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ドシャ降りから小雨になり、明らかに晴れへと近づいているわたしの心ではあった。
とはいえ、完全に立ち直るまでには至らず、夢美ちゃんが去ったあとも、そのまま芝生の植え込みの陰に留まり続けていた。
そんなわたしの耳に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「夢愛!」
顔を上げるわたしの目の前に立っていたのは、息を切らせたほゆるちゃんだった。
その後ろには、現くんの姿も見える。
ふたりとも、どうやら走ってここまで来たようだ。
「ふう……、やっぱり、ここにいたのね!」
ほゆるちゃんは笑顔を浮かべながら、わたしのほうへと歩み寄ってくる。
あれ? でもまだ、夕方くらいの時間……。
スカウト実習はいつも、日が落ちる頃までは続けられるはずなのに……。
「ほゆるちゃん、現くん……。実習は、終わったの……?」
「バカね、この時間で終わるわけないじゃない。夢愛を迎えに来たに決まってるでしょ!」
問いかけるわたしに、ほゆるちゃんはちょっと眉をつり上げながら答えてくれた。
「といっても、今日は実習も中止ってことになってるから、もう戻る必要はないんだけどね」
現くんも微かな笑顔で控えめに言葉を添えてくれる。
「中止……」
わたしを心配したほゆるちゃんは、途中で実習をやめてまで、こうして来てくれたんだ。
落ち着いて見てみれば、ふたりとも郵便局の制服のままだった。実習が終わってから来たなら、制服を着ているはずもないよね。
……わたしは勝手にホウキに乗ってきちゃったけど、考えてみたら、それだって本当はいけないことだっけ。
現くんも一緒ということは、ほゆるちゃんは一旦郵便局へと戻ったのだろう。
今日はもう戻る必要はないってことだし、撫子さんに断りを入れてからここまで来てくれたはずで……。
……つまり、わたしのせいで、ふたりにも迷惑をかけてしまったんだ……。
「ごめんね、ほゆるちゃん、現くん……」
「まったく……、あんたはいつもいつも」
力なくつぶやくわたしに、ほゆるちゃんは腰に両手を当てながら答えた。
「ま、そんなだからこそ、こっちもついつい気にかけちゃうわけだけどさ!」
「ほゆるは母性本能強すぎだから。……顔に似合わず」
「顔に似合わずは余計よ!」
ふたりとも微笑みながら話す。
迷惑だなんて、微塵も思っていないかのように……。
いや実際に、迷惑だなんてまったく思っていないはずだ。
わたしはいつでも、ほゆるちゃんたちに支えてもらっていた。
今日も心配して、わざわざここまで来てくれた。
かけがえのない友達――。
……だけど、ふと思い出す。
わたしはふたりと一緒にこの公園に来ると、いつもベンチに座ってお喋りしていた。
そりゃあ、一回か二回かは、沈んだわたしがこの「泣き場所」でいじけていたこともあったかもしれないけど。
ふたりと公園に足を運んだ回数からすれば、それはごく稀なことで……。
そう思って、わたしは質問する。
「よく、ここにいるってわかったね」
「そりゃあね。あんたってば落ち込むことが多いけどさ、すっごくひどかったときって決まってここに来てたでしょ? 絶対今回もここだって思って、郵便局から直行してきたんだから!」
当たり前じゃないの。友達なんだから、わかるわよ。
ほゆるちゃんは、そう言ってくれているのだ。
嬉しさが胸の奥から込み上げてくる。
「全速で走ったから、疲れちゃったわ」
ほゆるちゃんは続けてそう言うと、芝生に腰を下ろした。
「急ぎすぎて何度も人にぶつかりそうになってたもんね、ほゆる」
現くんもそれに合わせて、同じように芝生に座る。
「ちょっと、そんなこと言わないでよ! ったく、現はなんでこう冷静なんだか。友達の一大事なんだから、もっと取り乱してもいいのに!」
「ほゆるが慌てすぎなんだってば」
「うるさいっての!」
仲のよさそうな言い争いに、わたしの頬も緩む。
ほゆるちゃん、一大事って大げさっ!
それに、取り乱した現くんってのも、見てみたいかもっ!
わたしはいつの間にやら、元気を取り戻し始めていた。
「……夢愛が飛んでいったあとね、桜華さんが言ってくれたのよ。『行ってやれ、友達だろ?』って」
「え?」
優しい口調で話し始めたほゆるちゃんに、わたしは驚きの瞳を向ける。
「夢愛は途中で投げ出して逃げたわけだから、桜華さん、さすがに怒ってるかと思ったんだけど、悩むことも必要だって、心配してるみたいだったわ。少々言いすぎてしまったな、ってつぶやいてた」
「そんな……悪いのは全部わたしなのに……」
「夢愛にはあたしの言葉も届いていないみたいだったから、あたしひとりで追いかけても話を聞いてもらえないかもって言ったら、郵便局に戻って現も連れていけって」
「桜華さんは一筆書いてくれて、ほゆるに渡したらしいよ。それを撫子さんに見せろって。そこには『オレが責任を取るから、ほゆると現を行かせてやってくれ。事情はあとで説明する』と書いてあったんだ」
現くんも説明を加えてくれる。
だからこうして、ふたりはここまで来てくれた……。
「いろいろ厳しいことを言ったり、逆に突き放したりしてたけど、なんだかんだ言って桜華さんはわたしたちを本当に心配してくれてたのよ」
傾いてきたお天道様が、わたしたちの頬や瞳を、そして心をも、温かく照らしてくれているように思えた。
☆☆☆☆☆
そのあと、わたしたちはしばらくのあいだ芝生の上で語り合ってから、家に帰った。
制服は明日返せばいい、という話になっているらしい。
わたしはホウキも持ってきちゃったけど、それも明日でいいと、撫子さんから言われたそうだ。
そう、明日……。
ということは、わたしはまだ、実習生として扱ってもらえているのだ。
自分勝手に逃げ出して迷惑をかけてしまったというのに……。
明日、撫子さんと桜華さんに、しっかりと謝ろうっ!
それと、実習の残りはあとわずかだけど、精いっぱい頑張ろうっ!
わたしは心の中で、今度こそ迷いのない、力強い決意の声を響かせた。