11,連合にて(続) 【冥琳視点】
この前に北郷視点で一話投稿しています。
「ふむ、そろそろか・・・」
多くの諸侯が集まる連合、公には美羽の配下として訪れた私達は各陣営の代表たちのように挨拶回りなどもする必要もなく、自分たちのやるべきことを淡々となしていた。
もっとも赤の遣いが傍に居ることがわかっているこの連合の幕で、祭殿が大人しくしていることなどある筈がなく、今頃蓮華様の許可もなく飛び出しているだろう。それに・・・・
「冥りーん!」
こんな暇を持て余した状況で、雪蓮が何かしでかさないわけがないのだから。
「どうかしたのか? 雪蓮」
予想通り私の幕へと駆けこんできた雪蓮に苦笑し、呆れたような声が出てしまう。それと同時に、何故か私の口元は弧を描いていた。
病気療養と称したこの甘やかし期間の中で自覚したことだが、幼い頃から変わらずに雪蓮と柘榴が私の手を引いて、時には引きずられるようにして連れていってくれる場所を私は心の底では喜んでいたことを知った。口でこそ雪蓮たちに苦言や正しさを説くが、心はそれに反して三人が何をしでかすかを楽しみでしょうがないのだろう。
「白の遣いを見に行きましょ!
槐も向こうに用事があるみたいだし、柘榴もサボりたがってたみたいだから、途中で拾ってきたわ!」
「まったくお前は、いつもいつも・・・」
書簡を片づけ、雪蓮の元へ歩み寄り、私はその頭を軽く叩く。
「ちょっ、いったーい。
冥琳、ひどーい!」
頬を膨らませ不平不満を言う雪蓮を放っておき、私は部屋と自分の身なりを見渡して外に出ても問題ないかを確認する。
「叩いた理由とお小言は、私の代わりに蓮華様がたっぷりしてくださる。
どうせ止めても行くのだろう?」
もっとも、その時は私も一緒だが。
「おせーよ、冥琳。
俺が勝手に抜け出してきたことがばれちまうだろうが」
「私は早く向かいたいのだけど?」
最後の一文は言葉にせずに、私が幕の外へと出ると待っていた二人が声をかけてくる。
どちらも自分の要求に素直且つ私が断らないことが前提なのが気に入らないが、この二人だから仕方ないだろう。
「お前たちにもいろいろ言いたいことはあるが・・・」
「雪蓮に誘われれば、共をすることを迷うことなく即決するあなたに言われたくないわね」
「お前は雪蓮に甘すぎんだよ、冥琳」
額に手を当て苦言を呈そうとしたが二人に先手を打たれてしまい、私は苦笑いしか出来なくなる。
「そりゃそうよ。
だって冥琳は、ずっと私の物だもの」
「私はお前の所有物ではないぞ。雪蓮」
背中に衝撃を受けながら、私たち全員を離れないようにしっかりと肩に腕を回される。
「雪蓮、私はこういう触れ合いが嫌いなのだけど?」
当然、潔癖とまでは行かないが人との触れ合いを好まない槐からは不平不満が出るのだが、それももはやいつも通りだ。
「まーまー、付き合ってやれよ。槐。
こいつなりの愛情表現さ」
「まったく・・・ こうした触れ合いは物語の中で十分だというのに」
槐がこう言うとわかっていても、わざわざ雪蓮が自分から手を引っ張っているように見せるのは、誰かに見つかった時に自分が主犯的に行ったと証言するためだということは私達にはわかりきっていた。
「さっ、早くいきましょ。
冥琳、柘榴、槐」
「おうよ!」
「言われずとも行くわ、私の用事を済ますために」
あわない返事を聞きながら、私は零れかける笑みを誤魔化すためにもう一度溜息を吐いた。
「はいはい・・・」
「クッソ! 思ったより早く帰ってきやがった!!」
「ってあんた何、縄抜けしようとしてんですか!?
人が命からがら戻ってきたっていうのに、また縛り直さなくちゃいけないじゃないですか!」
「うっさい!
私には早急に向かうべきところがあるんだよ!
