1,始まり
書けました。
そして、何度も書きますがこれは新作ではなく、『魏国 再臨』の白き使い視点です。
『黄巾の乱』編からの開始です。
それ以前は希望があったら書きたいと思います。
突然、ここに放り投げられた俺にとってこの世界は、ただの歴史の彼らが女の子になったとしか思っていなかった。
彼女たちがあまりにも可愛くて、俺を無条件に慕ってくれること。
俺が『白き星の天の使い』という特別な存在であるということで、忘れていた。
関羽の死も、張飛の結末も、劉備の未来も、全部から目を逸らしていた。
人が生きていることを忘れて、命を見ようともしない。
全てが自分の世界と違うことをわかっていたのに、まるでわかってなんかいなかった。
俺は何も、本気で考えようとしていなかった。
冷静に考えればおかしなところはいくつもあって、俺はただ臆病な気持ちを隠して、家族と離れた悲しい気持ちを誤魔化して、浮かれていただけなのかもしれない。
俺は何一つ、自分で選んでなんかいなかった。
ただ『白き星の天の使い』に頼って、状況に流されて、生きることに必死なふりをして、自分で選んでいるつもりだっただということを、彼に会うまで自覚することを避けていたんだ。
あの日、曹仁さんを愛紗が傷つけたという罪に対する俺と桃香に下された罰。
それはたった一本の火矢を発端として、兵たちが死んでいく姿を見る事だった。
一本の火矢が高く重ねられた食料に刺さり、それは油か何かでもかかっていたのか異様な速さで火から炎へと移り変わる。
初めに気付いた者がいた時にはすでに遅く、炎はまるで意志を持っているかのよう広がり混乱している者たちへと襲いかかる。
そして、その混乱を待っていた曹操さんの合図によって、矢が雨となって降り注いでいく。
成す術もなく、火達磨になる者。火を消そうと行動し、矢の雨によって射殺されていく者。命からがら門へと逃れた者も、門のすぐ近くの草むらに待機していた兵によって斬り殺される。
崖の上にまで聞こえる悲鳴、互いに殺しあう者たちの怒号。
遠目からでも見えてしまう人が人を殺すという光景に、俺は腹の底からこみあげてくるものを必死にこらえていた。
隣を見れば俺と同様に辛そうにして、その目に涙すら浮かべる桃香の姿があった。
「う・・ぁ・・」
「・・・ひどい」
「・・・・酷い、ね」
そんな俺たちの発言に対して、曹操さんの呟きに重ねるように曹仁さんは俺たちが目を逸らしかけた光景を指さして言った。
「その命を奪っている関羽殿を、二人は恐れるのか?
この策を立てた孔明殿を、二人は『人でなし』と罵るのか?」
その言葉に俺は、頬を叩かれたような衝撃を受けた。
そうだ。あそこには、俺が今恐れている場所には愛紗が、愛羅が、鈴々が、朱里が立ってる。
その手で命を奪って、自分が死ぬかもしれないという恐怖を戦って、それでも・・・ あそこにはみんながいる。俺が仲間だと呼んで、真名を呼んでいるみんながあそこで戦ってる。
俺は何をしてたんだ?
俺は一体、何を見てたんだ?
どこを見てた?
