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その翌日は土曜日。
郵便局はお休みなので、スカウト実習も当然お休みだった。
だけど、学校では女子魔道部の練習が毎日あるはずだ。
スカウト実習に参加しているあいだ、わたしたち三人は、部活への参加を免除されている。
だから学校に行く必要もなかったし、実習の疲れもあるわけだから、家でゆっくりと休んでいてもよかったのだけど。
それでもわたしは、ほゆるちゃんや現くんと相談して、部活に顔を出そうと決めていた。
いつもどおりにわたしを家まで迎えに来てくれたふたり。
いつもどおりに寝坊して約束の時間ギリギリだったわたしが、家柱のエレベーターで下りていくのを待っていてくれた。
遅いわよ! と、いつものようにほゆるちゃんから怒鳴られながらも、学校へと向かって歩き出す。
わたしたち三人が学校に着くと、校庭にはちらほらと練習をする体育会系の部員の姿が見えた。
授業がない分、多くの時間を費やせる夏休みとはいえ、さすがに土日は休みにしている部が多いみたいだった。
真夏だし、とくに外で練習するような部の場合、健康面への配慮もあるに違いない。
そんな中、女子魔道部は、わたしたち二年生がスカウト実習で頑張っているからなのか、土日も休まず活動し、練習を強化しているようだ。
もっとも、わたしたち三人がいないとなると、笹枝先輩と一年生ふたりの三人だけってことになるのだけど。
校庭から空を見上げると、ホウキで飛ぶその三人の姿が見えた。
「やってるやってる。今日は高飛びの練習っぽいわね」
「そうだね。せっかくだし、ちょっと見学してようか」
「でもでも、わたしたちも参加しなくて、いいのかなぁ~?」
わたしたちがそんな会話をしているあいだに、笹枝先輩はこちらに気づいたようで、
「あら、二年生たちじゃないの!」
と、喜びをいっぱいに浮かべて、空から下りてきてくれた。
それに続いて、一年生のふたりも下りてくる。
「そっか、郵便局だもんね、土日は休みだっけ。でも、よく来てくれたわね。うん、今日の練習はここまでにして、話を聞かせてもらいましょう!」
笹枝先輩の提案に従い、わたしたちは部室へと向かった。
☆☆☆☆☆
真夏の練習で汗だくになっていた先輩と一年生ふたりだったけど、タオルで体を拭いて部室へと入り、魔女服から制服へと着替えた。
現くんを含めたわたしたち二年生三人は、三人が着替えるのを待ってから部室に入った。
普段の部活だと、マネージャーの仕事ってことで、脱いだ魔女服を現くんが洗いに行くところだけど。
今日の現くんは部活への参加が免除されている身だから、さすがに笹枝先輩もそんな指示はしなかった。
いつものことだからか、現くんは魔女服を受け取ろうとしていたけど。
なんか、根っからのマネージャーになっちゃってない?
このところの実習でも、どうやら撫子さんのお茶くみ係とか肩もみ係とか、そんなことをやらされているみたいだし……。
それはともかく、部室の中は結構蒸していた。
クーラーなんてもちろんない。窓を全開にして、どうにか風を取り込む。
部室にある唯一の冷房器具、扇風機を回してはいたけど、生温かい風が循環しているだけのようにしか思えなかった。
「それで、どうしたの? 家でゆっくり休んでいてよかったのに、わざわざ来たってことは、なにかわけがあるんでしょ?」
席に着いた笹枝先輩は、制服の胸もとを微かにパタパタと揺らして風を送り込みながら、そう問いかけてきた。
問いかける、というよりも、詰問、と言ったほうがいいのかもしれない。
メガネの奥から見つめてくる笹枝先輩の瞳は、じっとわたしを捉えて離さない強さをたたえていた。
さすが部長さんといったところか、わたしたちの気持ちの揺らぎを、すぐに感じ取ってくれたようだ。
さて、どうしたものか。
わたしはチラリと、一年生たちに視線を送る。
女子魔道部の部員は、みんな郵便配達員に憧れている。それは、まだ幼さの残る無邪気な一年生たちふたりにしても例外ではない。
今日わたしたちが来たのは、スカウト実習でのことを笹枝先輩に相談してみるためだ。
去年の先輩も同じような感じだったのか。
もしそうなら、わたしたちは三人だけど、先輩はひとりだったのに、どうやって乗り越えたのか。
同じような状況じゃなかったとしても、なにかアドバイスをもらえるかもしれないと考えた。
笹枝先輩は、わたしたちにとって頼れる先輩だから。
ともあれ、一年生たちにそんな話を聞かせてしまっていいものだろうか……?
