明日のための今日
前半、ちょっと重い話です。
俺が、都と山本に話したいことがあると切り出されたのはそれからしばらくしてだった。人のいないところでとの意向だったので、俺のマンションに二人を呼んだ。
都が切り出りだした。
「優兄ちゃんのこと何処まで聞いてるの?」
「いとこで、婚約者で、医者・・・?事故で亡くなったって・・・。」
「亡くなる時の状況は?」
詳しくは・・・と俺は首を振った。
今更だとは思うけれど、・・・と都は語り始めた
「私と美香は高校で知り合ったの。私が美香と出会ったときは、もう優兄ちゃんと婚約していたわ。」
プロポーズは中学のときって聞いてたわ。ほんとは美香が卒業してから結婚する予定だったんだけれども、優兄ちゃんが、教授の娘さんに気に入られたみたいで、縁談を断りきれなくて、美香が16になったときにそれを断るために籍を入れたの。」
「・・・それで、何で何もされてないんだ?」
そりゃ、美香が躊躇してたから・・・・。
優兄ちゃんも男だからね。我慢できなかった見たいで、籍を入れた年の夏休みに強引に旅行を計画したたらしいの・・・美香は行かないって喧嘩してたわ・・・。卒業まで待って欲しいって・・。馬鹿よね、ついてけば良かったんだ。
泣き顔になった都を、山本が抱き寄せた。
後は知ってるとうりよ、一人で旅行に行った日に、信号待ちをしてた、優兄ちゃんに無免許の飲酒運転が突っ込んでいって・・・。
「そしてね、」
都は続けた、「優兄ちゃんは実は3週間生きていたの、多臓器不全で死んでしまうまで。」
救急の受け入れ病院が見つからなくて、初療が遅れて、脳死に近い状態だったらしいわ。
優兄ちゃんはドナーカードを持ってたの、だから、脳死判定をどうするかって話になって・・・。
でも美香がそれを受け入れられなくて、脳死判定は拒否して延命処置を希望して、あとはおきまりのコースよ・・・。
・・・多臓器不全を起こしたけれど、ありとあらゆる手を使って延命していたわ。結果はわかるわよね。
そして、美香は 3週間それをずっと見ていたの。
・・・手も足もすべてがパンパンに膨らんで、亡くなる時には、面影はなかったわ。それを、16歳のみかは全部見てて、それが全部、生きていて欲しいと願った自分のわがままのせいだと思ってるのよ。
「それだけ・・じゃないの」
都は続ける。
「お葬式が終わった後に警察が遺品を返してくれたの。」
「中に携帯があって、打ちかけのメールがあって、若い刑事が、そのメールを打っていたから自動車が突っ込んで来るのにきづかなかったんだろうって、美香に言ったのよ。」
「メールの文は、美香への謝罪だったわ。」
「それから、美香は変になったの。そのころの彼女の記憶はないと思うわ。」
正気になった彼女が、看護師になると聞いて、びっくりしたわ。
淡々と都は語っているが、その、死に際がどうだったかということは、容易に想像がつく。
「12年たっても終わらないのよ、美香はすべてが自分のせいだと思ってる」
「私は彼女に前を向いて欲しい。でも、私じゃ無理なの。」
「彼の存在を否定する僕でも難しいね・・・。」
都は、僕をまっすぐ見つめて言った。
「そうよ、あの子の存在は、優兄ちゃんごとよ!!」
後は自分で決めてと都に言われた。
同じ過ちは繰り返せないから、少し考えたい。・・・・と、俺は返した。
俺の覚悟の問題だ。
暫く休職し。体調の戻った私は元の職場に戻った。
3月がきて新しい年度になろうとしていた。
病棟師長が定年になった。
今日はそのための送別会だ。師長さんの関係者の集まる盛大なものになっている。あまり参加したくなかったが、都に気分転換!!と誘われて断れなかった。
・・・会場に、彼はいない・・・ほっとした反面、残念に思っている自分に、いやになる。
乾杯と、師長さんの挨拶が済んで時間もたって、ほろ酔い加減でいい気分になっていた。
最初の席とは少しずつ移動していたが、突然開いていた私の横に、ICUの看護師が座った。
「日置先生と別れたんだってね?」
・・・唐突な、発言に息を呑んだ。顔を見て思い出す、そうだ、しんをすきだってうわさを聞いたことがある。
「プライベートなことなので。」
私は言葉少なく答えた。都が私の様子に気づき、横に座った彼女を睨んだ。
でも、彼女はまったくひるむことなくつづけた。
「周りをあんなに巻き込んで、ドンだけみなに迷惑かけたと思ってんのよ?
