引き止めるもの
「それで、私になんと言って欲しいのかな?」
一人の部屋にかえるのがいやで、都の部屋を訪れた私はことの顛末を都に相談していた。
「・・・・・どうしたら良いんだろう?」
!!!!!あほかっ!!!都の罵声が部屋に響き渡る。ここは野中の一軒家じゃないんだから、もう少し小さな声で・・・・。そんな私の心の声が聞こえたのか、こちらをにらみつけながら低い声で都は言った。
「あのな、20、21、の小娘が”いや~ん♪彼に意味深なこと言われちゃった~ん♪”てのと訳が違うんだよ!!成人女性のクリスマスなんか、高値になるのはその当日まで!!!年末大売出し中のあんたが、買ってくれる奇特な人をここで見逃したらどうするの?我々には、新春大売出しは当てはまらないんだよ!!!あんたの後ろはがけっぷちなの!!!本当にわかってるの?いいやっ!!いっそのことこのまま腐ってしまえっつ!!!」
・・・そこまで言わなくても良いじゃない、と心の中でつぶやきつつ、目をそらしながら都に反論する。
「歳末大売出し中なのはあんたも一緒じゃないの・・・?。」
きっと、こちらをにらみつける都におびえて小さくなる。
「歳末じゃない!!年末!!私は今は結婚する気がないからいいの!!!」
分かったような分からないようなどっちでも良いようなよくないような、訳の分からない都の怒りに、私が悪うございましたと謝ってみる。
「ほんとに?!ほんとに悪いと思ってる?! なら!奴に今すぐ電話して指輪が欲しいと言ってみろ!!」
いやいや、その話 論点ちょっとずれてるし・・・。
「ずれてない!!でなかったら、奴が次に行けるように切ってすてろっ!!男は30からだって言うけれど、アイツは32じゃないか!!足掛け7年も振り回せば充分でしょう?!」
・・・でも付き合ってまだ半年だし・・・・。
「阿呆!!だから、自分が歳末大売出し中の身分だって言う事忘れるな!!時間は止まってくれないんだこうしてる間にも刻々と過ぎていくんだっつ!!ぐずぐず言ってる場合じゃないって!!!」
・・・年末じゃなかったの?やっぱどっちでもいいんじゃん・・・。
「うるさいわ!!!」
何で私の心の声が都には聞こえるんだろうという、私の驚いた顔に都は、あんたの考えなんて顔を見たらだだ漏れ出し・・・、とため息をついた。
「・・・・別れることは、考えてないんでしょう?」
都の言葉に私は返事が出来なかった。でも、このままじゃいけないことも分かっていた。
「けじめは・・・、つけないとね。」
都は、びっくりした目で私を見つめ、そしてため息をつきながら首を振った。
そして、その後私たちの間でそのことに対するそれ以上の会話は無かった。
翌日、都が会議から詰所に戻ると、ヘタレの友人の、ヘタレの彼氏が、ヘタレながら電子カルテに所見を打ち込んでいた。他に人影は無い、音を立てずにそっと後ろに立ち首に両手をかけた。びくっと肩が動き恐る恐る後ろを振り向く彼を見ていた。
「・・・・おまえ、それ、何の合図だ?」
横に腰掛けて周りを見回しながら、あなたに心情を表してみました。と都は笑いながら言った。そして続けた。
「聞いて欲しいことがあるなら夕食で手を打つわよ?」
・・・ああ、とカルテを見ながら彼は答える。
「昨日の今日で情報早いな?」
だってテレパシーでつながってるもん。という都の台詞をスルーして彼は、30分後西口駐車場と答える。
いや!正面玄関に迎えに来て。・・・という都の台詞に、お前どこの女王様だよ? じゃあ40分後正面なと、キーボードを叩きながら返す。
詰所の入り口から美香が車椅子のちいちゃんを連れて入ってきた。美香は今日は準深夜だ、それを見ながら都は少しあんたのへたれた彼氏借りるねと心の中でつぶやいた。
「うわ~~懐かしい車。まだこんなのに乗ってたんだ!!」
ぼろぼろの緑の軽自動車を見て都が声を上げた。
「・・・車まで手が回らなかったんだよ・・・。」
新婚用のマンション買ったものね?と都が茶化すように言った。
「・・・それに、買い換えるにしても、普通車にするか、ワンボックスにするか、悩んでいたし・・・。」
・・・だって家族が増えたら必要な仕様が代わるだろう? と続いた彼の台詞に、あんたって本当にけなげね。と都がつぶやいた。それなのに、あの年末大売出しは・・・。とボソリ。
「指輪は婚約指輪のつもりだったの?それとも単なるプレゼント?」
「・・・この年で、あの年で、いまさらだろう?」
という彼の答えに、そうでしょうね・・と都がつぶやく。
「まさか・・・・解ってないわけじゃないよな?あいつ・・?」
い~~え、いやというほど理解してましたよ。・・との都の答えに、それはそれで、へこむよな・・。とかれは答える。
「16年たす12年」
「・・・?」
あの子は16年優しいお兄ちゃんに”大事な大好きな美香”をすり込まれ、死んだ後も幻を見せられ続けたの。」
「・・・それに対して、たかだか半年の俺は分が悪すぎるってか?」
そうはいってないけれど・・・・・でもあの強力なすり込みは手ごわいと思うわよ・・・とやなことを言う。
「美香は、優ちゃんごとで美香なのよね」
意味がわからず、顔をしかめた。
「美香は美香だろう?亡霊が何を出来るんだ?」
あきれた顔で、都は俺の顔を見た。
「患者さんに対しては、気持ちを汲むのが上手なのに、当事者になると全然ね・・。それとも、嫉妬に目がくらんで目の前で何が起こってるかも見えなくなってるの?」
俺はいらいらしながら返した。
「何の事だ?」
都は淡々と続けた。あんたのキャパシティの広さに期待するわ・・・。と
「けじめをつけたいっていってたわ」
「それは?、・・・・何に対して・・・?、誰に対してだ?」
さあ・・・それが分からないから困ってるのよね・・。と都は言った。
・・・ほんとに分が悪い、亡霊とどうやって張り合えというんだろうか・・・。
もうすぐ新しい年が来ようとしているのに、彼女と俺の時間はまた動かなくなった。