10,連合にて
今日はもう一話、白を投稿します。
あの会議後、俺たちはすぐに出陣の準備に取り掛かり、平原には必要最低限の警備隊を残して、連合へと向かうことになった。
当然俺と桃香は出陣に必要な装備や食料、資金などの書簡と戦い、将軍である愛紗と筆頭軍師である朱里を中心に各自がそれぞれの仕事へと慌ただしく駆け回る。
そんな中、客将である法正さんは俺たちに何かを言うこともなく割り振られた仕事を淡々とこなし、俺たちが出した曖昧な答えに対して・・・ いや、それどころか子どもみたいな今回の指針に関しても一切口出しすることはなかった。
「不思議だよなぁ、あの人は」
連合の自分の幕で必要な書簡を書き終えてから、筆をおいて考える。
法正さんは教師のように答えをくれるわけでも、親のように優しく手を引いてくれるわけでもない。
まして友達みたいに隣に並んで手を繋いでくれるわけでもなければ、愛羅のように臣下として接してくれるわけでもない。
法正さんと一緒にしたことと言えば勉強ばかりで、この陣営の一兵卒に至るまで彼女に説教されたことがあるという嫌な共通点が生まれてしまっているほどだ。
でも俺は、そんな法正さんのことを前より怖いと感じることがなくなっていた。
「まぁ、かなり厳しい人だとは思うけど」
毎日何かしらの注意され、仕事に関して一切の妥協がなくて、そしてそれら全てを『当たり前』と言ってこなしていく人。
いつも手には筆か針を持ち、サボるどころか休むことすらしなくて、俺は一度として法正さんがのんびりお茶を飲んでるところを見たことがないほどだった。
怖く厳しく、正しくて強い人。
愛紗とも、桃香とも違うまっすぐさを持ったまるで古風な日本女性のような強さを持っている人。
「ん? 何で俺、こんなにあの人の事を考えてるんだろう」
これじゃぁ、まるで・・・・
「ま、まっさかなー。
誰に対してでも厳しくて、毒は吐くし、杖は振るう凶暴な人だし。しまいには林鶏をけしかけてきて、子どもに対してだけは甘いそっちの趣味があるとしか思えない人にそんな・・・」
「とても懐かしい言葉の響きだわ。
陰口なんて、女学院以来かしらね? 林鶏」
「えっ・・・?」
俺がその言葉に振り向けば、特に怒った様子もない法正さんと・・・・
「コ~~~ケ~~~~!
コケコッコーーー!!」
俺へと怒りを露わにし、今にも飛びかかってきそうな林鶏がそこにはいた。
「えっ、ちょ・・・ 待っ」
「コケエェェェーーーー!」
その雄叫びと共に、林鶏の攻撃が俺を襲った。
「仕事をしていると思ってきてみれば、まさか人の陰口を叩いているなんて仕事に慣れてきた余裕かしら?
随分と暇なのね、北郷」
「陰口叩いてすみませんでした!」
俺はひたすら土下座し、その背中に乗った林鶏はいまだに俺を突いたり、時には飛び上がって蹴りながら、怒りを露わにしている
「別に気にしていないわ。
女学院では、それこそ掃いて捨てるほどあったことだもの。
もっともそんなことを言うのは瑾のように面と向かって言う度胸もなく、平のように己に知識がないことを認めようともしなければ、元直のように己を高めようともしない。とても憐れで、愚かな子たちばかりだったわ」
法正さんは本当に何も思ってないかのように答え、俺の横を通り過ぎて何かに触れるような音がしてから、俺の背中にあった重みがなくなった。
「仕事が終わっているのなら、あなたには平の番をしてもらいたいのだけどかまわないかしら?」
「えっ?
