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YUMA(ゆーま)を目指して  作者: 沙φ亜竜
第5話 ダメっ! もう戻れない……
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-1-

 次の日の実習――。

 わたしは全然集中できないまま、ただ桜華さんとほゆるちゃんに続いて飛んでいた。


 そう。さすがに昨日のことがあったからか、桜華さんはしっかりと同行してくれている。

 郵便袋がくくりつけてあるのも、今日は桜華さんのホウキだった。


 配達先までたどり着いたら、袋から手紙や郵便物を取り出し、わたしかほゆるちゃんに手渡す。

 わたしたちの仕事としては、受け取った手紙を配達先の家のポストに入れるだけ。

 最初の何日かのお手伝いと同じような感じに戻っていた。


 ただ、わたしは昨晩、ずっと思い詰めてしまい、結局明け方まで眠れなかった。

 昨日の件は、明らかにわたしのミスが原因だったからだ。


 配達先リストのミスもあったけど、それと手紙を泥まみれにしたことには、なんの関係もない。

 要はわたしがしっかりと手紙を郵便袋の中に入れておけばよかっただけなのだ。

 わたし自身のミスで、配達先にもほゆるちゃんにも、迷惑をかけてしまったことになる。


 確かに手紙を受け取った女性は、怒ったりせず、それどころか感謝の言葉まで向けてくれた。

 桜華さんも撫子さんも、全然怒らなかった。

 最後にちょっとだけ頭を叩かれたけど、あんなの叱られたうちには入らないだろう。


 どうして叱ってくれないのか……。


 撫子さんの場合、そういう人だから、で済ませられる気もするけど。

 でも、もしかしたらもう、わたしたちのことなんて、どうでもいいと思っているんじゃないだろうか?

 スカウト実習に参加させてもらってはいるけど、実際にこれまでの成果を見て、あるいは桜華さんからの報告を受けて、すでにもう、いらないって思っているんじゃないだろうか?


 そんなマイナス思考に囚われ、昨夜のわたしは布団にすっぽり潜っても、なかなか寝つくことができなかった。

 こんなことなら、もっとちゃんと叱ってもらえたほうがマシだった。

 考えれば考えるほど、深く暗い沼の奥底へと、引きずり込まれていくように感じられた。


 いっそ腐敗大地の泥沼に落ちたとき、そのまま沈んでしまえばよかったのかもしれない。

 わたしの思考はひたすら深みへと落ちていってしまう。


 そのうちに、わたしの意識はいつの間にか、まどろみに呑み込まれていったのだけど。

 そんなマイナス思考は、朝起きてからも一向に変わることがなく。

 今こうして配達先へと飛んでいるあいだも、暗く沈んだまま悩み続けていた。


「夢愛、仕事に集中しろ!」


 桜華さんが叱責の言葉を浴びせかける。

 ともあれ、それは今のわたしに対するものだ。昨日の失敗を責めたものじゃない。

 わたしの心の闇は、まったく晴れる気配がなかった。


「おいおい、返事くらいしろ。そんなんじゃ、ここにいる意味もないだろ?」

「…………」


 トゲのある言葉をぶつけ続ける桜華さんの声は聞こえていたけど、わたしには答える気力もなかった。

 会話もなく、黙々と飛ぶだけのわたしたち。


「……ちょっと、夢愛……。大丈夫……? 体調悪いようだったら、無理して参加しなくても大丈夫だと思うわよ?」


 沈黙に耐えかねたのか、そっと横にホウキを並べたほゆるちゃんが、優しく話しかけてくれた。

 それでもわたしは、口を閉ざしたまま、ただ遅れないようにホウキを進めるだけ。

 きっとほゆるちゃんは、心からわたしを心配してくれているのだろう。

 それでもマイナス思考全開なわたしは、そんなほゆるちゃんの言葉にすらケチをつける。


 どうせほゆるちゃんだって、昨日のわたしの失敗を責めてるんだ。

 それなのに口に出さないのは、わたしだけミスして実習の評価が悪くなったのを、心の中で笑ってるからなんだ。


 ほゆるちゃんはそんな子じゃないって、誰よりもよく知っているはずなのに。

 わたしの心の闇は留まることを知らず、どんどんと膨れ上がっていく。

 なんというか、マイナス思考全開というより、思考全壊って状態だったのかもしれない。


 だけどわたしは、確実に自分で自分を追い込んでしまっていた。

 配達をしっかりとこなしながらも頻繁に話しかけてくれるほゆるちゃんに、わたしは鬱陶しさすら感じ、苛立ちを募らせていく。


 今日の空は綺麗に晴れ渡り、雲ひとつ見当たらない。

 そよ風が優しく撫でるように吹き抜け、太陽の光がさんさんと降り注ぐ。


 ――真夏にしては風が心地よく、過ごしやすい陽気となるでしょう。

 今朝見たテレビで、天気予報士さんがそんなことを言っていた。

 今のわたしにとっては、そんな穏やかな気候すらも敵に思えてくる。


 なんでドシャ降りにならないのよっ!

 そうしたら実習だって中止になったかもしれないのにっ!


 いらいらいらいら。


 中止にならなかったとしても、大雨の中で飛んでいたら、少しはわたしの頭に上った血を冷ましてくれただろう。

 されど、そうはならなかった。

 夕立の確率も0%、清々しい一日になるでしょうと、天気予報士さんも言っていた。


 わたしは沈み込んだままの心で、晴れ渡った空を飛び続けていた。

 重苦しい思いは、ただでさえ未熟なわたしの飛行動作の妨げとなってしまう。

 何度もふらついてバランスを崩しながら、そのたびにやり場のない怒りと自責の念が、わたしの心をきつく締めつけた。


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