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風が清々しい。
晴れ渡る青空は、わたしたちの心を映し出しているかのようにも思えた。
優雅にゆったりと空中住宅のあいだをすり抜けていく、わたしとほゆるちゃん。
窓やベランダから顔を出す人に会釈をしたり挨拶を交わしたりしつつ、リストの上から順番に配達していく。
なんの問題もなく配達をこなし、桜華さんもいないことで軽やかな気持ちに包まれていた。
ほゆるちゃんとふたりで、楽しくお喋りしながらの配達。
もちろん、優雅に飛びながらも、なるべく速く飛ぶ必要はあるのだけど。
それでもほゆるちゃんとふたりだけだと思うと、心に羽根が生えたみたいに、気楽で気ままな空の旅となっていた。
「空を飛ぶのって、やっぱり気持ちいいね、ほゆるちゃんっ!」
わたしは絶えることのない笑顔をこぼしながら、すぐ横を飛ぶほゆるちゃんに話しかける。
すると、ほゆるちゃんは配達先が書かれた紙とにらめっこしていた顔を上げ、わたしのほうに向き直った。
「あんたがちゃんと働いてくれたら、あたしのほうも気持ちいいんだけどね」
「はう~、ごめんなさい~」
いきなり浮かれた気分に水を差されたわたしは、素直に謝りの声を返す。
配達先の住所を見てその場所まで先導するのは、ほゆるちゃんの役目となっていたからだ。
だってわたし、方向音痴なんだもん……。
……もし郵便配達員になれたとしたら、とっても問題ありかもしれないけど……。
だからといって、べつにわたしはサボっているわけじゃない。
たくさんの手紙や小型の郵便物が入った郵便袋は、わたしのホウキの先にくくりつけてあるのだから。
大きな郵便物や小包なんかは、さすがにホウキで運ぶのは大変だから、魔法の車を使う配達班の仕事となっている。だから郵便袋には、それほど大きな郵便物は入っていない。
とはいえ、たとえ小型の郵便物や手紙類しか入っていなくても、郵便袋は結構な重さになってしまう。
もともと飛行技術が劣るわたしは、何度もふらふらとバランスを崩したりしていた。
しっかりくくりつけてあるから、落っことしたりなんてしないけど。
それでも、ほゆるちゃんに迷惑がかかっているのは確かだろう。
そんな思いもあるからこそ、素直な謝罪の言葉は、すぐにわたしの口からこぼれ落ちたわけだけど。
「いいってば。謝ることじゃないでしょ。自分のできることを分担してるだけだし」
「ほゆるちゃん……」
やっぱりほゆるちゃんは、紛れもなくわたしのお友達だ。
というか親友だよね。
……ただ、さらに恋のライバルでもあるかもしれないけど……。
不意に現くんの顔が思い浮かんで、わたしはそんなふうに考えていた。
そうしたら、
「わたしも桜華さんがいなくて、清々しい気分だし。でも、夢愛が気持ちいいのは、さっきの現の笑顔があったからなんじゃないの?」
ニヤニヤといやらしい目を向けながら、ほゆるちゃんはそんなことを言ってきた。
わたしは頭の中をのぞかれたんじゃないかと思って、びっくりしたけど。
もちろんそんな超能力を、ほゆるちゃんが持っているはずもない。
ともあれ、わたしは思っていることが顔に出やすいらしく……。
「なによ、図星? ま、そうでしょうね~、あんたは。でさ、実際のところ、どうなの? 進展してるの?」
目を丸くしたまま表情が固まっていたわたしに、ほゆるちゃんは続けざまにそんな質問をしてきた。
え? え? え? 進展って……?
そりゃあ、顔に出やすいってのは事実だと思うから、わたしが現くんを、その、ちょっと気に入ってるというか、気になってるって気づかれていても不思議じゃないけど。
でも、現くんとほゆるちゃんは幼馴染みで、いつも楽しそうに話してて……。
わたしの家に迎えに来るまで一緒に歩いてきて、帰りは帰りでわたしを送り届けたあと、ふたりで一緒に歩いて帰っていて……。
昔から家がお隣同士なのは知ってるけど、本当の家族みたいに仲がよさそうで……。
だから、きっとお互いに好き合っていて、わたしなんかが割り込めるはずないって思っていて……。
わたしがなにを考えているのか、今度は完璧に顔に出てしまっていたようで。
手に取るようにわたしの心を捉えたほゆるちゃんは、慌てた声でこう答えた。
「なに? あたしはべつに、単なる幼馴染みなだけだからね? だいたい現のこと、こ~んな小さい頃からずっと知ってるのよ? 今さらなんとも思わないっての! 現のほうだって同じよ!」
「そ……そうなの……?」
「そうそう。っていうか夢愛、もしかしてあたしに遠慮とかしてたわけ? ばっかね~、全然関係ないってのに! 鈍い鈍いとは思ってたけどさ。ま、現も鈍いからお似合いではあるかもね!」
「は……はうっ……」
ほゆるちゃんは矢継ぎ早にわたしを攻め立てる。
そっか、ほゆるちゃんは、べつに現くんのこと、好きってわけじゃないんだ……。
…………本当に……?
「安心した?」
「…………」
ニコニコ顔で問いかけてくるほゆるちゃんに、わたしはなんて答えていいかわからなかった。
だって、安心したって答えるのも、なんとなくだけど、ほゆるちゃんに悪いような気がしたから……。
「ま、あたしも現がなにを考えてるのか、よくわかんないけどさ。きっと夢愛のこと、意識してると思うわよ。現ってどんなものに対しても、やけに無関心なの、知ってるでしょ? それなのにあんたのことは、明らかに気にかけてるみたいだし」
「そ……そうかな……?」
だけどそれなら、ほゆるちゃんのことは、もっと気にかけてると思うよ?
わたしは、のどもとまで出かかったその言葉を、口にすることなく飲み込んだ。
今は、あまり進展したいとか、その……恋人になりたいだとか、そんなことまで考えなくてもいいや。
三人の関係が崩れてしまうのも、怖いから。
……臆病すぎるのかもしれないけど。
「考えてみたら、現くんって女子魔道部のマネージャーなんだしっ! だから気にかけてくれてるだけだよっ! そんなことより、速度が落ちすぎてるよっ! ほゆるちゃん、今は配達をしっかり頑張らないとっ!」
わたしは元気いっぱいに声を上げ、笑顔を浮かべる。
そんなわたしに、ほゆるちゃんも微笑み返してくれた。