片方我慢してるだけ、マシだと思えー!!」
「どっちもしようとしてることがまともじゃないから駄目に決まってんでしょ!」
私たち四人が白の陣営・・・ いや正しくは平原の劉備の陣へと訪れると、まず見えたのは芋虫のようになった女性と怒鳴りあう男だった。
「冥琳、あれが白の遣い?」
「情報が正しければ、その筈だな」
これが白の遣いだと思いたくはないが噂となっている茶の髪と瞳、外見はどこにでも居そうな一般人にも拘らず、どこからどう見ても一般人には見えない女性と一緒にいるという全てが該当している。
「ふーん? 赤の遣いは英雄で有名だけど、白の遣いは変態なんだな」
「私は本を取りに行きたいから、ここから別行動をしてもいいかしら?」
柘榴は素直に感想を述べ、槐は・・・・ 本当にこいつらしい。読んで興奮状態になる穏よりもタチが悪く、本至上主義がぶれることが全くない。
というか、お前は本をとりに来たのか。
「あっ! やっほー、瑾ちゃん」
縛られている女性が親しげにこちらへと足をあげ、嬉しそうに笑っている。
ん? 瑾?
「槐、呼ばれているようだが?」
「私は本をとりに来たのであって、縄で戯れている片割れをかまいに来たわけではないわ」
本当にぶれることを知らないな、こいつは。
真名を呼ばないとはいえ、あの槐の名を呼んでいるからにはそれなりに親しいのだろう。槐の表情が心なしか柔らかく見えるのが、そのゆるぎない証拠だ。
「わーい、流石瑾ちゃん。
ぶれないところが素敵ー! でも、この変態的状況っていいネタになると思わない?」
「朱里はどこかしら?」
「うわーい、瑾ちゃんが海の方にいってもまったく変わってないことがわかって、私凄く安心したー」
「あんた、すっげぇな・・・・」
まったく相手にされていないにもかかわらず、へこむ様子のない姿には私だけでなく柘榴も目を丸くし、感嘆の言葉を向けた。
私達ですら最初はこの態度に四苦八苦したというのに、それがもし付き合いの長さが出せるとしたら、こいつは王平か、法正のどちらかなのだろう。
「なんか知らない人に褒められたー」
「瑾・・・ って、あの法正さんをこっちに来るように言ったっていう?」
「そうそう、孔明ちゃんの姉で、私と仲良し三人組ー。
その名も『夢現の諸葛き・・・」
「あんたが腐の元凶か!」
まだ私達を認識していないらしく、視点がどうにも狭い傾向にある。一点に集中しすぎる者の悪い癖だが、それだけ一つのことに精一杯であることも表す美点であり、欠点ともなる。
私がそんな白の遣いへと話しかけようと動きかけたが、雪蓮と柘榴によって肩を押さえられた。振り返って二人を見れば、『面白いから止めるな』と顔に堂々と書いてある。
お前たちは本当に・・・・
「あぁ、あなたが妹の本に出ている総受け主人公の元になった人間ね」
「三倍にして返された?!」
槐の言葉に衝撃的な顔をし、驚いている白の遣いだが、槐の視線は白の遣いではなく周囲をぐるりと見渡していた。おそらく、本の受け取りのために妹を探しているのだろう。
「けれど私が見たいのはあなたではなく、あなたが登場人物として襲われ、愛され、恋愛模様を描いている本の方だわ。
妹はどこかしら? 知らないのなら、退いてくれない?
平と変態的なことをして遊んでいる、白の遣いさん」
「三倍かと思ったら、十倍だった?!
ていうかこの人、やっぱり法正さんの友人だ!?
根本的な何かが似てて、かなり悲しくなるんだけども!」
槐と似てる人間がもう一人いるのか。
それは興味深くもあるが、会ってみたいとは思わんな。厄介そうだ。
「そろそろいいわよねー? 白の遣い君。
私は孫策、あなたが言い争ってる諸葛瑾のー・・・・ 親友よ!」
「主従よ。
私の名はあなたが知っている通り孔明の姉、諸葛瑾よ。
覚えなくていいわ、私は登場人物としてのあなたにしか興味がないもの」
この機に乱入するのか。流石雪蓮、空気を読むということを知らない。
仮に知っていたとしても、わざと空気を壊すことの天才であり、割って入られた側にとっては天災にも等しい存在だろう。
そして槐、すぐさま訂正の上に追い打ちか。白の遣いが涙目になっているぞ。
「さっすが、雪蓮。
この変態をお縄につけるんだよな?
俺は太史慈ってんだ、変態」
「縛っているのは白の遣いだというのに、お縄につくのは白の遣いの方か。因果なものだな・・・・
私は周瑜だ。初めまして、白の遣い殿」
柘榴が雪蓮の言葉に悪乗りするのは今更なので気にせず、私も感想を述べる。
「俺はこの陣営で一応君主の片割れを務めている、白の遣いの北郷一刀です。
変態に見えるかもしれないけど、この人が問題を起こそうとしてるところを必死になって止めてるだけなんです!
