はじまりのはじまり
血は出てきませんが、事故の処置のシーンがあります。・・・苦手な方ゴメンナサイ。
私は、夜勤を終えて帰宅の準備をしようと詰所をでた。
「ああ、中野さん悪いけれど帰る途中で良いから、これ急外に返してくれる?」
使うからと取り寄せた器具が不要になったからと師長にことずけられた。ロッカーに行く途中だから良いですよと荷物を受け取りERへむかった。
ERは喧騒の真っ只中だった、
「中野さん!よい所にきてくれたわ手伝って!!!!」
構内を出たところで事故があり、巻き込まれた歩行者が心肺停止状態で運び込まれたらしい、ホットラインは鳴らず、救急隊の独自の判断で搬入してきたので、人手がないとのことだった。
「右側から軽自動車に当たられてます。そんなにスピードは出ていなかったようですが、当たるまで運転手は気づいてなかったようです。最初呼吸は浅かったですがありましたが、右の呼吸音が減弱していました、腹部の打撲痕、骨盤の痛みが見られました、そのうち呼吸状態がおかしくなったので補助換気をしたら、急にバックマスクの抵抗が出て心肺停止になって。」
若い隊員の説明を聞きながら彼は、患者の視診、触診、聴診、エコーの検査を手早くしていた、
「竹沢、ルートとって、取れなかったら骨髄路で良い。本田、右緊張性気胸だ緊急脱気しろ場所分かるな?右側だぞ。 婦長さんオペ室に連絡してくれますか?右側から軽自動車に当てられ、骨盤骨折、腹腔内出血の可能性の患者がいる。カテも同時にするって、止血がいるって、腹部外科と整形にも同様に伝えてください。念のために胸部外科にも声かけて必要だったら呼ぶって言っといてください、血型調べて血を手配して下さい、本田脱気出来たか?出来たらオペ室に移動。」
次々と指示を出しながら、研修医の手元を見ながら処置を一緒におこなっていた、でも、私は、処置台に乗せられたその若い男の人と12年前の思い出とが重なって足がすくんで動けなかった。
そんな私を見て奴が叫んだ、
「中野!ガウンつけて手伝って」
でも私は動けなかった。
「美香!!お前の職業はなんだ!!」
こちらを、まっすぐな瞳で見ている奴を見つけて、私はわれに帰った。
「そうかん準備します。」
頼む、と奴に肩をたたかれ、私は救急カートに向かった。
処置に反応し、患者はオペ室へ向かった、時計を見たら、まだ此処についてから30分もたっていなかった。もっと過ぎていると思ったのに。
「助かったよありがとう。」
こちらに、笑顔を向けながら奴が向かってきた、その笑顔をボーと見ながら私の回りは、暗くなっていった。
「・・・美香・・」
ダレカガヨンデイル
「美香」
心配そうに覗き込んでいる奴がいた、ありがとう助かった、お前本当に外傷嫌いだよね、巻き込んで悪かったな? 彼に本当に済まなさそうに謝られた。当直室のベッドに寝かされていた。
「あの人・・どうなったの?」
「今のところ助かると思う、処置が早かったし。」
でもいきなり搬入は勘弁して欲しいよな?と彼は頭の後ろで腕を組みながら言った。そしてこちらに視線を向けていった。
「槇原教授にしかられた。」
「・・・? 」
「内科しか経験のない部外者に無理やり手伝わせて、患者増やすな・・って」
私は、ベッドの上に起き上がりひざを抱えて笑った。
「他に何か言われた?」
ううん・・まあ・・と歯切れの悪い返事を返した後、彼は 私の顔を覗き込みながら言った。 今日来るか・・・?と 無理にとは言わないけれども・・とも言った。
「ワイン ロゼ冷えてる?」
こちらを見てにっこり笑って、かって帰れば良いさ、僕が帰るまで仮眠してて?テイクアウトのイタリアンで良いか?ときかれて、私はうなずいた。
彼のマンションで、テイクアウトの夕食を食べながらワインを飲んだ。
「隣に座らないの?」
私が聞くと苦笑いしながら彼は、この前のことがあるから今日はやめとくと神妙な顔で返す。気にしてたんだ?と私が笑うと、当たり前だろう・・と真っ赤になって、向こうを向いた。
そんな彼の横顔を見ながら私はゆっくりとはなしはじめた。
「産まれたときからそばにいてくれたんだ。」
・・・え?と彼がこちらを見た。
「隣の、12歳年上のいとこのお兄ちゃん。中学2年の夏にプロポーズされて、高校卒業したら結婚する約束をしたの。でも結局、事情があって、16の誕生日に籍は入れたの。中野は彼の名前。私の旧姓は橘。」
・・・なんだそれ?ロリコン?下を向きながらボソリと彼が言った。
「うん、自分でも ロリコンだねって言ってた。でも、美香がもし他の奴に取られたら悔しいから早い目にマーキングするんだって言ってた。」
「優ちゃんはね、マッキーの下で働いてたんだ。だから、槇原先生とは何度もあってる。結婚式にも来てもらう約束していた。」
・・・彼は、下を向いたまま黙って聞いていた。
「籍は入れたけれど、卒業までは何もしないって約束だったのに、その夏に、旅行に誘われたの。けれど怖くていけなかったの。何もしないって言ってたけれど信じられなくて・・・終いに喧嘩別れしたの。」
・・・彼は下を向いて無言で聞いていた。
「彼が一人で出かけたその日、クラブ活動していたら、お母さんが来て・・」
両手を握り締めた、
「救急医してたのにね、自分が事故で死ぬなんて思ってなかったろうね。」
声が震える・・・涙が止まらない・・・。
「もういい」
いつの間にか隣に来た奴に息が止まるほど強く抱きしめられた。
「俺はそばにいる、どこにも行かない、俺じゃ替わりになれないか?」
アナタハオニイチャントハツガウ、ミカヲアタタメテクレル・・・アナタハアタタカイ・・・。
「・・・・・温かいね」
私の独り言で彼の腕にますます力が入るのを感じていた。抱きしめられたまま時間がゆっくり流れていった。
「・・・いいか?」
かすれた声で彼が聞いてきた。私は顔を上げずにうなずいた。
温かさに、ゆっくりと彼の重みが加わっていくのを、全身で感じていた。