子供が流れてよかったわね、なかったことに出来たみたいだし?」
身をすくめながら、黙って聞いていた。都が暴言に切れたようで「あんた・・」と低い声を出した。
お世話のなった師長さんの送別会に参加するために会場に向かった。仕事が終わらず遅れての参加となった。そっと会場に入りふと見ると、以前俺に付き合って欲しいと言ってきた子が美香に絡んでいるのに気がついた。そっと近づいて話の内容を聞いて俺は、まだ暴言を吐き続ける彼女の後ろにそっと立った。周りが俺に気づき息を潜めていたが当の本人は気づいていない。
そっと耳元に近づいてささやいた。
「それ以上はいわないほうが君のためだよ?」
振り返り、息を呑んで俺を見ている彼女に言葉を続けた。
「君は、勘違いしているみたいだから訂正しておくけれども?美香を俺が振ったのではない、俺が彼女に振られたんだ。無理やりに関係を持って、避妊して欲しいという美香の申し出を断ったのは俺。だって、子供が出来れば彼女を俺のものに出来ると思ったからね・・?」
でもね、・・・と俺は続けた。
「子供が出来ても、俺は打ち明けられてないし、むしろ別れを切り出された。恥ずかしい話俺もそこまで嫌われてるとは思わなかった。俺が恥ずかしいからこの話は終わりにししてもいいかな?」
にっこり微笑みながら、一生懸命言い訳をしようとしている彼女の顔を見ながら続けた。
「それと、恥ずかしい話だが俺は、まだ彼女に未練がある。美香を傷つける人がいたら許さないから覚えておいてくれるかな?」
黙ってうつむいている彼女の横に座っている美香を見た。
「・・でよう、付き合って・・?」手をひぱって有無を言わさずに、店を後にした。
繁華街を抜けて会話のないまま駅に向かって並んで歩いた。お茶でも飲むか?という俺の問いに美香が、公園の自動販売機を指差した。お茶を買い、ベンチに並んで座った。
「久しぶりだね、」
俺の言葉に、ごめん・・・と美香がつなげる。
「・・・?何か謝られることしたっけ?」
「だって、あれじゃあ全部あなたが悪いみたいじゃないの?」
俺はお茶の缶を銜えながら、事実だから・・といった。
「でも、妊娠にきずかず、放っていたのは私の責任よ。もっと早い時点できずいていたらこんな大騒ぎにはならなかったわ。」
「でも、君の意向を無視して避妊しなかったのは俺の責任だ。この次のときは気をつけるよ。」
にっこり笑って彼女に手を伸ばす僕の手をよけながら、美香が複雑な顔をして続ける。
「この次の人には、そうしてあげて・・?」宙にういたまま行き場のなくなった俺の右手をよけながら美香は立ち上がり、そう続けた。
俺は、言葉を続けようと美香を見上げた、美香は俺の目を見て言った。
「私の心は私のものなの。優ちゃんは私のそばに生まれた時からずっといてくれた。その想いは何があってもなくならないの。」
・・・だからごめん・・・。お茶ご馳走様。そういい残して去っていく彼女を俺は黙って見送るしか出来なかった。