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テスト期間が終わると、部活動の禁止期間も終わる。
というわけで、わたしたちは夏休み前の暑い中、練習を続けていた。
……ちなみに、テストの結果については聞かないでおいてもらいたい。
一応、赤点→補習の最強コンボは免れた、とだけ言っておくけど。
わたしたち魔道部の女子は、みんな漏れなく郵便配達員に憧れている。
中学生を対象とした飛行演技の大会が毎年秋に催されるので、そのための練習も欠かさない。
そういった大会で目覚しい活躍をした生徒が、郵便局のお偉いさんに目をつけられてスカウトされる、というケースもあるわけだから、必死になるのも当然と言えるだろう。
夏休み中の部活動は基本的に自由となってはいるけど、大会のある部活はみんな、毎日遅くまで活動するのが普通だった。
わたしたち女子魔道部もご多分に漏れず、毎年夏休みも活動する。
しかも、休みに入る前と同じどころか、土日も含めて毎日の活動となるのだ。
「こらそこ! 気合いが足りないぞ!」
「は……はいっ!」
笹枝先輩からの叱責を受けながら、必死に飛び続けるわたし。
七月も終わりが近くなってくると、ただじっとしているだけでも汗が止め処なく流れ出る。
ましてや魔力をコントロールしながら空を飛んでいたら、まさに滝のような汗と言っても過言ではないくらい。
ともあれ、そんな汗をもある程度コントロールできるようにならないと、一人前の郵便配達員にはなれないらしい。
確かに、たとえ優雅な飛び方をしていたとしても、汗だくだったら見ているほうも暑苦しく感じてしまうもんね。
実際には、真夏だと仕方がないと考えられている部分もあって、飛行演技の大会は秋頃に行われることが多いのだけど。
とにかくわたしたちは、ひたすら魔法のホウキを操り、青く澄み渡った空を駆る。
優雅な飛び方をしながらも、速さを兼ね備えるのが優秀とされているため、魔道部のメンバーはこうやって日々練習に明け暮れているのだ。
「みんな~、頑張れ~!」
現くんがあんなにも必死になって応援してくれているのは、大会とかそういうのとは関係ないと思うけど。
きっと、ほゆるちゃんか笹枝先輩から、ごちゃごちゃと言われたんだろうな。
しっかり応援しないと、チアガールの衣装が待ってるぞ、とか。
それはともかく。
「二年生のふたり! 一年生の勢いに負けてる場合じゃないでしょ! もっとしっかり飛びなさい!」
『はいっ!』
笹枝先輩からの怒声に、わたしとほゆるちゃんは素直に返事をする。
先輩の言うとおりだというのもあるのだけど。
笹枝先輩はただ怒鳴って先輩風を吹かせているだけというわけじゃない。
わたしたちと一緒になって空を飛びながら、なおかつ、わたしたち部員四人の練習をしっかりと見てくれているのだ。
先輩の実力は折り紙つきで、指摘も的確だから、反論する余地なんてない。
だから一年生のふたりもわたしたち二年生も、笹枝先輩には絶大な信頼を置いている。
笹枝先輩がすごい実力の持ち主だという点については、のちのち語るとして。
わたしたちは先輩の指導のもと、一心不乱に頑張っている。
なかなか思うように大空を飛び回ったりはできないけど、どんどん上達していることは実感できた。
「慣れればそれだけコントロールしやすくなる。それだけのことよ。要は本人のやる気次第なの」
笹枝先輩は謙遜してそう言っているけど、教え方が上手いからこそという要因もあるのは間違いない。
「こら、足はちゃんと揃えなさい! それから横乗りのときは、ホウキをぎゅっと握るんじゃなくて、そっと手を添えるくらいにしておくこと! そうじゃないと優雅さが半減しちゃうでしょ!?」
「はい、わかりました!」
先輩の声が響くと、残りの四人の声も響く。
ギラギラとした強烈な日差しに照らされた校庭の上空で、わたしたちの練習は続いた。
わたしたちが飛んでいる下では、運動部の学生たちがそれぞれの練習を繰り広げている。
魔女服は長いスカートになっているわけだけど。横乗りで足を揃え、優雅に飛んでいれば、下着を見られたりなんてこともない。
もっとも、どの部活も大会とかに向けて練習中なのだから、ぼへーっと空を見上げているような余裕なんてないだろうけど。
ただ、たまに野球部のホームランボールなんかが飛んでくるのには注意しなきゃいけない。
当たったら痛いだけじゃなくて、きっとそのまま校庭まで真っ逆さま。
スカートがはだけてしまうとかそういうレベルではなく、下手をしたら骨折程度では済まないなんて事態も……。
空を飛ぶっていうのは危険と隣り合わせなのだということも、忘れてはならない注意事項のひとつだった。
わたしとしては、できれば綺麗な景色をゆっくりと眺めながら、ゆったりまったり空の散歩を楽しみたいな、なんて思っているのだけど。
飛行演技の大会とかだと、そうも言っていられない。
優雅さも評価のポイントではあるものの、あくまでも飛行競争ってことになるのだから。
うん、頑張ろうっ!
「みんな~! ファイト~!」
気合いを入れて飛んでいるわたしのもとに、ポンポンを振りながら応援する現くんの爽やかな声が届く。
普段はなんだか無気力な感じなのに、なぜかとってもノリノリで元気な現くんの声は、わたしの耳に心地よく響いていた。
☆☆☆☆☆
暑さを振りまき続けていた太陽が徐々にその高度を下げ、赤味を帯び始めた頃、ようやく今日の練習は終わりを告げる。
いつもどおり部室に戻り、マネージャーの現くんが魔女服の洗濯を終えるのを待つあいだお喋りを楽しみ、現くんが帰ってくると今日の部活はお開きとなった。
と、いつもならさよならの挨拶をして、みんなそれぞれ帰っていくのだけど。
「あっ、そうだ。二年生の三人は、このあと少し残ってて。話があるの」
今日の笹枝先輩は、メガネの位置を直しながら、落ち着いた声でそう言った。
二年生の三人が残って、話をする笹枝先輩も残るとなると、すぐに帰れるのは一年生のふたりだけだ。
一年生のふたりが部室から出ていくのを見送ったあと、ドアを閉めた笹枝先輩は、わたしたち三人に向き直った。
「さて、あなたたちに伝えることがあるの」
そう切り出した先輩は、なんだかとっても嬉しそうな笑みを浮かべていた。