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夏休みに入ったわたしたちは、スカウト実習のため郵便局へと来ていた。
郵便局の中へと通されたわたしたちには、それぞれ制服が渡され、早速更衣室に入って着替えた。
もちろん更衣室は男女で分かれているから、現くんは、わたしやほゆるちゃんと違う部屋だ。
局員の制服は男性と女性でデザインが違っていて、下も男性はズボン、女性は長いスカートとなる。
もともと白を基調としたカッコいい制服になっているのだけど。
わたしとほゆるちゃんに渡されたのは、普通の制服とはちょっと違っていた。
つまりこれが、わたしたちが憧れてやまない配達員専用の制服なのだ。
綺麗な白い色調なのは変わらないものの、より優雅さを強調するように、ゆったりとした曲線美をたたえたデザインとなっている。
女子魔道部で使っている魔女服は、この配達員の制服をもとにデザインされたものだ。
これが本物……なんて考えると、それだけで鼻血ものの興奮を覚える。
さらには、配達員としての実習ということで、わたしとほゆるちゃんには魔法のホウキも渡された。
しっかりした作りで、毛先も綺麗に揃っている。
柄の握り具合も、初めて持ったのにピッタリとフィットする感じ。
部活で使っているホウキと比べると、ずっと高価なのが一瞬にしてわかった。
配達員さんがホウキを新調するときに、それまで使っていたものを練習用として残しておくらしい。
これはそういった練習用のホウキだった。
うわぁ~。このホウキ、実際に憧れの配達員さんが乗って、空を優雅に飛んでたんだぁ~。
そんなふうに考えたわたしは、思わずホウキにほっぺたをすりすりしたくなってしまったほど。
これからわたしたちは、このホウキに乗って大空を飛び回るんだ……。
両足を揃えてホウキに横座りし、白く清純な雰囲気の衣装を身にまとい、長いスカートを風になびかせながら空を舞うその姿を想像するだけで、わたしの心はポカポカと温まっていくようだった。
いそいそと着替えを終え、準備を整えたわたしたち三人は、局長室へと通された。
☆☆☆☆☆
「ようこそいらっしゃいました。わたくしがこの郵便局の局長、紙鳴峠撫子です。風間夢愛さん、時蒔ほゆるさん、水玉現さん、これから二週間、よろしくお願いします」
わたしたちは今、局長室の中で、撫子さんの前に三人で並んでいる。
「は……はいっ! ここここ、こちらこそ、よよよ、よろしくお願い、しますっ!」
緊張でガチガチになりながら、わたしは局長さんに答えた。
ああ、憧れの職場に、二週間だけの実習とはいえ、こうして立っているなんて。
そう考えただけで、わたしは天にも昇りそうな気分だった。
……実際、実習が始まったら魔法のホウキで大空へと昇ることになるはずだけど。
「時蒔ほゆるです。よろしくお願いします」
「水玉現です。このたびは実習にお招きいただき、ありがとうございます」
わたしとは対照的に落ち着いた様子のふたりは、しっかりと名前を名乗りながら答えていた。
「あっ……、わたしは風間夢愛ですっ!」
慌てて名前を名乗るわたしだったけど、
「はい、わかっておりますよ。夢愛さんは少々、落ち着いたほうがよろしいかもしれませんね」
いきなりのお叱りを受けてしまった。
しゅんとなって項垂れるわたしに、局長さんは笑顔を投げかけてくれた。
「ふふっ。そんなに硬くならなくてもいいですわよ。あっ、それと、この郵便局での慣例となっておりますので、みなさんのことは、下の名前で呼ばせていただきますね。わたくしのことも、撫子と呼んでください」
「は……はいっ、わかりました、撫子さん!」
まだ緊張は完全に解けていなかったけど、わたしは撫子さんの名前を呼ぶことで、ちょっとは落ち着けたような気がした。
「みなさんには、これからの二週間、郵魔の見習いとして活動していただきます」
『郵魔?』
撫子さんの言葉に、わたしたち三人が疑問符を重ねる。
「ええ。郵便配達員は魔女がその役割を務めるというのは、ご存知のとおりかと思います。ですから、郵便魔女さんを略して、郵魔なのですわ」
