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「う~む……」
なんだか桜華さんが唸っていた。
これまでの流れだと、問答無用で郵便袋と配達先のリストを渡して、早く行け、と命令されるところなのに。
「あの……どうしたんですか?」
わたしはおずおずと質問してみた。
桜華さんはしばらく黙っていたものの、
「……いや、なんでもない。ほら、今日の分だ。さっさと行ってこい!」
郵便袋と配達先リストをわたしたちに渡し、そう言い捨てた。
……って、あれ?
「行ってこい?」
思わずオウム返しに繰り返してしまうわたし。
「そうだ。今日はお前らふたりだけで配達に行くんだ」
「それって……」
桜華さんがわたしたちのことを認めてくれた……?
いや、昨日までの桜華さんの態度から考えると、それはまずありえない。
とすると……。
「あたしたちに仕事を押しつけて、自分はどこかで休んでるつもりですか!?」
さすがに我慢ならなかったのだろう、ほゆるちゃんが桜華さんを怒鳴りつけた。
だけど桜華さんは、やっぱり涼しい顔で言い返してくる。
「口答えは許さん。お前らはオレの言うことを黙って聞いていればいいんだと、何度言わせるつもりだ。だいたい、実習の段階で憧れの配達員の仕事を任せてやるって言ってるんだぞ? 感謝してほしいものだな」
「でも……!」
納得のできないほゆるちゃんは、負けじと言い返そうとするも、言葉が出てこない。
どちらにしても、桜華さんを口で打ち負かすのは、相当難しいだろう。
ただ、わたしはあることに気づいた。
「あの、すみません……」
口答えだと思われるのを怖れ、わたしは控えめに声を挟む。
「なんだ? お前も不満があるのか?」
案の定、攻撃的な言葉が返ってきたけど、わたしは怯まずに意見を述べた。
「わたしもほゆるちゃんも、ホウキの免許、持ってないですよ? まだ中学生ですし……。指導する人がついてないのにホウキで飛んだら、法律違反になるんじゃないでしょうか?」
そう、今までの実習では、桜華さんが一緒に飛ぶからこそ、問題なくホウキに乗ることができていた。
とはいえ、わたしたちは無免許だ。
ホウキの免許が取得できるのは十五歳以上で、中学校在学中は受けられないことになっている。
中学生のわたしたちは、どんなに免許がほしくても、取得することはできないのだ。
わたしたちについてこなかったら、指導する立場である桜華さん自身も罰せられてしまうはず。
きっと桜華さんは、周りの配達員さんたちがみんなホウキ免許を持っていることで、それが当たり前みたいな感覚になっていたに違いない。
そう考えていたのだけど。
「なんだ、そんなことか」
「え?」
「すでに許可は取ってある。だから問題ない」
呆然としているわたしに、桜華さんはそう答えた。
――許可を取ってあるって……。用意がよすぎない?
わたしは眉をひそめる。
それに、申請すれば免許なしでもホウキで飛んでいいなんて法律、あったっけ……?
法律について明るくないわたしには、いくら考えを巡らせたところで、答えなんか出てこないのだけど。
「ぐずぐずしてると、配達が終わる前に日が暮れてしまうぞ? 早く出発しろ!」
そんなトゲのある言葉を受け、わたしとほゆるちゃんはホウキに腰を落とし、大空へと飛び立つ。
わたしはちょっと納得のいかない思いを抱えたままではあったけど。
「ほゆる、夢愛ちゃん、頑張ってね」
ずっと黙って見守っていた現くんが、わたしたちにエールを送ってくれた。
その声を聞くだけで、わたしの心は穏やかになるから不思議だ。
こうして、現くんの微かな笑顔と、腕を組んで偉そうにふんぞり返っている桜華さんを背に、わたしとほゆるちゃんはふたりだけでの配達へと向かうことになった。