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YUMA(ゆーま)を目指して  作者: 沙φ亜竜
第5話 ダメっ! もう戻れない……
29/36

-5-

 不意に――。


 ぽーん、と、

 赤いゴムボールが飛んできた。


 ボールはわたしのちょっと手前の芝生に落下すると、ぽんぽんぽぽぽ……と軽くはずみ、そのまま転がってきて、わたしの足もとで止まった。

 ガサッ!

 それに合わせるかのように、植え込みをかすめて芝生に飛び出してくる人影――。


「……あれぇ? ゆうびん屋さんのお姉ちゃん?」


 転びそうな危なっかしい足取りでボールへとまっすぐ駆け寄り、目の前にいるわたしに首をかしげながら声をかけてきたのは、何日か前にもこの公園でお話した、あの女の子だった。


 そのときは、ほゆるちゃんと桜華さんが一緒だったけど。

 今日はわたしひとりだけ。


 それでも「ゆうびん屋さん」と呼んでくれるのは、制服を着たままだからだろう。

 そう呼んでもらえるのは嬉しいけど、それ以上に心苦しい……。

 だって今のわたしは、郵便配達員である資格なんてない、ただのいじけた女の子でしかないのだから。


 ボールを両手で抱える女の子は、わたしの顔をのぞき込んで、不思議そうな表情をしていた。

 ここには誰も来ないと思っていたけど。

 きっと、ボール遊びをしていて、間違えて変な方向に飛ばしちゃって、ここまで来てしまったのだろう。


 アスファルトなんかで舗装された道ほどではないけど、固い土がむき出しの公園の地面は、それなりによくボールなどを跳ね返してくれる。

 思えばわたしも、小さい頃に「あんたがたどこさ」とかやってずっと遊んでたっけ。

 ……たったひとりきりで。


 わたしはなんだか、とっても寂しい幼少時代を過ごしていたみたいだわ……。

 当時はそんなふうに考えもしなかったけど。


「お姉ちゃん、だいじょーぶ? おめめが赤いよ~? 痛いの~?」

「……ううん、痛くないよ。大丈夫」


 心配そうに声をかけてくれる女の子に、わたしはできる限り自然な笑顔で答えた。


 ――ほんとは痛いけど。……心が、ね。

 なんてことは、もちろん表情には出さずに。


「よかった!」


 女の子はわたしの答えを言葉どおりに受け止め、このあいだ見せてくれたのと同じ、明るい笑顔を向けてくれた。

 心が洗われるような温かな気持ちが、冷えきっていた胸の中に広がっていく。


 わたしって単純だな……。

 思わず苦笑いを浮かべる。

 そんなわたしに、女の子は心なしか優しげな口調で、無邪気な言葉を投げかけた。


「だけどね、泣きたいときには泣いたほうがいいって、お母さんが言ってたよ!」


 わたしは驚いて女の子を見上げる。

 女の子は、ちゃんとわかっていたのだ。わたしが、泣いていたことを。


 おそらく、以前にお母さんから言われた言葉を思い出して、それをただ口にしただけなのだろう。

 だけど女の子の言葉は、わたしの心をわしづかみにしたように感じられた。


 座り込んだままのわたしと、それを見下ろしながらたたずむ女の子。

 年齢では当然ながら、わたしのほうがずっと上ではあるけど。

 今のわたしには、その女の子がお母さんや先輩みたいな、頼れる存在に思えてならなかった。


 女の子は、たぶん五歳くらいだと思う。

 そんな幼い子に、わたしはすがりつき、涙を流した。

 声が漏れるのはなるべく抑えていたけど、それでもわたしの嗚咽は、静かな公園の片隅に響いていた。


 女の子はそっと、わたしの頭を撫でてくれた。

 どれくらいの時間、そうしていただろうか。


 やがて、


夢美(ゆめみ)ちゃ~ん、どこ~?」


 女性の声が聞こえてきた。

 わたしはハッと我に返り、慌てて女の子から離れる。


「ご……ごめんねっ!」


 謝るわたしに、女の子は黙って首を横に振ってくれた。


「夢美ちゃ~ん?」


 ガサッ。

 植え込みの枝葉を揺らしながら、女性が芝生の中をのぞき込んでくるのが見えた。


「お母さん!」


 女の子が振り向いて元気に答える。

 わたしは、情けないところを見せてしまったという恥ずかしさはあったものの、一応お姉さんなんだからと、気持ちを切り替えて優しく言葉をかけた。


「夢美ちゃんっていうんだ。いい名前だねっ!」

「ありがとう!」


 夢美ちゃんは素直に喜んでくれた。

 そして、


「それじゃあ、バイバイ!」


 と言って、ボールを抱えたままの彼女は、危なっかしい足取りでお母さんのほうへと駆け出す。

 夢美ちゃんのお母さんは、わたしの姿を不思議そうに見つめていた。


 ペコリ。


 微笑みながら軽く会釈すると、夢美ちゃんのお母さんも会釈を返してくれた。

 お母さんの目の前まで駆け寄った夢美ちゃんは、芝生から出ていく寸前で、くるりとこちらを振り返ると、元気いっぱいにこう言った。


「お姉ちゃん! 頑張ってね!」


 ニッコリと咲く、ひまわりのような笑顔。

 そんなひまわりが顔を向けてくれる、太陽のようにならなくちゃ。

 自然と、そう考えている自分がいた。


 あんな小さい子に、わたしは慰められちゃったんだな……。

 笑顔をわたしの心の中に残し、夢美ちゃんはすでにお母さんと一緒に行ってしまったけど。

 沈みきっていたわたしの気持ちは、徐々に水面へと向かって上昇を始めていた。


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