ぱーっと明るい笑顔を輝かせながら、説明を加えてくれる撫子さん。
「わたくしの提案で、今現在、強く推しておりますの。マスコットのYUMAちゃん人形も作っていただけるようにお願いしている最中です。これがそのデザインですわ。とっても可愛らしいでしょう?」
撫子さんは自慢げに、紙に描かれた落書き(失礼)を見せつけてくる。
『は……はぁ……』
わたしたち三人は、ただ曖昧に頷き返すことしかできなかった。
☆☆☆☆☆
撫子さんはしばらくのあいだ、「郵魔」という名称やマスコットキャラクターについて嬉しそうに語っていた。
でも、正直そんな呼び方なんて、まったく聞いたことがなかった。
撫子さんが提案してからまだ日は浅いみたいだけど、それでも全然浸透していないのは明らかだ。
さすがにそれを指摘するのも悪いだろうから、三人とも黙ってはいたけど。
ともかく、思う存分「郵魔」に対する思いを吐き出したあと、撫子さんは小さく咳払いをし、気を取り直して真面目な口調で語り始めた。
「基本的な部分からお話しますので、退屈かもしれませんが聞いてください。
みなさんもご存知のとおり、大気汚染や水質汚濁によって、今の世界は人が住める場所が極端に限られてしまいました。
それを解決するため、人は大空へとその生活の舞台を広げていきました。
確かに住める場所は格段に増えましたが、その反面、利便性という点においては我慢を強いられています。
とはいえ、それも仕方のないことと、諦めるしかないのかもしれません。地球がこのようになってしまったのは、わたくしたち人類の責任なのですから。
ですが、人間として便利な生活を切望するのは、ごく自然な流れと言えるでしょう。
大空を自由に飛び回る。人類にとって、それは恋焦がれてきた長年の夢。
その夢に、人類はついに手を届かせました。
もっとも、郵魔の使う魔法のホウキや、魔力を使って空を飛べる車なんかはお金さえあれば買えるようになりましたが、そもそも魔力を持っている人自体が稀です。
ですからあなた方は、その稀な存在ということになりますわね。
ともあれ、決して優れた存在というわけではありません。ごく普通の、一般人です。それを忘れてはいけません。
ただ、せっかく持って生まれた魔力なのですから、それを世の中の役に立てられるとしたら、とても素敵なことだと思いませんか?
……現さんは魔力を持っておりませんが、もちろん劣っているわけではありません。だからこそこうして、実習への参加をお願いしたのですからね」
そこまで一気に話した撫子さんは、一旦間を置き、さらに言葉を続けた。
「昨今は夢のない時代と言われております。
大空へと手を伸ばしたとはいえ、数十年前に比べると住む地域は狭まり、人口の減少も留まることを知りません。
人類には未来なんてない。そういった絶望的な説を唱える人もいるくらいです。
ですが、本当にそうでしょうか?
未来は確かにないのかもしれません。……多くの人が考えているように、本当に諦めてしまっていては。
諦めさえしなければ、未来は必ず開けていくはずです。そう信じることが大切なのです。
わたくしはそう考えています。
未来を信じるために必要なのは、穏やかな心。純真無垢な子供のように、素直で穢れのない心です。
今どき流行らないかもしれませんが、手紙というのは本当に素晴らしいものだと思います。
手紙にしたためた想いは、心を温めてくれる魔法のようなもの……。
そんな温かな魔法の詰まった手紙を通じて、たくさん人に夢をお届けする。それこそが、郵魔としての務めと言えるです」
わたしたち三人は声を挟むことなく、温和な雰囲気で語り続ける撫子さんの言葉を、心で受け止めていた。
憧れだけでここまで来てしまったけど、しっかりとした心構えを持って臨まなきゃ。
わたしは決意を新たにする。
「頑張ってくださいね、みなさん」
笑顔でエールを送ってくれる撫子さん。
続けてぽろっと、こんなことを口にした。
「……それにしても、スカウト実習は政府からも認められた制度ですが、お給料を払わずに実地訓練と称して仕事を手伝ってもらえますので、本当に助かるんですよね~」
え~っと……。
そういう本音は、隠したままにしてほしかったな……。