信じてくださいともいえないですけど、本当なんです!!」
私達の言葉に涙目になりつつ、しっかりと挨拶をしてる辺り、礼節はしっかりと出来ている。
というか、必死な顔で弁明する様が何だか加虐心を煽られる。
「へー? そうなの? 槐」
「何故、私に話を振るのかしら? 雪蓮。
私はただ本を取りに来ただけよ?」
「お前ぐらいしか、こっちの縛られてる奴のことを知らねーからだろ」
「へーいへーい、わっほーい。
すっげー瑾ちゃんがみんなと親しげで嬉しいけど、さっきから嫉妬もめらめらーな私は王平だよー。
瑾ちゃんの最初の親友は私と正ちゃんだぜー? 誰にも譲らないよー?
んでもって、もっと言えば瑾ちゃんの心の友は私と正ちゃんだけなんだぜー」
「寝言は寝て言うものよ、平。
起きながらに言ったとしても、そんなものは物語の中で十分だわ」
・・・・こいつらを一緒にしてはいけない気がするな、まったく会話が進まん。
白の遣いと目が合い、とりあえず互いに会釈をする。
「白の遣い殿、とりあえず私達がここに来た目的を告げようと思う」
「はっ、はい。
なんでしょうか?」
「実は・・・」
わずかに居住まいを正し、真面目に話を聞こうとする姿勢も悪くない。
「私の暇つぶしよ!」
「右に同じく」
「本をとりに来たわ」
「・・・・その保護者だ」
私達の言葉に白の遣いが体を崩しかけるが、痛いほど気持ちはわかる。
だが、すまん。私にこいつらを止めることは出来ないし、止める気もまったくない。
「はぁ・・・ まぁ、別にかまいませんけど桃・・・ いや、劉備はいませんけどいいんですか?」
「いいのよー、だって私達が見に来たのはあなただもの。
有名な赤の遣いとは逆に、あの占いでしか名前が知られてない白の遣いがどんなのか気になったの。
それに赤は妹が行ってくれるだろうし、父様に似てる人に会うなんて嫌だし」
「は、はぁ・・・・ そうですか。
で、どうですかね?」
恐る恐ると言った様子で聞いてくる白の遣いに対して、雪蓮はまじまじと見つめて、笑う。
「んー・・・ さ・・・」
「あっ、槐お姉ちゃーん」
「あら、朱里。良い所に来たわね。
これを描写して、次の話に活かしなさい」
「はい! お姉ちゃん!!」
雪蓮が評価を下そうとしたその時、手を振りながら駆けてくるのは槐と同じ髪色をした女性。おそらく彼女が『臥龍』孔明であり、槐の妹なのだろう。それにしても・・・
「あー、これが槐の妹か。
槐から貧乳って言ってたけどあれだな、どっちかっていうと無乳だな」
柘榴、人の身内を見た第一声がそれか。
もっとも昔からこいつの初対面の人間に対しての第一声はロクなことがなく、明命や亜莎に対しても容赦が一切なかった。
男らしい口調や態度とは裏腹に柘榴も体型は豊かだからか二人は何も反論することもできず、明命は訓練の際の巨乳に対しての執念深さを垣間見せるのはそのせいだろう。
「貧乳は丘だけど、無乳は平原だもんねー。
なんか私、あなたといい友達になれそー」
「だよなー。
ウチにも貧乳気にしてる奴らいるけど、ここまで平原じゃねーもん。
おう、ありがとよ。あんたとは好みも合いそうだし、俺も別に嫌いじゃねーぜ?
