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「みんな、お疲れ様~!」
走り込みのあとも続けて、スピード飛び、高飛びなどの練習をして、今日の部活動は終了となった。
わたしたちよりもひと足先にすべての練習をこなし、待ちの状態に入っていた部長さんから労いの言葉がかかる。
女子魔道部の部長、椚笹枝先輩はメガネで三つ編みの優等生だ。
進学を希望している先輩だから、そろそろ受験勉強に入らなければならないはずなのに、毎日部活に顔を出してわたしたちを指導してくれている。
伝統ある女子魔道部を本当に誇りに思っているらしく、わたしたちを立派に育ててからじゃなければ引退なんてできないと、口々に言っていたりする。
そんなわけで、わたしたちは頑張って早く一人前にならないと、先輩の進学の妨げになってしまうかもしれないのだ。
『お疲れ様~!』
わたし以下、部員たち四名が声を揃えて答えると、すかさず現くんがタオルを持ってきてくれた。
ほゆるちゃんにタオルを渡したあと、現くんはわたしの目の前に立つ。
「はい、夢愛ちゃん。お疲れ様」
「あ……ありがとう、現くんっ!」
息は上がっていたけど、元気にタオルを受け取るわたし。
その手が、なにやらふさふさした物体に触れた。
え……? どうして現くんは、応援に使ってたポンポンをつけたままなの?
……気に入っちゃったのかな?
そんなわたしの疑問は、顔から溢れ出ていたみたいで。
「これはさ、ほゆるがきつく手に縛りつけちゃって、ほどけないんだよね。今タオルを渡したときにも引っ張られたから、余計にきつくなっちゃったし」
自嘲気味にそう答えてくれた。
「あははっ、そうなんだっ! ……って、現くん大変っ! 強く縛りすぎだよこれっ! 手が紫色になっちゃってるよっ!?」
「あっ、ほんとだ……。ごめん、両手がこの状態だから、ほどいてくれる?」
「わかった! まったくもう、ほゆるちゃってば、ひどいんだから……。あれっ? ここが、こうなって、こっちが……」
わたしは紫色っぽくなっている現くんの両手を取り、巻きついているヒモをほどこうと躍起になっていたのだけど。
「あれ、あれれ、あれれれ~?」
ヒモはどんどんと絡まるばかり。
「あれぇ~っ? こっちがこうで、う~んと、え~っと……。どうしてぇ~!?」
「どうして~は、こっちのセリフよ! あんたはどこまで不器用なのよ! どきなさい!」
「はうっ!」
ほどくどころか、余計にひどくしてしまったわたしを突き飛ばすように押しのけ、ほゆるちゃんが役目を引き継ぐ。
彼女がするするとヒモを引いたり巻いたりしていると、あっという間に現くんの両手は自由を取り戻していた。
「ふ~、よかった。ちぎれちゃうかと思ったよ」
「あうう、現くん、ほんとごめんねっ!」
情けなくて、しゅんとしながらも謝っていると、ほゆるちゃんがひと言。
「まったく。あたしがいなかったら、どうなってたことか」
……だって。
ひどいよねぇ?