王平さんって、ついて来てたんですか?!」
「それは当人に聞いて頂戴。
私はひとまずあの子が問題を起こさないように対処しておいたわ、それ以降の指示はあなたが下しなさい。
それと、もし今使っているものを平が切っていた場合は迷いなく鎖を使うことを指示なさい。
今のあれは獣よ、人と思わないで容赦なく縛りつけなさい」
知らなかったことを明かされ驚く俺に、強制力はないとでもいうかのように法正さんは早々に幕から出て、幕には俺一人が残される。
「・・・・えっと、とりあえず王平さんを探すか」
仕事が終わっていることをもう一度確認してから、俺は王平さんを探しに幕の外へと出た。
「やっほー、こっちこっちー」
しばらく陣の中を歩いていると芋虫のような状態で転がっている王平さんが器用に足をあげて、俺へと挨拶してくる。
いつも発言がまともじゃないのに、今度は見た目すらまともじゃなくなってる・・・
「今、君が考えたであろうことは否定しないけど、君なんて正ちゃんが作った羽織と将に囲まれてなきゃその辺にいる一般人と変わんないからねー?」
「そんなことは嫌ってほどわかってますよ!」
「泣くほど嫌なら、人にも似たような言葉を向けないことをお勧めするー」
思ってることを察せられた挙句、倍にして返されてちょっと泣きそうな俺に警告してくる辺り、やっぱり王平さんと法正さんってどっか似てると思ってしまう。
でも、この人なら話してみてもいいんじゃないかなと思ってしまって、俺はとりあえず王平さんの近くに座った。
「今の王平さんの状況は置いといて、さっき考えてたこと聞いてもらってもいいですか?」
「ハハハハ! こんな状況の私を置いとくなんて、君の神経もふっとくなったもんだねー。
いいよ、聞いてあげるー。ただし、面白くなかったら、許さなーい」
「いや、面白いかどうかまでは保証しませんからね!?」
王平さんは芋虫状態で這ってきて、いつも通り楽しげに笑った。
人選ミスったかなぁ・・・ 俺。
「――― ってことだったんですよねぇ、何なんですかね? これ」
「へ、へー・・・」
俺がさっき考えたことをありのままに話せば、王平さんは顔を引き攣らせて笑っていて、視線を逸らす。何で目を逸らすんだろう?
「まぁでも、私から言えるのはあれかな?
君、いじめられすぎて被虐趣味にでも目覚めちゃったの?」
「誰がマゾヒストか!!」
反射的に怒鳴り返すと、王平さんは少しだけ反応に困ったように眉を八の字にする。
「だからさー、天の国の言葉を日常的に使われてもわかんないって何度言えばいいのかなー?
正ちゃんじゃなくても、馬鹿って言いたくなるよー?」
「と、とにかく! 俺は被虐趣味者じゃないですから!!」
「じゃぁ、流行の風邪だよ。かーぜ!
うん、そういうことにしておこう!!」
なんかめんどくさいからって投げられた気がするけど、そっか風邪かぁ・・・ 華佗に後で診てもらうかなぁ。
「それはそうと、王平さん」
「んー?」
もぞもぞと芋虫状態で寝そべって、動きまくってる王平さんを改めて見る。
足の踝から肩のギリギリのあたりまで厳重にグルグルにされ、しかも丁寧に両腕も別に縛りつけているらしく盛り上がり、後ろへと回されている。重ねられた縄の線は整っており、結び目の全ては後ろへと来るようにされている。
この几帳面さを見るに、縛ったのは多分法正さんなんだろうなぁ。
「王平さんは、どうしてそんなに厳重に縛られているんですか?」
「私が衝動的に田豊の爺を殺しに行こうとしたら、正ちゃんに捕まっちゃった☆」
舌を出して笑い、手が自由なら頭を軽く小突いてるんじゃないかと思うほど、王平さんの言葉は内容に似合わないで可愛らしいもので、一瞬本人であるかを疑うほどだった。
「可愛く言ってるけど、それって殺人未遂ですよね?!
ていうか、田豊って・・・ 袁紹さんのところの重鎮だったような?
何でそんな人を殺そうとしてるんですか?!」
もし実行されてたら陣営同士の問題どころか、今の連合が崩壊して、俺たちが他の陣営から総攻撃されてる可能性もあるような・・・?
とにかく法正さん、お疲れ様です。
「はー? そんなん決まってんじゃん。
あの『不老』の爺を殺すためだよー?」
「そのままで、話の内容が全く掴めませんから!」
「あの爺はとっくに七十越えてるっていうのに、あんな子どもみたいな姿をしてるんだよ!」
「えっ? でも、それってどこも別に悪くないような・・・」
そりゃ年相応の姿をしてなきゃ最初は驚くだろうけど、それ程度でしかないような気がする。むしろ若々しいって良い事じゃないのか?
「悪いことだらけだよ!