それに丘にはまだ登る価値があるけどよ、平原はまっ平だもんなー?」
「出会いがしらに失礼すぎるところとか、王平さんや法正さんに会った時を思い出しましゅぅ!!」
「朱里、ごめん」
怒りを露わにする孔明に対して、白の遣いは肩に手を置いて注意を向けさせる。
ふむ、何か一言を言うのだろうか。だとしたら・・・・
「胸が無いって、希少価値だったんだね。
こんなにも山脈が溢れる中で、平原って貴重なところだったんだ・・・」
「うがあぁぁぁーーーー!!!」
まるで悟りを開いたように言う白の遣いの発言に、私はおもわず言葉を失う。
あぁ、こいつはまともだと思ったが、実はそうでもないのか。
変態というのはおかしいかもしれないが、しいて言うのなら・・・ 男なのだな、白の遣いよ。
「それはそうと朱里、本を寄越しなさい」
「今のやり取り、総無視でしゅか?! お姉ちゃん!」
「あなたの体型が残念であることを、私はこの場にいる他の誰よりも早くわかっていたことよ。そんな些事よりも、私にあなたの作品を寄越しなさい。
物語とは書きたいあなたと読みたい私、その二つの存在が居れば十分。
それ以上でも以下でもないし、他の誰があなたを不要としても、あなたのことを私が必要としている。
書き手はただ消える筈だった言葉を形に残し、人の心に残すことが出来る。
たとえ書き手の生に長短があったとしても、誰かの心に響いた言葉は誰にも消すことは出来ない。それは永遠の命を得たことと、何も変わらないわ。
だからあなたは、誰に何と言われようと書き手であることに誇りを持ちなさい」
滅多に見せない真剣な表情をして発言する槐に首を傾げてしまうが、妹の体型がどうしようもない事を認めている辺りなんという姉だろうか。
それにしても本だけと思っていたが、書き手に対する想いも人一倍か。
もっとも情の全くない人間が、わざわざ職のない知り合いに仕事を斡旋するとは思えないが。
「は、はい!
泡沫水仙先生のように、広く誰にでも呼んでもらえるような作品を書くことが夢でしゅ!!」
「えぇ、励みなさい」
私も聞いたことのある著者の名を出て、随分高い目標を掲げるものだと思ってしまうが、彼女の目の真剣さを笑うことは私には出来なかった。
最近はとんと新作の話を聞かないが、ご存命だといいのだが。
「まともそうに言ってるけど、それって俺がネタになるっていうことですよね?!」
白の遣いの悲痛な叫びに、雪蓮と柘榴が堪えきれなくなったように笑いだす。
こいつら、さっきから笑ってばかりのような気がするんだが。
「まっ、そうなるわよね。
あーぁ、もっとつまらないかと思ったけど意外と面白いじゃない。白の遣い君」
「それって褒めてませんよね?!」
そう、これは雪蓮にしては最大の賛辞とも言っていい。
こいつにとって戦以外のことは面白いか否かで別れている傾向があり、あとは自分の酒やつまみのために下心ありきで手伝いをするぐらいだ。
「褒めてるわよ。
つまらないとか、期待外れなんて思うよりもずっといいわ。
ね? 柘榴、冥琳」
「変態だけど、別に悪くはねーんじゃねぇか? おもしれぇし」
「そう、だな。
赤の遣いほどぱっとはしなくとも、欲に溺れた諸侯よりかはマシだろう」
「はぁ・・・・ ありがとうございます?」
首を傾げつつも感謝を告げてくる白の遣いを見つつ、私は不意に気づいたことがあったのでそちらへと指を指す。
「そう言えば、白の遣い」
「はい? なんですか? 周瑜さん」
「さっきまでぐるぐる巻きにされていた・・・ 王平と言ったか?
それが逃げ出しているんだが、いいのか?」
「へっ・・・・ 嘘だろ?!
すいません! 皆さん、俺には急用ができたのでこれで!
朱里、皆さんの歓待とかその辺頼んだ! 俺は王平さんを止めてくる!」
「あらあら、いいわよ。
あなたも見たからもう帰るし・・・って、もう行っちゃった。忙しないわねー、あの子」
「そうだな、本当に動いていない時がない」
だが、必死なのが伝わってくる。
私達の周りには居なかった、才能を生まれつき持たない者の足掻く姿。みっともない、未熟と思う者も多いだろうが、思っていたよりもずっと悪くない。
「でも、想像してたよりも悪くはねぇな」
「私は彼が朱里の本のネタになってくれれば、それでいいわ」
「はい! ご主人様は本のネタになる素敵な方です!!
でも・・・ ご主人様なりに必死になって、成長しようとしてるんでしゅ。
赤の遣いである曹仁さんに比べたらきっと大したことないでしょうけど、私はそんなご主人様の事が前よりもずっと大好きなんです」
ふっ、一人の少女にこんな表情をさせる男か。
この連合中、何かをしでかすのは赤だけではないかもしれんな。
「さっ、帰りましょ。みんな。
それじゃね、孔明ちゃん。
白の遣い君には、また会いましょうとでも伝えておいてくれると嬉しいわ」
どうやら、白の遣いは雪蓮に目を付けられてしまったようだな。
これから苦労するだろう白の遣いへと心の中で合掌しつつ、この先で奴とどう道が交わるかを楽しみにする私がいた。
さて、次は赤に行きますよー。
次はようやく泗水関です。