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夏休み中だけど、結構たくさんの人が校庭で動き回っている。
その中に、ホウキに乗った三人の姿を見つけた。
笹枝先輩と魔道部の一年生ふたりだ。
どうやら、「走り込み」の最中らしい。
う~ん、邪魔しちゃ悪いかな……。
でも……。
わたしは、すぐにでも笹枝先輩の胸に飛び込み、優しい言葉で包んでもらいたかった。
ただ、後ろめたさもあってか、わたしは校庭に下りていくのをためらう。
と、走り込みが終わったのだろう、笹枝先輩たち三人は校庭の片隅にホウキを止めると、地面に降り立った。
……よし、行こう。
わたしは先輩たちのもとへ向けて、ホウキを降下させていった。
「わ~! 配達員の制服だ~!」
「夢愛先輩、カッコいいです~!」
わたしが校庭に降り立つなり、一年生のふたりがはしゃいだ声を上げながら駆け寄ってきた。
まぶしい笑顔。
今のわたしには、まぶしすぎる笑顔。
ひと言、ありがとう、とだけ答えるのが精いっぱいだった。
それでも無邪気とも言える笑い声を聞いて、やっぱりここがわたしの居場所なのだと、ちょっとだけ穏やかな心を取り戻していた。
だけどそれも、ここまでだった。
「……まだ実習中の時間じゃないの?」
責めるように問いかけてくる笹枝先輩。
「それに、ほゆるさんと現くんはどうしたのよ?」
わたしはその言葉に、なにも答えられなかった。
「ま、あなたの顔を見れば、だいたいわかるわ。……逃げてきたのね? 図星でしょ」
口を閉ざしたままのわたしに、続けざまにトゲのついた言葉がぶつけられた。
チクチクチク、ズキズキズキ。
ちょっとだけ回復の兆しを見せていたものの、わたしの心はすでに残りヒットポイントわずか、といった状態だったのに。
そして――。
うつむき黙り込んでしまったわたしに、笹枝先輩は痛恨の一撃をお見舞いする。
「悪いけどそんな人、この部活にもいらないわ」
「笹枝先輩! そんなふうに言わなくても!」
「夢愛先輩が、かわいそうです!」
わたしが先輩から責め立てられるのを聞いていた一年生ふたりが、そう言って庇ってくれた。
でも笹枝先輩は、そんなのまったくお構いなしといった様子で反撃する。
「あなたたちも、もし来年スカウト実習に参加することになったら、覚悟しておきなさい」
「…………」
冷たく言い放つ声に、一年生たちの勢いも完全に止まってしまった。
わたしのとばっちりを受けて、一年生のふたりには悪いことをしたな……。
情けなさで胸の奥から嗚咽が込み上げてくるのを、わたしはどうにか堪える。
そんなわたしに冷たい視線を送ると、笹枝先輩はさらに絶対零度の言葉を浴びせかけてきた。
「……この調子じゃ今年の結果は目に見えてそうね。新人の確保ができないようなら、来年も参加願いが来るんじゃないかしら。よかったわね、一年生」
言葉の内容は一年生に向かっているのに、その言葉は明らかにわたしの心の奥底までえぐる。
苦しくて、息もまともにできない。
一年生のふたりも困惑しているようで、わたしと笹枝先輩に交互に視線を向けながら、ただおろおろするばかりだった。
「これからは、あなたたちの練習も、もっと厳しくしないとダメかしらね」
そんなふたりに向けて、笹枝先輩は笑いながら声をかける。
「女子魔道部の未来は、あなたたちふたりにかかってるんだから。頑張ってもらわないとね!」
「は……はい……」
困った顔をしながらも、一年生たちは遠慮がちに返事をする。
笹枝先輩は、彼女たちの肩に抱きつきながら、頑張ってね、と繰り返していた。
……それはまるで、わたしの存在なんて、もう眼中にないとでも言うように……。
「笹枝先輩……」
わたしは思わず、震える声でつぶやいていた。
その声に振り向いた笹枝先輩の言葉は、わたしにトドメを刺す。
「あら? 夢愛さん、まだいたの? わたしたち、練習を再開しなきゃならないから。部外者は早くどこかに行きなさい」
冷たく言い捨てられ、わたしの瞳からは大粒の雫が次から次へと溢れてきた。
ここにも、いられないっ!
わたしはホウキに飛び乗り、逃げるように大空へと浮かび上がった。
「あっ、夢愛先輩!」
一年生がかけてくれた心配の声を背に受けながら、ひたすらスピードを上げる。
わたしは自分の居場所をまたしても失ってしまった。
家にも帰れる気分じゃなかった。
こんな泣き顔、お母さんに見せられるわけがない。
そっか、家すらも、わたしの居場所じゃないんだ……。
再びマイナス思考が爆発したわたしには、こぼれ落ちる涙さえもサヨナラを告げて去っていくように思えた。
まだ昼間なのに、どうしてこんなに、心が寒いの?
汗が蒸発して熱を奪っていくからかな?
涙さんだけじゃなくて、汗さんもサヨナラなんだね……。
もう自分でも、なにを考えているのか、よくわからなくなっていた。
――こんなに泣いたのって、いつ以来だろう。
思えば小学校低学年くらいの頃は、ほんとに泣き虫で、いつもいつも泣いていたような気がする。
今考えると他愛ないイタズラとかが多かったはずだけど、クラスメイトにからかわれたりして、当時のわたしにとっては心から悲しくて、悩んで、沈んで、涙を流すしか成すすべがなかったんだ。
……そうだ。
そんなとき、いつもあそこに行って泣いてたっけ。
わたしは自然と、記憶の中の泣き場所へとホウキを向けていた。