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コンコン。
局長室のドアをノックする音が響く。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
撫子さんの声を待ってドアが開かれ、ひとりの女性が部屋の中に入ってきた。
シャキッと背筋を伸ばし、配達員専用の制服をカッコよく着こなすその女性は、わたしたちにも一礼して撫子さんの隣に並ぶ。
「お待ちしていました。みなさんにご紹介します。彼女があなた方を指導してくれる、郵魔の折鶴桜華さんです」
「よろしく」
桜華さんは見た目のクールな印象どおり、落ち着いた様子で軽く頭を下げる。
長い黒髪のポニーテールが桜華さんの動作に合わせて微かに揺れることすら、優雅に思えてしまう。
「入社三年目で、十八歳でしたかしら? まだまだお肌もツルツル、ピチピチで、水はじきもよさそうで、うらやましい限りですわ」
「……ピチピチなどと言うのは、おやめください」
ほんわかした雰囲気の撫子さんとは対照的な桜華さんは、呆れ顔で言い返していた。
撫子さんはふわふわのシルバーブロンドを揺らめかせながら、絶えず笑顔を浮かべているような感じだけど、年齢はちょっと想像がつかない。
ぱっと見だと二十代半ばくらいに思えるけど、局長という立場やさっきの発言内容から考えると、おそらく三十路を越えているに違いない。
それに対して桜華さんのほうは、落ち着いているからか、ぱっと見はやっぱり二十代半ばくらいに思えるのに、まだ十八歳だなんて。
雰囲気だけじゃなくて、実年齢も対照的なようだ。
……なんて口に出したりしたら、さすがの撫子さんでも雷を落とすかもしれないな。
「わたくしは今日、これからちょっと時間が取れませんので、あなた方の指導役は桜華さんに一任します。桜華さんの言うことを聞いて、しっかり実習プログラムをこなしてくださいね」
「はい、わかりましたっ!」
元気よく返事をしたわたしは、桜華さんにも、
「よろしくお願いします、桜華さんっ!」
と言って、深々と頭を下げた。
それに合わせて、ほゆるちゃんと現くんも同じように頭を下げる。
「ああ、よろしくな」
ニヤリ。
確かにクールで落ち着いた感じではあるのだけど。
桜華さんが微かにこぼした笑顔は、
なんとなく……、
わたしたちを小バカにした感じで、あざけりを含んでいるようにも思えてしまった。
ああもう、わたしってば、どうしてそんなふうに思っちゃうのよっ!
これからの二週間、わたしたちを指導してくれる、憧れの郵便配達員さんだっていうのにっ!
「それではわたくしは仕事がありますので、お話はここまでということにしましょう。みなさんは桜華さんと一緒に庭に出てくださいね」
『はいっ! これから二週間、よろしくお願いしますっ!』
はっきりと大きな声で答えるわたしたちに、撫子さんは優しい笑みを送ってくれる。
「ふふっ、やがてはこの郵便局で、ずっと長い時間ご一緒できるようになれたらいいですわね」
そんな撫子さんの言葉をお土産にいただき、わたしたちは局長室をあとにした。
☆☆☆☆☆
郵便局はそれほど広い敷地ではなかったけど、撫子さんが庭と呼んでいたように、建物の隣にちょっとだけ開けた場所があった。
朝にはそこで、局員全員参加の体操なんかも行われているらしい。
わたしたちが庭に向かったのは、最初の実習プログラム――飛行訓練をするためだった。
そして庭にたどり着いたわたしたちに向けて放たれたのは、指導役である桜華さんのこんな言葉だった。
「というわけで、さっき紹介されたとおり、オレがお前らを指導する折鶴桜華だ。言っておくが、ビシバシと厳しく指導していくからな。覚悟しておけよ!」
そう言いながら、どこから持ち出してきたのか、竹刀を地面に勢いよく叩きつけると、バシーンと大きな音を響かせる。
……さっきは局長である撫子さんの前だったから抑えていただけで、基本的にはこういう人なのね……。
自分のことを、「オレ」と言う桜華さん。
カッコいい印象なのは変わらないけど、ついさっきまで思い描いていたイメージとは百八十度変わってしまった気がする。
わたしが感じていた小バカにしたような雰囲気は、隠しきれなかった本質的な部分がにじみ出ていた結果だったのかもしれない。
これからの二週間、前途多難かも……。
桜華さんの豹変ぶりに、さすがのほゆるちゃんと現くんも戸惑っていたけど、それでもやるしかないと覚悟を決めているようだ。
ところで、現くんは男性だから、魔法のホウキに乗って空を飛ぶことができない。
参加願いの手紙にもあったとおり、現くんは配達員のサポート係としての役目を求められている。だからてっきり、わたしたちとは別々に指導してもらうのだと思っていたのだけど。
どうやら現くんも一緒に、桜華さんのもとで実習を受けるみたいだった。
「まずは飛行訓練からやるぞ。夢愛とほゆるは、真剣に飛べよ。手を抜いてるようだったら、容赦なく竹刀を振り下ろすからな! それから現、お前はそのあいだ、とりあえず自分の考えうる限りの方法で彼女たちをサポートしてみろ!」
スカウト実習の最初のメニューは、桜華さんのそんな命令から始まった。
竹刀を振り回しながら、桜華さんが怒号を響かせる。
桜華さんのなにやら体育会系な指導のもと、わたしとほゆるちゃんはホウキに乗って、郵便局の庭の上空を飛び回る。
そんなわたしたちに、現くんはちょっと恥ずかしがりながらも応援の声を送ってくれていた。
現くんはなんというか、部活のときとあまり変わらない感じだった。
桜華さんが望んでいるのが、はたしてそういうことなのか、よくはわからないけど。
でも今のわたしには、そんなことを気にしている余裕なんて、まったくなかった。
必死に飛ばないと、容赦なく桜華さんの竹刀が襲いかかってくるから……。
こうして、スカウト実習という名のスパルタ訓練は、問答無用でスタートを切ってしまった。