「多くの命を奪い、己の命をかけてまで大切なものを守ろうとする『将』を。
人の命を奪うことを前提に策を立て、その未来を描こうとする『軍師』を。
『王』の理想のために、あそこで多くの責任を背負って立っている者たちがしていることから、お前たちは目を逸らすのか?」
「「?!」」
俺はそこで初めて、目の前に広がる大陸を、そこに生きる人を、戦乱を目にした。
俺の隣に立つのは劉備、人徳で三国を争った蜀の王。
俺の前に立つのは曹操、その才知と権力で魏を作り上げた覇王。
そして、俺を今目覚めさせたのは、史実にもいながら、俺と同じ天の使いである曹仁。
「でも・・・・ 違うんだよな」
「ご主人様・・・?」
俺と同じように曹仁さんの言葉を受けて、何かを思ったんだろう桃香は辛そうにしている。
そうだ、彼女は劉備であり桃香だ。
優しくて、人の涙が嫌で、困ってる人を見捨てられない。そんな笑顔が素敵な女の子。
見ていたのに、知ってたのに俺は何も見てなんかいなかった。
俺はその場で、思いっきり自分の頬を張った。
「俺さ、桃香。
きっと、全部から逃げてたんだよ。怖くて、悲しくて、辛くて、でも・・・ みんなに会えたことがそれを誤魔化してくれるくらい、嬉しくて」
俺は彼女たちに、笑顔を貰った。
投げ出された世界で『ここに居ていいんだ』と、思わせてくれた。
だから俺は、目を逸らした。
そんな情けない俺の手を桃香はとって、支えてくれる。
「それは、私も同じだよ。ご主人様。
私だって、何にも見ようとなんかしてなかった。みんなに頼って、そこに居ただけの私だった。
でも、それは間違ってたんだよね」
そう言って俺たちが目を向けた場所には、戦いから決して目を逸らさずに立つ曹操さんと曹仁さんの背があった。
勇ましい武人と、覇王となる者の姿がそこにはあった。
「曹操さんたちは凄いね、いろいろなことを知ってて、私たちとは違っていろいろなものを背負ってる。
絶対に軽くなんかなくて、綺麗なことばっかりじゃないのに、全部あの背中に背負ってるんだね」
桃香の言うとおりなのだろう、既に土地を持って統治し、今もこうして部下がしていることから目を逸らそうとはしない。
その背中には見えない多くのものを背負っていて、でもそれを降ろそうとはしない。そしてそれは、一人じゃないから背負ていることを密かに結ばれている二人の手が語っていた。
「・・・・俺たちは、あぁはなれない」
そう、俺たちは何もかも違う。
同じ天の使い、同じ三国の王となる者の傍に居て、彼はあんなにも覚悟を決め、何かを成し遂げようとしている。
「でもさ、桃香。
俺たちは俺たちになろう。
二人でこれから、一歩ずつ歩いていこう」
桃香の手を取って、しっかりと立ち上がる。
俺たちの始まるは、出会った時でも、桃園の誓いでもない。ここからようやく始まる。
「二人じゃないよ、ご主人様」
桃香の言葉に俺は思わず、首をかしげるとその頬をつねられた。
「今まで私たちの代わりに多くを背負ってくれた、みんながいるもん。
今度は私たちもみんなと一緒に背負おうよ」
「あぁ、そうだな」
互いの手をしっかりと繋いで、怖くても確かに一歩ずつ歩いて行こう。
何も知らないでいることは、何も見ないでいることは、ここで終わりだ。
最初は不恰好かもしれないし、何度も何度もみんなに迷惑をかけるかもしれない。けど、今より前へ、今日よりもほんの少しでもマシな自分になりたい。
曹操さんたちみたいになれる自信はないけど、俺たちなりの立ち方で少しでもみんなに恥ずかしくないように立ち上がろう。
そのための第一歩を、俺たちは踏み出さなくちゃいけないんだ!
「危険すぎます!
大体、その作業方法に関しても、あの者が本当のことを言っている証拠はないでしょう!」
「愛紗さんの意見に賛成でしゅ!
いくらなんでも、死体の処理の現場に立つことは危険すぎます!!」
愛紗と朱里は猛反対、だけどこれは覚悟していたことだった。俺たちを一番に守ってくれている二人なら、そう言ってくることは目に見えていた。
「まず、愛紗。
曹仁さんがとった火葬っていう手段は、俺のいた天の世界では当たり前に行われているんだ。
それに曹仁さん自身が言っていたことだけど、土のことや賊を生まないための手段としてもあれ以上の方法はなかったよ」
技術的な違いや火葬が行われている理由まで、天の世界と同じだと断言はできないけどあの人なりの考えがあって行われた。
そして、それは戦死者を思っての行動でもあったのだろう。
「それにね、愛紗ちゃん。朱里ちゃん。
私たちは何も知らなかったことを、さっきようやくわかった。
みんなに責任や、その命の重さを押し付けて、ここまで来てたの。だから・・・ 私とご主人様、二人で決めたの」
そう言って互いに目を合わせ、頷く。
俺たちはその場で深く、頭を下げた。
「俺たちが背負わなくちゃいけないものを、みんなに背負わせてごめん」
「何も知らないでいて、ごめんなさい」
「「だから俺たちに、どうかその責任を背負わせてくれ」」
二人で決めていた謝罪の言葉、どうしても俺たちは謝らなくちゃいけなかった。
これは俺たちがしてしまったことへの罰、俺たちがこれから行動を持って返さなくちゃいけない罪。
「「ですが・・・・!!」」
まだ反論しようとする二人に対して、言葉を割り入れたのは予想外の二人だった。
「我が姉と我らの軍師殿は、どうやら主二人の護衛をすることに自信がないらしいようですな。鈴々殿」
「そうみたいなのだ! なら、愛羅と鈴々がやるのだ!!
