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翌日、若干の後ろめたさはありつつも、わたしは実習のため郵便局へと向かった。
ほゆるちゃんと現くんもいつもどおり、何事もなかったかのように迎えに来てくれた。
さすがに郵便配達員の制服を着たまま歩いていると目立つかもしれないから、わたしたちは制服をバッグに入れて持ってきている。
ホウキも抱えて持っているわたしは、結局目立ってるとは思うのだけど。
郵便局へと着いたわたしたちは、別行動になる現くんと別れ、更衣室で着替えを終えると、急いで庭へと向かった。
庭に出たわたしとほゆるちゃんの目に、腕を組んで立っている桜華さんの姿が映る。
「おはよう。今日もいい天気だな」
なにも問題なんてなかったかのように、当たり前に迎えてくれる桜華さんに、
「昨日はすみませんでしたっ! それと、ありがとうございましたっ!」
わたしは深々と頭を下げながら、お礼の言葉を叫ぶ。
ほゆるちゃんもわたしの横で頭を下げていた。
対する桜華さんは、いつもどおりの落ち着いた声で応える。
「なんの話だ? さっさと行くぞ」
『はいっ!』
わたしとほゆるちゃんは、素直に返事の言葉を揃えると、ホウキに乗って空へと舞い上がる。
晴れ渡った心で飛ぶ大空は、いつもにも増して青く、澄みきっているように感じられた。
配達は順調だった。
今日はまた、わたしが郵便袋をホウキにくくりつけ、ほゆるちゃんが配達リストを見て、桜華さんは後ろからついてくるだけというスタイルに戻っていた。
やっぱり昨日の件が、ちょっとは影響しているのだろう。
桜華さんは、わたしのするべきことが少なかったのも原因だったと、そう考えたのかもしれない。
ともかく、郵便袋をしっかりと責任を持って運びながら、わたしは配達を続ける。
配達先に着いたら、郵便袋から取り出した手紙をほゆるちゃんに手渡し、ポストに入れてもらう。
てきぱきと、トラブルもなくスムーズにこなしていく。
心に余裕があるから、配達先へと向かうあいだには、ほゆるちゃんと他愛ないお喋りをしながら飛んでいた。
それでもホウキの速度は落とさない。
後ろからわたしたちの様子を見ている桜華さんも、仕事は問題なくこなしているからか、なにも口出ししてこなかった。
いや、おそらくきっと、仲よく話しながら飛ぶわたしたちを見て、安堵しているのだろう。
わたしが元気を取り戻し、ほゆるちゃんと仲直りしたことを。
なにも指示とか指摘とかをしてこないけど、それは放任ではなくて、わたしたちに任せてくれているのだ。
今日のわたしには、そう思えた。
局員のみなさんから聞いた話のこともあるから、やっぱりサボりたいだけって可能性もあるかもしれないけど。
でも、それならそれで、べつにいいよね。
昨日わたしを心配してくれたのは、偽りの感情ではないはずだから。
一時はハズレの指導員だったかも、みたいに思ってしまっていたけど、今のわたしには、桜華さんに指導してもらえてよかったと心から思える。
配達が順調に進んだからか、たまたま配達先が少なかっただけなのか、夕方前くらいには郵便袋の中身はすべてなくなっていた。
「お疲れさん。ちょっと早いが、戻るとしよう」
郵便局へと戻ると、桜華さんはいつもどおり、さっさとわたしたちのもとを去ってしまった。
着替え終えたわたしたちは、窓口の前にある待合室へと向かい、長椅子に座って現くんの実習が終わるのを待つ。
まだ業務時間中に戻ってきたわたしたちの目の前には、たくさんの人が訪れていた。
――窓口のほうも、忙しそうだな……。
そんなことを考えながら、無駄話もせずにぼーっと待つわたしとほゆるちゃん。
やがて業務時間が終わると、入り口のドアは閉じられ、窓口業務の人たちも後ろに下がる。
だけど、それで仕事が終わるというわけではなく、これから事務所に戻って残務整理に追われるらしい。
「ほゆる、夢愛ちゃん、お待たせ」
とそこへ、実習の終わった現くんが歩いてきた。
……背後に撫子さんを従えて……。
「お疲れ様でした」
「あっ、はい、そちらもお疲れ様ですっ!」
にっこりと微笑みながら声をかけてくる撫子さんに、わたしとほゆるちゃんは立ち上がって答える。
「ふふ、いいから座っていて。ちょっとお話がありますの」
その言葉に従い、わたしたちは椅子に座り直す。
わたしたちふたりをあいだに挟むようにして、撫子さんと現くんも長椅子に腰かけた。
「あのっ! 昨日はほんとに、すいませんでしたっ! それから、ありがとうございましたっ!」
朝、桜華さんに言ったのと同じように、わたしは撫子さんに頭を下げて謝罪する。
「……ふふっ、なんの話ですか?」
それに対する答えは、やっぱり桜華さんと同じだった。
「昨日の件は、わたくしと桜華さんの胸のうちにしまっておくことになりましたの。ですから、なにも気にすることはありませんわ」
「……え?」
「昨日、桜華さんから事情を説明してもらいました。そこで彼女に、今回の件を不問にするよう、お願いされたのです。わたくしは、あなた方の指導について、すべてを桜華さんに一任しておりますので、それを受け入れましたの」
状況を語ってくれる撫子さんの言葉が続けらるたびに、桜華さんにはなんてお礼を言っていいのかわからなくなってくる。
桜華さんのもとで実習を受けられたことを、心から感謝したかった。
「ありがとうございますっ!」
わたしはひと言だけ、はずんだ声を上げる。
微笑みをたたえながら、わたしを見つめ返してくれる撫子さん。
彼女はさらに、こう続けた。
「ところで、明日はスカウト実習の最終日ですわね。そこで、『郵魔』を目指しているおふたりには、総合テストを受けていただきたいと思います。頑張ってくださいね」
にっこりと笑う撫子さんの言葉を、わたしとほゆるちゃんはポカ~ンと口を開けて見つめ返すことしかできなかった。
そんなこと、前日になって突然言わなくても……。
と、文句のひとつも返したいところではあったけど。
いろいろと、必要以上にお世話になっている手前、そんな言葉をぶつけるわけにもいかず。
それに、文句を言ったところで、どうにもならないわけだしと、言葉を飲み込むしかなかった。