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YUMA(ゆーま)を目指して  作者: 沙φ亜竜
第5話 ダメっ! もう戻れない……
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-4-

 記憶の中の泣き場所は、今でもわたしを拒むことなく、静かに受け入れてくれた。


 ことあるごとに足を運んでいる公園。

 その公園の中央付近にあるベンチには、ほゆるちゃんたちとよく座ってお喋りをしているけど。

 わたしが向かったのは、公園の奥まで入った先にある芝生の中の、さらに奥にひっそりとたたずむ植え込みの陰。


 ここが、わたしの泣き場所――。


 ただでさえ人もまばらな公園の、しかもこんな奥まった陰になった場所。

 人が通ることなんてあるはずもない、そんな場所だった。

 わたしは、人知れず泣くときには必ずと言っていいほど、ここで泣いていた。


 ほゆるちゃんたちと会ってからは、ほとんど来たことがなかったと思うけど、小学校低学年くらいの頃には、かなりの頻度で訪れていたような気がする。

 そう考えると、気が弱かったわたしにとって、ほゆるちゃんと現くんがどれだけ支えになっていたかがよくわかるな……。


 サラサラとそよ風に揺れる植え込みの陰で、わたしは声を殺して涙を流していた。

 さすがにあまり人がいない公園の奥ではあっても、絶対に誰も通らないなんて言いきれないし、大声で泣き喚くのだけは我慢したわたし。

 それでも涙の勢いは抑えることができず、ただ流れるままに任せ、きらめく雫たちは滝のようにこぼれ落ちては芝生を濡らしていった。


 真夏の暑い気温によってすぐに乾いて消えていくから、泣いていた痕跡も残らないはずだ。

 もっとも、赤くなった瞳だけは、隠しようがないかもしれないけど。

 べつにいいよね。誰かに見られるわけでもないんだから……。


 ここは、わたしだけの居場所。


 優しく包み込んでくれるこの寂しい場所にペタリと座り込み、わたしはたまに吹き抜けるそよ風の心地よさに身を委ねる。

 微かに葉っぱがさざめく音だけしか聞こえない、静かな場所にたったひとり。

 時間の流れに取り残されてしまったような、言いようのない虚脱感でわたしの胸はいっぱいになっていた。


 しばらく放心状態のまま、ひたすら涙を流し続け、どれだけの時間が経っただろう。

 もう、どうして泣いていたのか、その理由すら頭の中でかすれてきている。


 ……そうだ、わたしは――。

 自分自身が情けなくて、泣いていたんだ……。


 理由がかすれていくのと同じように、すでに涙もかすれ、わたしは徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。

 そして、はたと気づく。

 配達員の制服を着たまま、ここまで来てしまったことに。


 ……あとで返しに行かなきゃ……。

 でも、今日は誰とも顔を合わせたくないし……。

 明日返せばいいかな……。


 スカウト実習の途中辞退を申し出るのと一緒に――。


 実習期間が終わるまで、あともう少しというところだったけど。

 仕方がないよね。

 わたしは仕事をほったらかして、逃げてきたんだから。

 どう考えてたって、今さらなにくわぬ顔で戻ることなんてできはしないだろう。


 スカウト実習でいい評価を得られたら、卒業後の郵便配達員としての採用が約束される。そんな話を笹枝先輩から聞いていた。

 とはいえ、それももうありえない。

 せっかく実習に参加させてもらったのに、こんな結果になってしまって、撫子さんには悪いことをしたと思うけど。


 参加したのはわたしだけじゃなくて、ほゆるちゃんも現くんもいるし、大丈夫だよね……。


 ………………。


 状況から考えて、諦めるしかないのに。

 自分のふがいなさで、こんな結果になったというのに。

 それなのに、諦めきれないわたしがいて……。


 小さい頃から憧れていた郵便配達員さんに一歩近づくチャンスを、せっかくいただけたというのに。

 ずっと夢見ていたのに。


 ………………。


 ダメ……。

 やっぱり、諦めたくなんかない……。


 乾き始めていた頬に再び、ふた筋の川が流れ出す。


 撫子さんは、夢を届けるのが郵便配達員の仕事だと語っていた。

 そのあとおどけたように、スカウト実習と称してタダでわたしたちを使えて嬉しい、なんて言ってはいたけど。

 おそらくそれは照れ隠し。

 さすがに撫子さんでも、ちょっと恥ずかしかったのだろう。


 撫子さんの言葉は真実だと、わたしは思う。

 わたしが腐敗大地に落としてしまった手紙を届けた配達先の女性も、子供たちが楽しみに待っていると言っていた。

 今どき流行らないと言う人もいるけど、手書きの文字の温かさは、そのまま差出人の温かさを映し出している。

 手紙を通じて、夢や希望を届けることが、確かにできるのだ。


 だけど……。


 自分の夢も叶えられないわたしが、人に夢を届けるなんてこと、できるわけないよね……。

 そよ風がわたしの肩をさすり、なんとなく慰めてくれているようにも感じられた。

 ただ、沈みきってしまっている今のわたしの心には、そんな微かな温かさすら届きはしなかった。


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