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YUMA(ゆーま)を目指して  作者: 沙φ亜竜
第5話 ダメっ! もう戻れない……
27/36

-3-

 夏休み中だけど、結構たくさんの人が校庭で動き回っている。

 その中に、ホウキに乗った三人の姿を見つけた。

 笹枝先輩と魔道部の一年生ふたりだ。

 どうやら、「走り込み」の最中らしい。


 う~ん、邪魔しちゃ悪いかな……。

 でも……。


 わたしは、すぐにでも笹枝先輩の胸に飛び込み、優しい言葉で包んでもらいたかった。

 ただ、後ろめたさもあってか、わたしは校庭に下りていくのをためらう。


 と、走り込みが終わったのだろう、笹枝先輩たち三人は校庭の片隅にホウキを止めると、地面に降り立った。

 ……よし、行こう。

 わたしは先輩たちのもとへ向けて、ホウキを降下させていった。


「わ~! 配達員の制服だ~!」

「夢愛先輩、カッコいいです~!」


 わたしが校庭に降り立つなり、一年生のふたりがはしゃいだ声を上げながら駆け寄ってきた。


 まぶしい笑顔。

 今のわたしには、まぶしすぎる笑顔。

 ひと言、ありがとう、とだけ答えるのが精いっぱいだった。


 それでも無邪気とも言える笑い声を聞いて、やっぱりここがわたしの居場所なのだと、ちょっとだけ穏やかな心を取り戻していた。

 だけどそれも、ここまでだった。


「……まだ実習中の時間じゃないの?」


 責めるように問いかけてくる笹枝先輩。


「それに、ほゆるさんと現くんはどうしたのよ?」


 わたしはその言葉に、なにも答えられなかった。


「ま、あなたの顔を見れば、だいたいわかるわ。……逃げてきたのね? 図星でしょ」


 口を閉ざしたままのわたしに、続けざまにトゲのついた言葉がぶつけられた。

 チクチクチク、ズキズキズキ。

 ちょっとだけ回復の兆しを見せていたものの、わたしの心はすでに残りヒットポイントわずか、といった状態だったのに。


 そして――。

 うつむき黙り込んでしまったわたしに、笹枝先輩は痛恨の一撃をお見舞いする。


「悪いけどそんな人、この部活にもいらないわ」

「笹枝先輩! そんなふうに言わなくても!」

「夢愛先輩が、かわいそうです!」


 わたしが先輩から責め立てられるのを聞いていた一年生ふたりが、そう言って庇ってくれた。

 でも笹枝先輩は、そんなのまったくお構いなしといった様子で反撃する。


「あなたたちも、もし来年スカウト実習に参加することになったら、覚悟しておきなさい」

「…………」


 冷たく言い放つ声に、一年生たちの勢いも完全に止まってしまった。

 わたしのとばっちりを受けて、一年生のふたりには悪いことをしたな……。

 情けなさで胸の奥から嗚咽が込み上げてくるのを、わたしはどうにか堪える。

 そんなわたしに冷たい視線を送ると、笹枝先輩はさらに絶対零度の言葉を浴びせかけてきた。


「……この調子じゃ今年の結果は目に見えてそうね。新人の確保ができないようなら、来年も参加願いが来るんじゃないかしら。よかったわね、一年生」


 言葉の内容は一年生に向かっているのに、その言葉は明らかにわたしの心の奥底までえぐる。

 苦しくて、息もまともにできない。

 一年生のふたりも困惑しているようで、わたしと笹枝先輩に交互に視線を向けながら、ただおろおろするばかりだった。


「これからは、あなたたちの練習も、もっと厳しくしないとダメかしらね」


 そんなふたりに向けて、笹枝先輩は笑いながら声をかける。


「女子魔道部の未来は、あなたたちふたりにかかってるんだから。頑張ってもらわないとね!」

「は……はい……」


 困った顔をしながらも、一年生たちは遠慮がちに返事をする。

 笹枝先輩は、彼女たちの肩に抱きつきながら、頑張ってね、と繰り返していた。


 ……それはまるで、わたしの存在なんて、もう眼中にないとでも言うように……。


「笹枝先輩……」


 わたしは思わず、震える声でつぶやいていた。

 その声に振り向いた笹枝先輩の言葉は、わたしにトドメを刺す。


「あら? 夢愛さん、まだいたの? わたしたち、練習を再開しなきゃならないから。部外者は早くどこかに行きなさい」


 冷たく言い捨てられ、わたしの瞳からは大粒の雫が次から次へと溢れてきた。

 ここにも、いられないっ!

 わたしはホウキに飛び乗り、逃げるように大空へと浮かび上がった。


「あっ、夢愛先輩!」


 一年生がかけてくれた心配の声を背に受けながら、ひたすらスピードを上げる。

 わたしは自分の居場所をまたしても失ってしまった。


 家にも帰れる気分じゃなかった。

 こんな泣き顔、お母さんに見せられるわけがない。

 そっか、家すらも、わたしの居場所じゃないんだ……。


 再びマイナス思考が爆発したわたしには、こぼれ落ちる涙さえもサヨナラを告げて去っていくように思えた。


 まだ昼間なのに、どうしてこんなに、心が寒いの?

 汗が蒸発して熱を奪っていくからかな?

 涙さんだけじゃなくて、汗さんもサヨナラなんだね……。


 もう自分でも、なにを考えているのか、よくわからなくなっていた。


 ――こんなに泣いたのって、いつ以来だろう。


 思えば小学校低学年くらいの頃は、ほんとに泣き虫で、いつもいつも泣いていたような気がする。

 今考えると他愛ないイタズラとかが多かったはずだけど、クラスメイトにからかわれたりして、当時のわたしにとっては心から悲しくて、悩んで、沈んで、涙を流すしか成すすべがなかったんだ。


 ……そうだ。

 そんなとき、いつもあそこに行って泣いてたっけ。


 わたしは自然と、記憶の中の泣き場所へとホウキを向けていた。


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