鈴々たちなら二人を守ることなんて、余裕なのだ!」
二人は互いに目を合わせて得意げに笑い、立ち上がって俺たちの手を伸ばす。
が、驚いたのはそこだけじゃない。あれほど真名で呼ぶことを断り続けてきた愛羅が鈴々のことを、真名で呼んでいたのだ。
この共同戦線で思うことがあったのは、俺たちだけじゃないらしい。
「そ、そんなことは言っていない!
だが、お二人にもしものことがあったら・・・・!!」
「お二人はそれすら覚悟の上のご様子、我ら将がその意志を尊重せずにどうするのですかな? 姉上」
「朱里、一緒に行くのだ。
みんな一緒なら、なーんにも怖くないのだー!」
愛紗をたしなめるような言い方の愛羅も、難しいことはわかっていなくてもわかってる鈴々も、これまでになかった光景がそこにはあって、その変化を確かに俺は感じていた。
「・・・・わかった。
ご主人様、その方法を教えてください。兵の皆にも広めますので」
「あぁ、この書簡なんだ。
同じものを書いて、配ってもらえないかな」
「それは私がやります!
力仕事は役立てませんから、やらせてください!!」
俺が曹仁さんに貰った書簡を出せば、いの一番朱里が名乗り上げ、その内容を見て目を開いて驚いていた。
そう、そこに書かれていた火葬の方法はあまりにも丁寧で、死体すら思いやった方法が書かれていた。確かに使える武器や鎧は使うが、相手の名が掘られた者等には一切手を付けることを禁止し、斬られた腕や足すらも丁寧に拾って火葬するものだった。
「朱里は方法を指示して、愛紗は現場の指揮。
愛羅と鈴々は俺たちの護衛をお願いできるかな?」
「みんな、指示に沿って丁寧な作業をお願いね。
私たちも頑張ってやるから!」
「「「「はっ!」」」」
俺たちはそうして、死体処理の作業を開始した。
作業は決して楽なものじゃなかった。
多くの兵との共同作業、いつ死体の影から潜んでいた敵兵が襲い掛かってくるかわからない恐怖。
黒く焼け焦げた死体、斬り殺されて血まみれの死体は抱えるどころか、見ることも拒みかけた。そして何より、そうした死体の中には数は少ないが俺たちが話したこともある兵もいて、俺は口から出しかけたものを堪えるのに必死だった。
けれど、俺の隣には同じように青い顔をした桃香が頑張っていた。それだけじゃない周りの兵も、それは同じだった。
誰も彼もが同じ思いを抱いて、生きている。
それはきっと、俺が担いでいる死体もそうだった。
家族が居て、生きていたくて、方法がなくて最後に縋り付いたのが黄巾というものだったんだろう。
「畜生・・・・」
自然と涙が零れてきて、言葉が漏れる。
俺が見ようとしなかった命、現実、人の思いが今になって胸に刺さる。
「俺・・・・ 変えたい。
こんな戦いをこの大陸からなくしたいよ、桃香」
これが初めての思い、俺がこの大陸を変えたいと思った瞬間だった。
少なくとも俺の周りに戦争はなくて、誰もが学べる環境、飢えることを知らず、ただ日々を意味もなく俺は天の世界で生きていた。
それがどれだけ幸福なことかも知らないで、俺はその当たり前を享受していた。その平和がどんな方法で保たれているかも知らないで、それをいいと思って日々を無意味に過ごした。
「俺、頑張るよ。もっといろんなことを知って、どうすればいいかを考える。
だから、桃香。これからも俺と一緒に歩いてくれないか?」
「ご主人様・・・・ 当たり前だよ!
