亡霊と現実と
暴力シーンあります。
「あんた最近調子悪そうね?」
都が私の顔を覗き込んで、心配そうに言った。
「・・・いろいろあったから。」
私の答えに、そうよね・・・。とだまる。それ以上聞いてこない彼女にほっとする。
どうするのか、決めきれないまま時間はたっていった。あの人のことだ、他人から聞いたら、きっと傷つくだろう。そして私の話を冷静に聞かず責任を取ると言い出すだろう、その事態だけは避けたい。一度話さなければ。私の口から伝えなければ。婦人科も早く受診しなければ・・・。気持ちはあせるが何一つとして具体的に進ませられない自分がいた。
・・・・ワタシハホントウハドウシタインダロウ・・・・
メールアドレスと、プライベートの電話番号は消去していた。
それに、私からだと判ったら出ないかもしれない。確実に会える方法を考えて、マンションの前で、彼の帰りを待った。
最近お腹が鈍く痛む。今日はそれがひどい・・・・。どんどん強くなる痛みに気分まで悪くなる。どうなっているんだろう?おかしい・・周りの景色が暗くなった。
・・・・・ユウチャン、タスケテ、ミカオナカガイタイ・・・・・・・・
病棟当直、ER当直、オンコールをこなし忙しさに埋もれていた。何も考えたくなかった。
ほぼ一月ろくに寝ず仕事をこなし、さすがに疲れたので、今日は帰宅する旨を伝えるために、ER担当の同期の山本のもとを訪れた。
「今日は帰るわ、呼んでもでないぞ。」
「帰らなければ、俺が言おうと思っていた。」よく休めよ・・・とつながる言葉にかぶせるように、ホットラインがなる。
山本が受話器を取る、隣の電話のスピーカーをオンにして、救急隊との会話を聞く。
「20~30代女性。マンションの前でうずくまっているのを住人が発見。目だった外傷は認められませんが、外陰部より出血があります腹部圧痛あり、腹部のぼうまん。頭骨動脈触知弱く、顔面蒼白、ショック状態です。バイタルは脈拍120回/分、血圧触診80・・・・・・5分で到着」
電話を取った山本が、取れそうならルートとって、急性腹症の原因が分からないので、輸液は、とうこつが触れる程度で生食で行って・・・と指示を出すのを聞いていた。住所は俺のマンションだ。
「帰りそびれたな?」
と笑う友人に、仕方ないよ、と返す。若い女性だよね外妊破裂だったらいやだな?と苦笑いしながら軽口を叩く。
行ってる間に、救急車が到着する。同僚が患者の様子を見ようと前に出て救急車の中を覗き込む。救急車から出てきたストレッチャーから真っ白の手が覗く。状態が悪そうだ・・やばいな・・・・
「・・・・・・!!日置!!!!」
山本の怒鳴り声が聞こえる、救急車から出てきた患者の顔が見えた。
「 っつ!!美香!!!!」
愕然とした、なんで?どうして?応援要請している山本の大声が響く。
「日置!!見に覚えは!!!」
「・・・・ある・・・・」
電話の向こうに、急性腹症、腹腔内出血の疑い。外妊破裂の可能性強いギネの医者呼んで!オペ室手配して、血液用意しろ・・と怒鳴ってるのが聞こえた。唖然と立ちすくむ俺に罵声が飛ぶ。
「輸液負荷でも血圧上がらない!!お前は医者か、単なる身内か!邪魔するなら出て行け!!」
そうかん準備して!介助よろしくお願いします。 ERの看護師に叫ぶと同時に体が動いていた。
オペ室に搬入し、山本に手をつかまれ、OPE見学用の部屋に連れて行かれる。OPEの様子をモニターで見ながら、彼は、ひどいな・・・と顔をしかめながらつぶやいていた。怖くて見ることが出来ない。
「・・・避妊してなかったのか?」
「出来たら、結婚できると、手にはいると思ってわざとしなかった。」
・・・・お前最低だね、とつぶやく声が聞こえる。本当に最低だ。
「・・・・別れたって聞いたけど・・・?」
「・・・俺から別れ話した、元婚約者に嫉妬して・・・。」
本当に最低、救いようがないね・・・。と言う呟きが聞こえる・・・。これが原因で美香が死んだらどうしたら良いんだろう。
美香が死ぬ?永遠に失うかもしれない、ありえない・・・・・。別れを決めたときと違った感情が心の中を駆け巡った。
「美香がいなくなったらどうしよう・・・」
俺のつぶやきに、こちらにびっくりした目を向けて、考えろ。と彼は静かに言った。
美香が、死んだら俺のせいだ。自分のわがままで、無理やり美香を自分のものにして、自分のキャパシティの問題ではなれた。頭を抱えてうずくまる俺に、山本は静かに言った。
「美香ちゃんは、自分のせいで婚約者が死んだと思っているんだろう?誰かが、自分の責任で死んだなんて感情を引きずって生きていくなんて、きついよな。その気持ちを、無理やりにこっちに向けて、忘れられないものを忘れろと強要して、挙句、してくれないと切って捨てたのか?まさか、避妊もしてないとはな?もし別れた後に出来ていたら、だれが育てたんだ?美香ちゃんの性格だと堕ろすなんて考えないだろう。」
たとえ産んだとしても、そんなキャパの狭い男と生活も出来ないだろう。?
