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「そういえば、さっきの桜華さんの言葉、どう思う?」
「ほえっ?」
配達を続け、しばらく経ったあと、ほゆるちゃんがふとそんなことを言い出した。
あまりに唐突だったため、わたしはなんだかマンガちっくな返事をしてしまった。
「わたしたちだけで配達させることよ。ホウキに乗るのも許可を取ってあるって言ってたでしょ?」
「うん、そうだね。そのおかげで、こうしてふたりで楽しく配達できて、感謝だよねっ!」
今日はとっても清々しい気分で配達できている。
それもこれも、ホウキに乗る許可まで取ってくれた桜華さんのおかげだと、わたしは本気で思っていた。
でも、ほゆるちゃんの考えは全然違っていたみたいで。
「ばっかね~。なんでそう善意に受け止められるのよ、あんたは。どうせ自分がサボりたいだけに決まってるんだから、感謝することじゃないわ!」
呆れた様子で頭に血を上らせていた。
「それにさ、その許可を取ってあるってのだって、怪しくない? もしかして本当は許可なんて取ってなくて、あたしたちを無免許飛行の罪に陥れようとしてるとか……」
怒りに身を任せて、言いたい放題のほゆるちゃん。
さすがにちょっと雲行きの怪しい話になってきたから、わたしは慌てて言葉を遮る。
「それはないでしょ~? だってさ、桜華さんがわたしたちの指導をしてるのは、郵便局の人たちも知ってるんだから。もしわたしたちが無免許飛行で配達をして捕まったとしたら、桜華さんだって罪になっちゃうでしょ?」
「……それもそうね。知らなかったじゃ済まされないでしょうし」
「そうそう。大丈夫だよ! だからさ、せっかくだし楽しくお喋りしながら配達して、空の散歩を満喫しようっ!」
わたしの提案に、
「……散歩って言えるほど、のんびりもしていられないけどね」
軽くツッコミを入れながらも、ほゆるちゃんは笑顔を取り戻していた。
☆☆☆☆☆
夕陽が辺りを赤く染め上げ始めた頃。
「あれ? なによこれ!?」
ほゆるちゃんが驚きと怒りの入りまじったような声を上げた。
「ほえっ? どうしたのっ?」
わたしは首をかしげながら、ほゆるちゃんが睨みつけている配達先リストに目を向ける。
「これよこれ! 配達は次で最後なんだけどさ、この配達先、ここからだと完璧に反対方向になるじゃない!」
「あっ、ほんとだっ!」
配達先リストは、コンピューターが計算した配達に効率のいい順番になっていると、前に桜華さんが言っていた。
にもかかわらず、これは完全に違っているようで……。
コンピューターのミス? それとも入力した人のミス?
そんなの、この際関係ないよね。
「うわっ、しかもこれ、腐敗大地のすぐそばじゃない!」
郵便配達員さんたちには、それぞれ担当区域が与えられていて、わたしたちは桜華さんの担当区域を手伝っているわけだけど。
確かにリストに記された住所は、ぎりぎりの端っこではあるけど、担当区域内だった。
ただ、わたしたちの住む居住区域の端っこでもあるその地域は、腐敗した土地と隣り合わせの場所だった。
腐敗大地からは、悪性のガスが噴出しているとも言われる。
いくら隣り合った場所とはいっても、居住区域として人が住んでいるのだから、そういったガスの心配はないと思うけど。
それにしたって、やっぱりイメージというものがある。
普通の居住区域に住む人たちはみんな、腐敗した土地や海なんかには近づかないようにしている。
さっきのほゆるちゃんの言葉からも、そんな場所にまで行きたくない、という思いがひしひしと感じられた。
ほゆるちゃんの場合、どちらかといえば、もう日も沈むのにこんな場所まで行ったら帰りがすごく遅くなるから嫌だ、っていう気持ちのほうが強いのかもしれないけど。
それでも、お手伝いとはいえ仕事だし、一応これでも実習を受けている身なのだから、放り出すわけにもいかないだろう。
ミスを指摘しようにも、郵便局に一旦戻るのだって、目的地とあまり変わらないくらい距離がある。
そもそも目的地は担当区域内なのだから、どう考えても郵便物は早く届けるべきだ。
もしかしたら、この手紙を心待ちにしているかもしれないし。
わたしはホウキの先にくくりつけた郵便袋から、最後に残っていた一通の手紙を取り出した。
飾りっ気のない真っ白な封筒に、宛先と差出人の名前や住所が書かれてある。
確かに配達リストに載っている住所だった。
うん、お手伝いではあっても、将来は配達員を目指そうと思ってるんだもん。ここはしっかりお届けしなくちゃ。
わたしは手紙をぎゅっと握って決意を固める。
だけどその瞬間、
「ちょっと、折り曲げたりしないでよ? それに、落としたりしたら絶対にダメなんだからね?」
ほゆるちゃんから注意されてしまった。
うう~……、わたしってそんなに、頼りないのかなぁ?
「だ……大丈夫だよっ!」
ぷんすかと頬を膨らますわたし。
と、そのとき。
ブオォォォォォォォォッ!
突風が吹き荒れる。
「あっ、髪が乱れちゃうっ!」
そんなに注目されてるわけではないとは思うけど、やっぱり女の子だし、身だしなみは気になってしまうものだよね。
などと髪の毛を気にしていると、
「夢愛、ちゃんと手紙は持ってる!?」
ほゆるちゃんも必死に髪と配達リストとスカートを押さえながら叫ぶ。
……あっ、わたし、スカートのこと気にしてなかったっ!
と、それはまぁ、この際べつにいいとして。
「大丈夫だよ、ほらっ! 大切なお客様のお手紙だもん、しっかり握ってるよっ!」
そう答えて、わたしは右手に持った手紙を高々と掲げる。
ちょっと折り目なんかはついちゃったかもしれないけど、わたしはぎゅっと手紙をつかんでいた。
それなのに……。
バサバサバサバサッ!
激しい音とともに、突然視界が真っ暗になる。
「きゃっ、なにこれっ!?」
「ちょ……、なによ……! すごい大群……!」
それは、たくさんの鳥たちだった。
風に乗って飛ぶ鳥たちの群れ。どうやらその飛行ルートに、わたしたちは飛び込んでしまったみたいだった。
最初は驚いて恐怖すら感じたけど、ただの鳥だとわかったわたしは、落ち着いて鳥の群れから抜けられるように高度を下げてみた。
うん、大成功っ!
見事わたしは、鳥の群れから脱出していた。
すぐ横には、ほゆるちゃんも並び、災難だったと愚痴をこぼす。
と――。
「ちょっと夢愛、手紙は!?」
「……あれっ、ないっ!」
わたしの右手から、固く握っていたはずの手紙が消えていた。
きょろきょろと見回すと……。
「あ……あった!」
指差した先には、鳥たちの群れ。
そしてそのうちの一羽のくちばしに、さっきの手紙がガッチリとくわえられていた。