現くんを最終的に助けたのは、確かにほゆるちゃんだけど。
「あなたがそもそもの原因でしょう?」
うんうん、まったくもって、そのとおり。
と、わたしが思わず頷く言葉をほゆるちゃんに向けたのは、いつの間にやら近寄ってきていた笹枝先輩だった。
落ち着いた雰囲気ながら、部長としての威厳からなのか、その声は鋭く響いてくるようにすら感じられた。
そんな笹枝先輩からのツッコミを、ほゆるちゃんはするりとかわす。
「確かに原因はあたしかもしれませんが、それをひどい状態にしたのは夢愛です。それ以前に、これくらいだったら現だって、ほどこうと思えばほどける状態だったと思いますよ?」
「なるほど。つまり自分は悪くない、と?」
ギラリ。
メガネの奥で笹枝先輩の目が光ったように見えたのは、はたしてわたしの気のせいだっただろうか。
「う……。すみません、イタズラ半分でした」
さすがのほゆるちゃんも、笹枝先輩には逆らえない。
あっさりと頭を下げた。
「素直でよろしい」
それを受けて、笹枝先輩は満足そうに頷く。
ただ、ほゆるちゃんのほうは、
「……なによ、……のために、あたしがせっかく……」
とかなんとか、ブツブツとつぶやきながら、なぜかわたしのほうに不満そうな視線を向けていた。
☆☆☆☆☆
中庭の奥に建てられた部室棟。
そこにある女子魔道部の部室に、練習を終えたわたしたちは戻ってきた。
まずはマネージャーである現くんにホウキを渡し、女性陣が先に部室へと入る。
制服に着替えるためだ。
ホウキに乗って飛ぶときには、魔女服というのを着ている。
魔女服とはいっても、お話の中に出てくるような、黒い三角帽子とローブといった地味なものではない。
白を基調とした清潔感のあるワンピースタイプで、長いスカートがヒラヒラ感を演出する、優雅な雰囲気を持った衣装になっている。
魔道の飛行演技には、優雅さも求められるため、ゆったり飛ぶのが基本となっているのだ。
わたしたちが着替えているあいだ、部室の外にいる現くんには、魔法のホウキの汚れを落としたり毛並みを整えたりといった手入れをしてもらうことになっている。
そういったマネージャーの仕事内容は、笹枝先輩が決めているようだ。
まず、部費で購入している学生用の魔法のホウキの手入れと管理。
それと、わたしたちが着る魔女服、これも部費で購入したものだけど、その管理と洗濯もマネージャーの仕事となる。
全員が着替え終えると、笹枝先輩が現くんを呼ぶ。
現くんは魔法のホウキを部室に持ち込んで、ロッカーにしまう。
部室の中ではわたしたちが、脱いだばかりの魔女服を現くんに手渡していく。
それを外にある水飲み場まで持っていって洗ってくるのも、マネージャーである現くんの仕事だ。
冬場なんかはあまり汚れないから頻繁に洗ったりはしないけど、そろそろ夏も近いため、ここのところ毎日洗ってもらっている。
……使っている本人が持ち帰って、家で洗ってくればいいだけなのでは。
わたしはそう思ったのだけど、「マネージャーとしての仕事だから、現くんが全員の魔女服を手洗いするのよ」というのが笹枝先輩の主張だった。
部長命令は絶対だから、誰も逆らえない。
現くんが魔女服を洗って持ち帰ってくるまでのあいだ、残ったわたしたちは部室でお喋りタイムとなる。
「練習は終わってるんだから、帰ったっていいんじゃないですか?」
一年生からそんな声も上がったけど、笹枝先輩いわく、「マネージャーに洗濯させておいて自分たちだけ帰るなんて、そんな薄情なマネはできないわ」とのこと。
……だったら洗濯を手伝ったらいいんじゃ、という言葉は飲み込んでおく。
だって絶対、「マネージャーの仕事なんだから、ひとりでやらなきゃダメなのよ」といった答えが返ってくるに決まってるし。
わたしたちがしばらくのあいだ他愛ないお喋りに花を咲かせていると、現くんが洗い終えた魔女服を持って帰ってきた。
それを部室の中に干して、今日の部活動は終了、解散となる。
部室にカギをかけ、それぞれの帰途に向かった。
わたしはいつも、家までほゆるちゃんと現くんのふたりと一緒に帰っている。
「また明日ねっ!」
家に着いたわたしは、家柱のエレベーター前でふたりと挨拶を交わす。
そして、並んで小さくなっていくふたつの背中を、じっと見送った。
毎日思っていることだけど、
ちょっと、寂しいな……。
夏も近づいているとはいえ、なんだか妙に涼しい夕方の風が、わたしの心のすき間をすり抜けていく。
ぷるる。
微かに体が震える。
気づけばもう、ふたりの姿は見えなくなっていた。
――ふぅ……。
わたしはわずかにチクチクと痛む胸を押さえながら、エレベーターの上昇ボタンを押した。