明日のためのいま
「日置先生どうされたんですか?」
指導中の山崎医師が声をかけてきた。今年入職したての彼女の指導を現在任されている。まわりの、事情を知っているらしき医師が息を潜めてこちらを伺っているのが分かる。
「急外でかかわった患者が、ICUに入る予定だからここで待とうと思って。」
「先生、私が言っているのはその顔のことです。冷やさないと・・・・。」
彼女の手を振り切って、奥に設置されているソファーに座り込んだ。僕の拒否にあいそれ以上彼女も何も言ってこなかった。
時間が過ぎるのが遅すぎる、オペはまだ終わらないのか、という不安とともに、美香の強さを信じたいという思い、彼女が死んだらどうしようという思いがぐるぐると自分の中を駆け巡る。
どのくらい時間がたっただろう。婦人科の同期の医師が僕を探して来た。
「日置、喋れるか?」
人の少ない場所に移動する
「出血量は3000~4000ml、左の卵管破裂、右は異常ない。ただ、」
「どうも、出血が始まってから、しばらく放置されていたらしく、全身状態が悪い。レベルも改善が見られないし・・・。困っている。今のお前に発言権・・・無いよな・・?」
発言どころか、面会も拒否されるだろう、情けない。
「あとは、神様の領域だ・・・。すまんな。大丈夫とはいってやれなくて。」
控え室で待つしかないか?戻ろうとした俺に誰かが声をかけた、振り向くと都がいた。
「何で、こんなことに・・・。」
ごめん、と俺がつぶやくと都は答えた。
「あんただけのせいじゃないって、無責任にたきつけた私も悪い。」
このまま美香が戻らなかったら私たちはお互いを一生許せないわね。・・・頭を抱えながら都が言うのを聞いていた。
気がつけば、夜も更けていた、医師控え室に詰めている医師の数も減ってみんなそれぞれの場所に散っていく。ソファーにもたれてICU内にいくことも出来ず。帰ることも出来ないで俺はじっとしていた。
「日置先生?」
声をかけられて顔を上げるとICUの師長が見えた。
「家族の方は帰られました。逢っていかれますか?」
病状が不安定な担当患者がICU入室してる時に、話を良くしていたため、それなりに親しい。僕の事情もうわさもしっているようだ。
「・・・・入ってもいいんですか?」
「先生は、ここのお医者さんでしょう?初療にかかわった患者さんのフォローお願いします。」
美香の寝ているベッドに近づいて彼女を見た。状態が安定しているとはいえ、皮膚色は青白い、寝ている様に見えるが、レベルが戻らないのが心配と担当医が言っていた・・・。
俺はゆっくりとベッドに近づいた、そしてベッドサイドにひざまずき美香の手をそっと握り、その手を自分の頬に近づけて美香の体温を感じた。そしてその手を自分の唇に近づけた。
「・・・ゆうちゃん・・・・?」
美香がぼっとした目でこちらを見て微笑んだ。俺は声がでなかった・・・黙って美香を見つめていると彼女はうわごとを続けた、薬の影響か、ろれつも回っていない。
「美香ね、とっても怖い夢を見たの、ゆうやんが死んじゃう夢・・・。おかしいよね?美香おいてさきに死なないって約束したものね??ちゃんと籍も入れたし、本当のお嫁さんにもしてくれるものね?」
彼女に覆いかぶさり、軽く抱きしめる。
「大変な目にあってるのは美香のほうだよ?僕は何処にもいかない。ずっとここにいるから安心して、眠りなさい。」
「ゆうちゃん、大好き。何処にも行かないで。ずっと美香を抱きしめていて。いつも怖がってごめん。」
婦長の許可をもらい、その日は朝まで手を握っていた。職権乱用かもしれないがかまうものか。
それから毎晩彼女の様子を伺いに行き彼女の寝顔を見て帰った。
一般病棟に移って、都にひどく怒られた。2週間もICUにいたなんて・・・。ICUでは状態が悪かったので怒るのを我慢していたという都の言葉に平謝りに謝った。おまけに、母と叔母に、今度からは必ず相手の男に使ってもらいなさいと四角い箱を渡されて、ためいきしかでない自分がいた。
「優ちゃんがきてくれたの・・・。」
都が面会に来たときに、何とはなしにいった。
「赤ちゃん産みたかったな・・。」
ほんで、誰と育てるの?どうするつもりだったの?と都が窓の外を見ながら言う。