・・・親友の、容赦ない言葉を聴きながら、俺は打ちひしがれていた。
「お前の独占欲は、亡霊にまで発揮されてたんだよな?美香ちゃんはお前に合いに行ったんだろうな。これからお前はどうするんだ?。」
今度手を出すときは、美香ちゃんのすべてを受け止める覚悟決めろよ・・?
自分の、狭量さがいやになる。美香が死んだら俺はゼッタイ自分を許せないだろう。美香もこんな思いを抱えながら、それでも俺のほうを向いていてくれたのか・・・。
いまさらのように、自分に対する美香の愛情を思い知る。
「山本先生」
ERの看護師がそっとこちらの様子を伺いながら、言った。
「患者さんのご家族のかたがお見えです。どうしましょうか?」
ありがとう、僕が話をするよ。山本は告げると、待合室に向かおうとした。
「・・・・一緒に行っても良いか?」
俺の言葉に彼は、ああ、初療にかかわってくれたしな・・・とこちらをちらりと見て言った。
待合室隣の面談室には、中年の夫婦らしき人が二組いた。白衣を見て背の高い痩せた男性が近づいてきた。
「父親ですが、娘の様子はどうなんでしょうか?」
山本が、自己紹介の後、到着時の様子、現在の状況、今後の予測されることを簡単に述べた後、詳しくは、婦人科の執刀医からもう一度ある旨伝える。少し背の低い小太りの男性がじっと俺のほうを伺っていた。
「こちらの先生は?」
山本が初療を一緒に担当してくれた医師である旨伝えてくれた。その後、俺は告げた。
「・・・・日置といいます。美香さんと親しくさせていただいてました。申し訳ございませんでした。」
いい終わるか終わらないかの内に、こちらの様子をじっと伺っていた小太りの男性が殴りかかってきた。
「おまえか、美香をこんな目にあわせたのは!!!美香から全部聞いている。結婚して良いかといいに来てたのに、何ですぐ別れるんだよ!!しかもこんなことまで起こしやがって!!最後まで責任が取れないのなら、中途半端に手を出すな!!!僕たちはすでに息子をなくしているんだ。もうこれ以上、もって行かれたくないんだ。」
泣きながら、のしかかられ殴られるままになっていた。抵抗なんて出来なかった。
ふっと、体が軽くなり目を開けると、男性はもう一人の人に。押さえられていた。
「初療対応ありがとうございました。」
その男性は、小太りの男性を後ろから羽交い絞めにしつつ、こちらを見ながら言った。
「甥が救急医だったので、救急での初期治療が命の予後を決める大切なものだと聞いていました。感謝しています。ただ、父親としては、美香に今後近づかないででいただきたいとお伝えしたい。こうなったのは、あなただけの責任でないことは分かっています。美香の自己管理が悪かったのでしょう。ただ、あなたの男としての行動は、親として、同姓として許せない。」
山本に手術が終わるまでどこで待たせていただければ良いですか?とその男性はきいた後山本に頭を下げ、こちらは見もせずに、待合室へと向かっていった。
「相手が、刃物持ってなくてよかったな?」
「・・・・・いっそその方がよかったよ」
救急外来で、あきれた顔でこちらを見ながら、山本は俺の手当てをしてくれた。
「・・・・かなり、腫れるぞこれ・・・。」
「いいよ、見せしめになるだろう?」
自嘲気味で言う俺に、ため息をつきつつまあ自分の尻は自分で拭かないとな?冷やせよ。といい残し山本は仕事に戻っていった。
美香のことが気になったが、あの場所に戻ってオぺを見学するのが怖くて出来ない、自分の中途半端さに自分自身であきれながら、ICUの医師控え室へ向かった。
救急隊と医師が直接話が出来るかどうかは、その施設、地域、によって異なります。
MC(メディカルセンター・救急隊の司令部)を通じてやり取りされる事が多いはずです。
・・あくまでも、物語と思って読んでいただけると幸いです。
また、医療関係の表現に関しては突っ込みどころも(かなり)あるとは思いますが、こちらも、あくまでも物語としてごらんになっていただけると幸いです。
(一応調べてはおりますが・・・。)
登場する医師、看護師の勤務体制も、(物語の一環として)現実とは少し異なります。
此処は看護師は2交替、3交替、の混合・・遅出、早出、がある感じ・・・?
医師は、自分の勉強のためならいろんなところを覗ける環境・・・?
そこまで突っ込む方もいらっしゃらないかもしれませんが・・・。(笑)
あくまでも、私の妄想の範囲と思ってください・・。
労働基準法は・・・無視・・・(すみません)