私もこれから頑張るから、これからもずーっと一緒に歩いてね」
互いの手を泥と血で汚しながら、俺と桃香は誓いあう。
それはまるで告白のようで、俺たちは互いの手をしっかりと取りあった。
あの後俺たちは、曹操さんに皇帝の血族の証である『靖王伝家』と『白き星の天の使い』の証ともいえる白い衣を渡した。
あれがあの時の俺たちに出来る誰も失わずにできる最善の行動だったと、今も信じている。だけど、曹操さんはそんな俺たちを見て言った言葉は予想に反するものだった。
『白き衣と王家の剣はあなた達がこの名に相応しくなり、必要となるその時まで私が預かっておきましょう」』
それだけじゃない。曹仁さんの答えも、俺を驚かせるものだった。
「あんたは、天の歴史を知っているんだろ?
どうして、そうしていられるんだ? 何で・・・・」
歴史を知っていながら、確実に敵になる俺たちにどうしてここまでよくしてくれることも、どうして曹操の下でそうしていられるのかが、俺には全然わからなかった。
それなのに彼は、そんな俺へと笑みを見せた。
「なぁ、北郷。
お前にとって、関雲長とはどんな存在だ?」
「えっ?」
突然の問いに俺はおもわず戸惑い、聞き返してしまう。
愛紗? そりゃとっても可愛くて、ちょっと融通がきかないところがあるけど、仲間や妹思いで、みんなを支えてくれる。可愛いものが好きで、だけど顔が怖いから怯えられることをちょっと気にしてる可愛い女の子。
「直情的ではあるが仲間思い、武は強くともそこに居るのは、一人の女性じゃないのか?
俺にとっての曹孟徳という存在は強く、気高く、まさに覇王の名に相応しい存在であると同時に・・・ 寂しがり屋で、意地っ張りな、誰よりも大切な女の子なんだよ」
まるで宝物を人に自慢するみたいに彼は幸せそうに笑っていて、たった数日の間に彼が如何に人を見ていたのかを思い知る。
その言葉から溢れるのは、大切な人への思いだった。
「俺は好きな女の子の前で少しだけ、胸を張りたい。
ただそれだけのことに、こんなに必死なのさ」
そう思う気持ちの根本にあるのは天だろうと、ここだろうと関係ないちっぽけな、それでも誰にも譲れない男の意地。
今の俺にもなんとなくわかる、幼い子どもでも持ってるものだった。
あんなにも勇ましく見える人の守り、戦う理由。
それは彼女たちを『守りたい』という、些細で切実な思いだった。
「・・・・そうか。
あぁ! 俺も愛紗たちの良い所ならいっぱい知ってるんだ!
どんなに魅力的で、素敵な女の子なのかをさ!!」
俺の戦う理由・・・・・ それはきっと・・・
「「「ご主人様?!」」」
口を塞ぎにかかってくるみんなの笑顔が見たくて、そんな笑顔が大陸いっぱいに広がればいいと思ったからなんだろうなぁ。
俺と同じようにからかわれていたらしい曹仁さんは背を向けて走り出し、俺はその背中に声をかけた。
「俺も頑張ってみるよ!!
頑張って、みんなと一緒に並んでも恥ずかしくないくらいにはなれると・・・ いいなぁ」
「『なれるか』じゃない、『なるんだ』!
俺だってまだその途中だけどな!!」
あの時の彼の姿を思い出し、俺はあの背に追いつかなきゃいけないと思ったものだった。
「執務もせずに、これまでの思い出に浸る余裕があるようね。
林鶏、喝をいれておあげなさい」
「コケッ!」
そんな俺の額に見慣れた鶏が嘴を突き立てて・・・・
「いってえぇぇーーーー!!」
血が噴き出す額を押さえながら、飼い主である彼女を軽く睨むが逆に冷たい視線で睨みつけられた。
「ずいぶん余裕があるようね? 北郷。
劉備殿も休憩の頻度が高いようだし、定期的に私が勉強会を開いた方がいいのかしらね?
あの体型的も、趣味も残念な子も交えて、ね?」
冷たく光り彼女の目と、同時に打ち鳴らされる右手の杖。
・・・・ワーイ、俺終了のお知らせ。
「嫌だあぁぁぁーーーーー!!
もうあの勉強会は嫌だーーーー!」
「あなたに選択の余地はないわ。
さぁ、行きましょうか」
そうして俺は朱里と桃香と共に、彼女の地獄の勉強会へと連行された。
最後に出てきた彼女と、彼(?)に関しては次話にて明かされます。
こちらも董卓連合までの話は考えてありますので、次話を楽しみにしていてください。
感想、誤字脱字お待ちしています。