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空はすっかり暗くなっていた。
定時はとうに過ぎている。
だけど郵便局には、煌々と明かりが灯っていた。
まだ残業している人も多いに違いない。
泥で汚れたままの姿のわたしたちは、あまり人に見られたくもなかったため、静かに庭へと降下していった。
と、すぐさま声がかけられる。
「遅かったな」
ホウキから床に降り立ったわたしたちが声のほうに顔を向けると、そこにいたのは桜華さんだった。
いつもなら定時になるとすぐに帰ってしまうみたいなのに……。
やっぱりわたしたちが心配で……?
それとも、仮にも指導を任されていた身だから、仕方なくなのかな……?
チラリと視線を向けても、桜華さんの表情からはうかがい知ることはできなかった。
「桜華さん……」
うつむき加減に名前をつぶやくものの、それ以上言葉が続かない。
わたしのすぐ横では、ほゆるちゃんも背中を丸め、黙ったまま立っていた。
泥だらけのわたしたち。
その姿を見ても、とくに驚いた様子もなく、桜華さんは淡々とした声で尋ねてきた。
「なにがあった?」
怒られるだろうな。
そうは思ったけど、わたしたちが悪いのは確かだ。
まだ素人であるわたしたちふたりで配達に行かせた桜華さんにも、責任が及んでしまうかもしれないけど。
ただ、風に気を取られて油断した隙に、鳥さんに手紙を奪われてしまったのは、紛れもなくわたしのミス。
覚悟を決めて、わたしは正直にすべてを話すことにした。
それを、なにも言わずに聞いている桜華さん。
たまに頷く程度で、言葉を挟むことも相づちを打つこともなく、ただわたしの目を見据えて話を聞いていた。
怒りに震えるような表情ではない。
それどころか、拍子抜けするほどに落ち着き払った顔だった。
爆発するのは話し終えた瞬間になるのかな……?
それまでパワーを存分に溜めてるのかな……?
なんて考え、冷や汗を垂らしながら話し続けた。
もちろんわたしだけではなく、ほゆるちゃんも説明の言葉を添える。
ふたりで補い合いながら、状況を詳しく説明していった。
やがて、すべてを話し終える。
覚悟を決め、身を硬くして怒鳴り声を受け止める構えに入っていたわたしの耳に届いたのは、桜華さんのこんな言葉だった。
「ま、相手もいいと言ってるみたいだし、べつにいいんじゃないか?」
――え?
あまりにあっさりとした返しに、目を丸くする。
ほゆるちゃんなんて、驚きすぎて逆に激しく怒鳴り返していた。
「い……いいんですか!? 配達リストのミスもありましたけど、あたしたちのミスだったのは確かですよ!? それに借りてる制服だって、こんなに汚してしまって……!」
「配達先の人がいいと言うのなら、こっちが気にすることはなにもないだろう? それに、制服なんて洗濯すれば済む。オレが洗濯するわけでもないしな。明日までに乾かないかもしれないが、代わりの制服なら他にもあるだろう」
ツバを飛ばしながら詰め寄るほゆるちゃんに対しても、桜華さんはやっぱり淡々とした答えを返すだけだった。
「そんなことより、早く着替えてこい。そのあと、撫子さんのところへ行くぞ」
わたしたちは郵便局の建物に入り、更衣室で自分の服に着替える。
汚れた制服は、他にも洗濯物が投げ込まれているカゴの横に、とりあえずたたんで置いておいた。
『泥まみれにしてしまって、すみませんでした。お洗濯、よろしくお願い致します。風間夢愛』と書いた紙を添えて。
着替えを終えたわたしとほゆるちゃんは、桜華さんに先導されて局長室へと向かう。
そこには、撫子さんだけではなく、現くんも待っていた。
「あなた方の帰りを待つあいだ、話し相手になってもらっておりましたの」
撫子さんはそう言って、いつもどおりの微笑みを見せる。
でも、桜華さんがわたしたちのことを報告したら、こっぴどく叱られるんだろうな。
わたしは腹をくくっていた。
それなのに、
「あらあら、大変でしたわね~。遅くまで、ご苦労様でした」
撫子さんは怒るどころか、労いの言葉をかけてくれた。
「……撫子さん!」
「はいはい、わかっておりますわ。これでは示しがつかないというのでしょう?」
桜華さんからの責められるような声を受け、撫子さんはわたしとほゆるちゃんに向き直った。
そして局長席から立ち上がると、わたしたちのほうへ、じわりじわりと歩み寄る。
今度こそ、撫子さんの雷が落とされるんだ。
思いっきり怒鳴りつけられて、延々と説教されてしまうのかな?
それとも、ビンタ?
よもや、まさかのみぞおちパンチ?
なにが飛んでくる結果になるかはわからないけど。
どんな制裁であれ、素直に受け止めよう。
わたしは決意を固め、目をつぶって待ち構えていた。
すると――。
「めっ!」
こつん。
軽く握ったこぶしで、わたしとほゆるちゃんの頭を一回ずつ叩き、乾いた音を響かせる。
撫子さんの雷は、たったそれだけで鳴り止んだ。