彼女たちの夢を壊してしまうような結果になったら、こちらとしても心苦しい。
そんな迷いが邪魔をして、なかなか言葉にできないでいたわたしの気持ちを、鋭い笹枝先輩はしっかりと汲み取ってくれた。
「そっか、まだスカウト実習の途中だものね。もしかしたら一年生は来年実習を受けるかもしれないし。通例として、実習内容をあらかじめ教えてはいけないことになってるから、彼女たちには話せないわね。スカウト実習の話が来ても受ける気がないなら、べつにいいけど。……あなたたち、どう?」
「え……スカウト実習は、参加させていただけるなら参加したいです!」
「はい、わたしも同じです!」
笹枝先輩の言葉に、素早く答える一年生ふたり。
「よし。じゃ、今日の部活はこれで終了。あなたたちは帰っていいわよ」
スカウト実習のことが聞けると思って期待いっぱいだった一年生たちは残念そうな顔をしていたけど、参加できなくなるとまで言われたら、素直に帰るしかないだろう。
素早く帰り支度を整えると、彼女たちは挨拶の声を残して部室から去っていった。
☆☆☆☆☆
そしてわたしたちは、笹枝先輩に桜華さんの指導のことを話し、先輩も去年、こんな感じだったのか尋ねてみた。
先輩から返ってきた答えは、ノー。
去年はまだ局長になっていなかった撫子さんから、丁寧に手取り足取り指導してもらったのだという。
「ちょっと過保護すぎるくらいの指導だったけどね」
肩をすくめながら、そうつけ加えていたけど。
ともかく、笹枝先輩のときは、そんなにひどくなかったのだとわかった。
「先輩、わたしたち、どうするべきなんでしょうか?」
わたしは率直に、悩みを口にする。
ほゆるちゃんも同じことを訊きたかったのだろう、真剣な眼差しで笹枝先輩の答えを待っていた。
現くんだけは、いわば去年の先輩と同じ状況だから、適切なアドバイスをもらえる可能性がある。
でも、さっき先輩が言っていた、「実習の内容を教えてはいけない」というのが、一年生を帰らせるためのでまかせでなかったとしたら、なにも答えてはもらえないかもしれない。
そう考えているからか、それともいつもどおりに無関心なだけなのか、現くんはなにも言わなかった。
わたしの質問を聞いた笹枝先輩は、しばらく考え込んでいるようだったけど、やがてゆっくりと口を開いた。
「……やっぱり、わたしからはなにも言えないわ。自分たちで悩んで、考えることね」
役に立てなくて、ごめんなさい。
ポツリとつぶやいた笹枝先輩は、それ以上この件に関してなにも答えてはくれなかった。
重苦しい沈黙の時間。
お開きにしましょうか。先輩の言葉に、黙って頷くわたしたち。
「……頑張ってね」
部室にカギをかけて帰る間際、先輩はひと言だけ、小さな応援の声を送ってくれた。
☆☆☆☆☆
翌日の日曜日、わたしは自分の部屋にこもって一日中考えた。
やっぱり、今はなにがあっても、歯を食いしばって耐えるしかない。
そう結論づけ、明日から始まる残り一週間のスカウト実習に臨む決意を固めた。
ただ、週が明けて実習が再開されても、桜華さんの態度は相変わらず。
仕事をわたしたちに任せるだけの桜華さんに、ほゆるちゃんは文句をぶつけていたけど、
「ふん。オレはお前らに、憧れの配達員の仕事をやらせてやってるんだ。不満なんてないだろう?」
と、涼しい顔で言い返されるだけだった。
――笹枝先輩、わたしたちは本当に、このままでいいのでしょうか?
泣きついてもう一度質問したいくらいだった。
それにわたし自身、本当にこんな仕打ちを受けながらも、郵便配達員になりたいと胸を張って言えるのか。
迷いを抱えながらの飛行は、優雅とはほど遠い、ふらふらと覚束ないものとなっていた。
こんなんじゃダメ。しっかりしなきゃ。
そう思ってはいても、優雅に飛ぶことを考えられる余裕なんて、わたしにはまったくなかった。
ひたすら悩みながら飛び続けるだけの実習は、心をきつく締めつけるばかりだった。