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散らばった紙を拾い集めながら、わたしたちは女性から話を聞いた。
桜華さんは郵便局内でも有名な存在だった。
……案の定、悪い意味で。
人数の少ない配達員として採用された桜華さんは、他の局員さんたちを見下す傾向にあり、ろくに挨拶もしないのだという。
さらには普段から高圧的な物言いで、年齢的にも若く、まだ新人の域を抜けていないというのに、年配の局員さんの言葉にも耳を傾けない。
そういった部分が仕事に対する情熱から来ているのなら、まだ我慢できる範囲内ではあっただろう。
だけど桜華さんは、わたしたちがここ数日で見てきたのと同じ、つまりはすごく適当な感じで、仕事に対する情熱なんてカケラも見られないと、この女性も思っていたようだ。
あんな人にお給料をが支払われているなんて許せないと怒っている人も、どうやら少なくないらしい。
「……やっぱりあの女、ひどすぎるわね!」
ほゆるちゃんは怒りをあらわにしていた。
呼び方もすでに、「あの桜華さんって人」から「あの女」に変わってるし。どれほどご立腹かが伝わってくる。
そこへ、ひとりの男性局員さんが通りかかった。
「キミたち、大丈夫かい? それは資料かな? 散らばっちゃってるね。ぼくも拾うのを手伝うよ」
「あ……ありがとうございますっ!」
男性はすぐにその場にしゃがみ込むと、わたしたちと一緒に紙を拾い集めてくれた。
新たな人が加わっても、ほゆるちゃんの怒りは静まることがなく、
「あ~、もう、考えれば考えるほどムカつくわね、あの女!」
誰にともなく、ぶつける先のない言葉を吐き出していた。
「どうしたんだい?」
「ええ、実は……」
状況のわかっていない男性に、女性局員さんが簡潔に説明する。
「なるほどね、確かにあの人、ひどいもんなぁ」
男性も、わたしたちの味方だった。
というより、この様子だと桜華さんはきっと、局長である撫子さん以外には認められていない立場なんじゃないだろうか。
そう考えると、なんとなく桜華さんが不憫に思えてくる。
でも、仕方がないよね。あんな態度で仕事をしてるんじゃ。
桜華さんに対する愚痴を吐き出し続けながらも、手はしっかりと動かし、女性が落とした紙をすべて拾い集め、もとどおりに重ねることができた。
ちょっと、重ねすぎじゃないかな、って思うくらいの量。女性局員さんは、最初から無理して運んでいたのだろう。
だからほゆるちゃんと軽くぶつかっただけで、全部ぶちまけてしまったのだ。
その紙の束を再び抱えようとしていることに気づいた男性が、
「ぼくが持つのを手伝うよ」
と、上半分の束を持ち上げる。
「ありがとうございます」
「これ、事務室に持っていくの?」
「はい、そうです」
お礼を言う女性に質問する男性局員さん。
そして、その男性はわたしたちのほうに向き直ると、こう提案してくれた。
「あっ、そうだ。キミたち、よかったら一緒に事務室まで来ないかな? 他の人にも話を聞くといいよ。もう定時は過ぎてるから、きっとご本人は帰宅済みだろうし、遠慮なく喋ってくれると思うよ」
わたしたちは顔を見合わせると、すぐに頷き、そのお言葉に甘えることにした。
もちろん三人とも、半分ずつになってはいたけどまだ重そうだった紙束の一部を受け取り、運ぶのを手伝った。
事務室に着いて紙束を目的の場所に置くと、男性局員さんがわたしたちを他の局員さんに紹介してくれた。
すでに定時は越えていたけど、残業している人も多いみたいだった。
「あ~、桜華さんね。ほんっと、ひどいとしか言いようがないわよね!」
「そうそう。このあいだだって、こっちが残業してるってのに、あの人さっさと帰ってたのよ? 急ぎの仕事があったから、少しだけでも手伝ってほしかったのに!」
「おれたちのことも、なんかバカにしたような態度だよな、いつも」
「それ、言えてるな! 自分は花形の配達員だから、事務関連のつまらない仕事なんてできない、って感じなんだろうな」
「こっちから話しかけても、小バカにしたように笑ってそのまま去っていくのよ、あの人! あ~、もう! 思い出しても腹が立つわ!」
局員さんたちから話を聞き始めたら、出るわ出るわ。
相当うっぷんが溜まっていたのか、桜華さんへの不満が次から次へと飛び出してきた。
言うまでもなく、ほゆるちゃんもそれにまじって、桜華さんへの不満をこれでもかと叫びまくる。
なんかほゆるちゃんって、叫んでるときが一番活き活きとしているような……。
それはともかく、ひとしきり不満を唱え終わったあと、局員さんたちは、
「桜華さんのもとで実習だなんて、ほんと災難よね~」
「でも、わたしたちがついてるわ!」
「そうそう。いつでも相談に来てくれていいよ!」
「あんな人に負けないで、頑張ってね!」
と優しく応援の声をかけてくれた。
桜華さんからひどい言葉を受けたり、逆に放任されたり、果ては局長である撫子さんにまでウソつき呼ばわりされたりして、ついさっきまでは、この郵便局に来たことにすら後悔の念が湧き上がり始めていたけど。
ここにスカウト実習に来て一週間、初めて温かく迎え入れてもらえたわたしは、ようやく笑顔を取り戻すことができた。
わたしの隣では、怒りを吐き出し尽くしてスッキリしたのか、ほゆるちゃんも明るい笑みを浮かべていた。