むしろ良い事なんて一つもないね!」
王平さんは最初に会った時と同じ強い意志を宿した目で見てきて・・・・
あっ、これ趣味の事語る気だ・・・
「歳を重ねるごとに深まっていく皺、色が変わり褪せていく髪。時に傷つき、再生を繰り返し、変化を迎え、長い年月を過ごすことにこそ意味がある!
どうして老いてなお美しいと、かっこいいと思える人がいると思う?
それは老いてなおその年齢に従い、自分らしくあろうとするからであり、若作りをしたり、そのまま若々しくあることがかっこいいでも美しいってわけじゃないの!
それなのに『不老』?!
それこそ愚かの極み、まさに愚の骨頂、あってはならない人ならざる奇跡!!
私があの見た目詐欺のクソ爺を抹殺する理由なんて、それだけで十分なんだよ!!」
うわぁーい、人類の夢に等しい事の全否定だー。
法正さんは静かに正論を説くけど、王平さんは勢いで自分の意見が正しいように錯覚させるよね。
「でも、駄目ですから!
こんな弱小勢力が他の陣営と問題起こすとか、俺たちを殺す気ですか?!」
「だから正ちゃんによって、こうされてんじゃん。
それより気になる気配があるから、そっちに本当は行きたいけど代わりの見張りが来ちゃったし」
「気になる気配って・・・・」
そういえば、さっき曹操さんがついたみたいなことを愛羅が書簡を渡すついでに言っていたような?
「だからさー、私はそっちに行ってくるから」
そう言って王平さんは立ち上がり、腕を左右に開いて縄をぶっち切った。
理解出来ないような事態におもわず固まり、すぐに我に返った。
「邪魔するんなら、暴れるからね♪」
楽しげに笑うその笑顔には堂々と『邪魔すんな』と書いてあるけど、今から王平さんが行きかねないところはどちらであっても問題にしかならないと思う。
「邪魔しますとも!
出来ることを全力でやるって決めたんだ!
だから今だって、全力で王平さんを止めてやる!」
「アハハハハ、やれるもんならやってみなー」
そうして俺と王平さんによるバトルが幕を開けた。
「はぁ、ようやく縛り終った・・・」
勝者は奇跡的に俺で、その勝因は騒ぎに駆けつけてきてくれた交代で休息をとっていた兵たちのおかげだった。俺一人だったら絶対無理だった・・・ 兵士のみんな、マジでありがとうございます!
「はーなーせー! ほーどーけーー!」
「王平さん、どうして突然暴れ出したりなんか・・・」
そういえば暴れることを宣言されただけで、その明確な理由を聞いてなかった気がする。
「うっさい! 君にはわからないの?!
この過去の深さを感じさせる濃厚な香り、それでいて自己の研鑽を忘れることのない強い意志を窺わせる輝くような気配!
超、私好みの年配の男性がいるんだよぉーーー!!
あっちに絶対いる! 私の勘が言ってる!!
私に今すぐ駆けていけという天の啓示に決まってるんだよぉ!
私から希少ないい男を見る機会を奪う気かー!」
って、やっぱりか!
曹仁さんのところに行っても、田豊さんのところに行っても問題起こることには変わらないから!!
「そんなのがわかってたまるか!
ていうか、あっちってさっき到着したばっかりの曹操さんの陣幕しかないですよ?!
曹操さんのところに確かに落ち着いた雰囲気を持った曹仁さんがいますけど、王平さん好みの年齢じゃないですし、絶対気のせいでしょう!
それに今から力合わせて戦おうとしてるのに、問題起こすわけにはいきませんから!」
俺がそう叫べば王平さんはさらに目を輝かせ、なんかさらに火がついたように燃え上がってるんだけど?!
「曹仁! その名前に私の勘が『それだ!』って告げてるーーー!
何が何でも、連合中に会ってやるぅーーー!!」
『そうはさせるか!』と叫びかけたその時
「あらん、ご主人様。
お疲れ様、王平ちゃんのせいで疲れた体はあたしが優しく癒してあ・げ・る」
耳に吸い付くような声が俺の耳元で聞こえた時にはすでに遅く、俺の体は突然浮き上がる。
見覚えある三つ編みと、見たくもないような筋肉ムキムキな体が光り、俺は血の気が下がるという言葉の意味を身をもって理解した。
「嫌だあぁぁぁぁーーーー!!!」
俺が叫んで運ばれていく様子を嬉しそうに笑って見送る王平さんの顔を、俺は一生忘れない。
時間軸的には『再臨』の沙和視点の少し前になります。