが婚姻したっていう話が愛羅ちゃんの耳にはいっちゃって・・・ それで泡吹いて倒れちゃった。てへっ?」

 舌を出して可愛らしく言っていますが、私は誤魔化されません。

 会議内で話が出た時点で、この一件は耳に入れてはまずいとわかっていた筈なのですが、どうしてこうも詰めが甘いというか、変な所で口が軽いんでしょうか。この姉上は。

「あれほど兵の皆とかも注意して、言葉にもしない方がいいって言ったのに!

 『絶対聞こえないから大丈夫』なんていうのは、絶対耳にはいっちゃいけない人が聞こえてるフラグなんだって!」

「ご主人様、天の国の言葉が出ていて言葉の意味がよくわかりません。

 ですが、姉上・・・ 片思いとはいえ、あまりにもそれは・・・」

「大丈夫!

 もしもの時はお妾さんにしてあげてくださいって言ったから!

 それに私、決めてるの!

 性別にも、年齢にも、立場にも囚われないそんな国に私はするんだ!」

「性別には囚われようか! 越えちゃ駄目だよ、その一線は!!

 ていうか! 最近、桃香は朱里とか、貂蝉に毒されすぎだから!

 同性婚とか公認されたら、俺は大陸から逃げ出してやるぅ!」

 姉上の想像していなかった発言に反応できない私に対し、ご主人様は姉上へと怒鳴り返し、もはや後半は懇願や宣言にも近いものになっていました。

 私はとりあえず大丈夫だとは思えない発言をしている姉上の頬に手を伸ばし、左右に引っ張る。

 この姉は・・・ さきほどの言葉を愛羅に忠誠を誓っている紅火の耳にでも入れば、どうなることやら・・・ 下手すれば得物を抜きかねない。

「姉上、乙女心というものを一度徹底的に習ったらいかがでしょうか?

 姉上に比べれば、貂蝉の方がよほど乙女心を理解していますよ?」

「いひゃいー! ごへんひゃはーい!

 ゆるひへー、あいひゃひゃん」

 頬が伸びるギリギリまで伸ばし、最後の仕上げと言わんばかりに少々強く伸ばして指を放す。少し赤くなっていますが、この程度はすぐに収まるでしょう。

「謝るべき相手が違います。

 あとでちゃんと愛羅に謝っておくように!」

「はーい・・・」

 姉上は頬をさすりながら返事をして、その様子を隣で見ていたご主人様は何故か微笑んでいた。

「ご主人様? 私達の顔に何かついていますか?」

「・・・いや、なんでもないよ」

 何でもないと言いながらも緩んでいるご主人様の頬にも軽く手を伸ばして、ほとんど力のこもってない状態で引っ張ってしまった。

「愛紗?」

「止めきれなかったご主人様も同罪です。

 ですが、止めようとした努力は認めて差し上げます。なので、これだけです」

 自分で口にしておきながら、なんて言い訳だろうと思いながら、私は自分の頬に熱を感じる。

「これだけでいいなんて、愛紗は優しいなぁ」

 その手を掴まれて、ふにゃりとほころんだ顔が私の頬にさらに熱をもたせていく。あまりにも不意打ちで、この早鐘のような心臓の音が周囲にも聞こえてしまうのではないかと錯覚してしまう。

「べ、別に、今回はというだけです!

 結局止めきれなかったのですから、今後はもっとしっかりと姉上の暴走を止めていただかないと・・・!」


「王平お姉ちゃん、夫婦喧嘩は犬も食わないのはこういう時に使っていいものなのだ?」

「んー? これはまだ夫婦喧嘩とは違うかな?

 恋愛を初めて知る者同士が手探り状態から、自分たちなりに形を見出していく最初の時っていうか・・・ そういう感じ?」

「よくわかんないのだ!」

「あはは、私もわっかんなーい」


 お気楽な二人の声で私はすぐさまそちらを振り向くと、そこには手を合わせてじゃれあう鈴々と王平、そして困った顔をした朱里が並んでいた。

「いいいい、一体いつから、そこにいたんです? 王平さん、鈴々、朱里」

「一緒に来たことも忘れる、お馬鹿な君にカンパーイ。

 今度、将の皆で飲み会する時は君の奢りだ。やったー」

「何、さらっと俺が奢ることを確定してるんですか?!」

「お兄ちゃんの奢りなのだ!」

「ほらっ、断りずらくなったじゃん!」

 さらにじゃれあいの輪が広がり、私は法正の行っていることの重要さを実感した。

 だが、いつまでも奴に頼っているわけにはいかない。

 現に彼女は今ここに居らず、頑なに正式な我々の将となることを拒んでいる。

 法正の考えは正しく、認めているところは多々ある。それでも私は、彼女の言葉に素直に頷くことは出来ない。

 真名を預けないことも、それでいながら誰に対しても公平で、公平であるがゆえに近くにいる我々を友と呼ぶことがない事も、後輩である朱里と同朋である王平に対する態度も、私は納得できない。

 理解することは出来ても、彼女の考えに納得することは・・・ 私にはまだ困難だ。

「そろそろいいでしゅか? 皆さん」

 朱里の言葉に私は顔をあげ、珍しく朱里の真剣な声にその場にいる五名が顔を向けた。おそらく本陣に居るであろう華佗、貂蝉、法正、愛羅、紅火を除いた全員がそこに並び、中央に置かれた簡素な机を囲んだ。



もう一話、投稿します。

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