-2-
「おい、こら! 役立たずは邪魔なだけだ。シャキッとしろ!」
堪えきれなくなったのか、怒鳴りつけてくる桜華さん。
今日は最初の頃みたいに厳しい怒鳴り声をぶつけられている。
叱られたほうがマシだったと考えていたはずなのに、なんだかとっても、心に深く鋭く突き刺さってくる。
心が痛い……。
胸が苦しい……。
すべてがつらい……。
こんな思いをしてまで、今わたしは、いったいなんのために飛んでいるのだろう?
マイナス思考で心が全壊しているわたしは、もう限界水位ギリギリといった感じだった。
ほゆるちゃんが心配そうな視線を向けている。
でもわたしは気づかないフリをした。
どうせほゆるちゃんも、わたしなんてどうなってもいいって思っているんだ。
そういえば昨日は、現くんのこと、なんとも思ってないみたいに言っていた。
あれは絶対ウソだし。
だって、あんなに仲がいいんだもん。
わたしのことを応援してくれるような言い方をしてはいたけど、それだって口からでかませに決まっている。
結局最後は自分が現くんとくっつくつもりなんだ。
思考はどんどんと、ずれた方向へと突き進んでいく。
ほんとに、壊れまくっていた。
全会一致で認められるほど、全開に全壊したわたし。
友達――親友と言ってもいいはずのほゆるちゃんですら話しかけるのをためらっているのが、手に取るようにわかった。
桜華さんも、しばらくのあいだ押し黙っていた。
わたしを怒鳴りつけても、見た目上は反応がないからつまらない、なんて考えているのかもしれない。
ふんっ、意外に意気地なしねっ!
ほんとは余裕なんてないくせに、わたしは鼻で笑う。
そんなわたしに、桜華さんは口撃を再開した。
「おい、夢愛。お前は郵便配達員になるんじゃなかったのか? 憧れだったんじゃなかったのか? ……その夢も、どこかに落っことしてきたのか? ……昨日の手紙と同じように」
悔しいけど、言い返せなかった。
昨日の手紙は、確かに一旦落としたものの、ちゃんと拾って配達先まで届けたわけだけど。
それでも、わたしはなにも言い返すことができなかった。
憧れ。
夢。
そんなの――、
バカバカしい。
もう、どうでもいい。
心の中では反論の言葉が次々と溢れてくるけど、言い返せない。
わたしはその夢を落っことしてきたのに、あの手紙とは違って拾うことができなかったのに、うじうじと諦め悪く駄々をこねているだけなんだ。
夢を失くした原因が自分にあるのを棚に上げて、神様、桜華様、どうにかしてくださいと、すがりつこうとしているだけなんだ。
わたしの心はもう、風前の灯だった。
桜華さんはそんなわたしに、トドメの一撃を食らわせる。
「やる気がないなら、もう帰って二度と来なくてもいいんだぞ!?」
それは、わたしの心で感情の爆発をかろうじてせき止めていた、ひび割れた最後の壁を、粉々に打ち砕いた。
涙が滝のように溢れ出す。
「ううっ…………!」
泣き顔を見られるのもシャクで、そして情けなくて、わたしはホウキを反転させると、全速力でふたりのもとから逃げ出した。
「あっ、夢愛!」
背後からほゆるちゃんの呼び声が聞こえたような気がしたけど、一瞬でスピードは上がり、風の音でかき消されてしまった。
わたしは高度を上げる。
あまり上げすぎると息苦しくなるし、寒くなってくるけど。
いくら自分を見失っても、そこまで高度を上げるほどバカじゃない。まだ少しは理性が残っていることの証だったかもしれない。
それでも、正常な思考回路が保てる状態ではなかった。
泣き叫びながら、行き先もわからずに、ただただ飛び続ける。
全速で飛んでいるホウキから放たれる大声は、風の音が次から次へと消し去ってくれた。
おなかの底から湧き上がってくる思いを吐き出すことで、わたしは徐々にクールダウンしていく。
実際には、ちょっと高度が上がりすぎて寒くなっていたから、というのもあったみたいだけど。
ともかく、ホウキを飛ばす速度を緩め、高度も下げていくわたし。
これからどうしよう……。
すぐに頭に思い浮かんだのは、現くんの笑顔だった。
現くんに会いたい……。
だけど現くんは今、郵便局で撫子さんのお手伝いをしているはずだ。
会いに行くわけにはいかない。
自然と高度が下がり、空中住宅がちらほらと視界の横を流れゆくようになっていた。
ふとわたしは視線を下に向ける。
そこに見えたのは、わたしの通う中学校だった。