「う~~ん、優ちゃんと田舎の病院行こうねって言ってたし、どこか、田舎の診療所でのんびりと・・・・・。」
現実見ろよ?ほんま、優兄ちゃんもちゃんも何であんた置いてったかな?と、都にぶつぶつ言われた。
「うん、だからきっと私が育てられないと思って赤ちゃんつれてってくれたんだと思う。でもね、その時、美香を抱きしめてくれたもの。温かかったな・・・。
もう、いいわ・・・私・・・。ゆうちゃんは忘れられないって分かったし、こんなつらい思いもうしたくない」
私は一人で生きていくわ・・・。と私の呟きを都は窓の外を見ながら聞いていた。
赤ちゃん、産んであげたかったな・・・。涙が出てきた・・・。
「3交代要員が、一人欠員。」
「・・・・?」
突然の都の、発言に怪訝な目を向ける。
都は真っ赤になって、泣きそうな顔をしながら私に言い放った。
「子宮外妊娠の発生率は、全妊娠の1%」
「・・・・・・・・・・・・?」
「万人に起きるときは起きるのよ!!それよりも、私にとってあんたが働けないのが問題!!いつ復帰できるの?1%の偶然の出来事は出来事。それはもう過去の事実よ!!私たちには人員確保という大きな問題が待っているのよ。早く肉体を治して、復帰して!!それがあんたの使命よ!!!」
都、あんたって相変わらずめちゃくちゃね・・・・?感傷にも浸らせてくれないの・・・。と笑いながら私が言うと。
「そうよ、当たり前じゃん!!鬼の管理職だもん!!私たちは過去を歩んでんじゃないわ!!未来に向かってあるいてんのよ!!そして、私にとって大事なのは、そのことをもって今どうするかだわ」
わかった!?・・・彼女はそういい捨てると、仕事に行くわ!!とドアの向こうに消えていった。
「・・・ありがとう。」ドアの向こうに消えた都につぶやいた。
都がドアをでて、詰所に戻ろうとすると、日置が廊下の壁にもたれて座り込んでいた。
「・・・・・何してんのよ、ヘタレ・・こんなとこで、サボってないでよ?今日のリーダーが明日の検査の指示がまだないって、困っていたわよ。」
「・・・俺のせいだ・・・。」
都は、壁にもたれてうずくまっている、日置の胸倉をつかみ低い声で言った。
「・・・・そうよ、あんたのせいだわ・・・。そしてあんたなんかに、美香を預けた私のせいでもあるのよ。 でもね、もしあんたたちがうまくいっていたとしても今回は1%の確率の出来事だわ、今回のことがなかったって赤ちゃんは生まれてこなかったかもしれない。」
手を離し彼の目を見て都は言った。
「私があなたに希望することは、今度好きな女を抱くときは、結婚してないなら避妊しろって事だけよ。そして、こんなことでうじうじ悩んで終わった過去にこだわるよりも、自分の今すべき事を考えろちゅーんじゃ!!悩むっていうのは、あんたが事実から逃避するためにしてるだけじゃないの?」
ばかたれ!!都はそうはき捨ててさっていった。
「・・・・大丈夫か?」
いつの間にか日置の横に立っていた山本が聞いてきた。
「お前の彼女、すごいな・・・。」頭を抱えながら日置が答えた。
「うん、いつもやり込められている。」苦笑いしながら、山本は日置にかえした。
「でも、あいつの言うことはまっとうだと思うよ。俺たちが生きてるのは、今なんだから・・・。お前はどうしたいの?」
小さな、掠れた声で日置は山本を見つめながら答えた。
「美香に謝りたい。」
「許されて、終わりにしたいのか?」
美香のネームプレートを見つめながら山本が無表情で聞いた。
「・・・・それでは、単なる自己満足だよな?」
日置は下を向いて再び頭を抱えて山本に答えた。
山本は、ネームプレートから日置に視線を移した。暫くうなだれる日置を見た後、日置の質問には答えず少し笑って、初期治療した患者の様子を見てくると言い残し、病室に入っていった。
日置が美香がその後10日ほどしてから退院し自宅療養すると人づてに日置が聞いたのはその10日後だった。
美香が退院するその日病室の前まで行ったが、結局日置は病室には入ることが出来ずにその場を離れた。
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2/3 投稿し終えました。
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清水澄 拝