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YUMA(ゆーま)を目指して  作者: 沙φ亜竜
第3話 あれっ!? ハズレ指導員?
15/36

-3-

 翌日の実習も、桜華さんは後ろからついてくるだけだった。

 わたしとほゆるちゃんのふたりで協力して、ひたすら配達をこなしていく。

 桜華さんはやっぱりなにも言わない。


「ほら、任せたぞ」


 最初にたくさんの手紙が詰まった郵便袋を渡されてから、まったく言葉を交わしていなかった。

 お前らで勝手にやれ。

 そういうことなのだろう。


 べつにいいわ。それならそれで、こっちだって勝手にやるだけだもん。

 スカウト実習の残り一週間ちょっとのあいだ、精いっぱい頑張る。

 決意を固めたわたしたちに、怖いものなんてない。


 このまま反抗もせず、配達をこなしていったとしても、桜華さんが評価する以上、実習の結果はいいはずがないだろう。

 だけど、それでも構わない。

 まだ中学を卒業するまで一年半あるわけだし。実習でスカウトされることが決まらなくたって、一般の就職の人と変わらなくなるだけだ。


 そりゃあ、狭き門なのはわかっているけど。

 夢を諦めなければきっと、たどり着けるはず。

 さすがに桜華さんのいる今の郵便局からは採用されないだろう。

 とはいえ、他の地域にだって郵便局はあるのだから、完全に夢が費えてしまうわけじゃない。


 自分に強く言い聞かせながら、わたしはほゆるちゃんと協力して、手紙を配達先に届けていく。

 そこへ、ひとりの女性が声をかけてきた。

 洗濯物を干している主婦の方だった。


「あら、郵便屋さん。今日もご苦労様です」

「ありがとうございますっ!」


 わたしとほゆるちゃんは、速度を緩め、女性に笑顔で応える。

 すると背後から、


「そんなことより、早く行け!」


 桜華さんの叱責の声がぶつけられた。


「な……っ!?」


 ほゆるちゃんが絶句する。


「ちょっと、そんな言い方ないんじゃないですか!? 声をかけてくださった人に対しても、失礼ですよ!」


 猛然と抗議する彼女の大声に、声をかけてくれた女性も驚いた表情を浮かべていた。


「ふんっ、知ったことか。余計なことをしている時間はないんだ。お前らはただ、自分の仕事をこなせばいいんだよ!」


 突然目の前で展開された、ケンカ腰の言い争い。

 女性が驚くのも無理はないだろう。


「あの、えっと、すみません、お見苦しいところを見せてしまって……。それでは、わたしたちはこれで。ほゆるちゃん、桜華さん、行きましょうっ!」


 わたしはおろおろしながらも、女性に頭を下げて謝罪すると、ふたりに促して先導するようにその場から飛び立った。



 ☆☆☆☆☆



「なんですか、さっきのあの態度は!? 地域住民との触れ合いも、配達員にとっては大切なことのはずですよ!?」

「ふん、そんなつまらない馴れ合いなど不要だな。ただ迅速に配達すればいいんだ。視線を向けてくる人には、優雅に飛ぶ姿を黙って見せつけてやればいい」

「そ……そんなの、絶対に間違ってます!」


 先ほどの女性の家から離れてもなお、ほゆるちゃんと桜華さんの口論は続いていた。

 凄まじい勢いで食ってかかるほゆるちゃんに、冷めた視線を向ける桜華さんは、こう言い放つ。


「だいたい、いいのか? そんなに口答えばかりしてると、評価は下がるばかりだぞ? ま、すでに手遅れかもしれんがな」

「くっ……!」


 言い返そうとするものの、ほゆるちゃんの言葉は続かなかった。

 期待できないと覚悟してはいても、せっかくのスカウト実習だから、評価が高いに越したことはないと考えているのだろう。

 実習の結果は、少なくともこの郵便局のデータとして残ってしまう。それは避けられない。

 もしかしたら全国の他の郵便局にだって、そのデータが渡ってしまう可能性はある。


 今回の実習で最低の評価が下されたら、郵便配達員になるのはもう諦めたほうがいいのかもしれない。

 でも、ほゆるちゃんも、まだ夢を捨てたくはないのだ。


「お前らふたりとも、配達員になることをずっと夢見てきたんだろ? だったらごちゃごちゃ言わず、オレに従ってればいいんだ。ただ機械のように仕事をこなしていけばいいんだよ!」


 ――嫌だ……!

 ――そんなの絶対に間違ってる……!

 ――撫子さんだって言ってたじゃない! 夢を届けるのが仕事だって……!


 わたしは心の中で叫んでいた。

 されどその言葉は、口から飛び出していくことはなかった。


 すぐ横では、わたしと同じようにうつむき、ほゆるちゃんが唇を噛みしめながら体を小刻みに震わせている。

 ほゆるちゃんがわたしと同じ思いを抱いているということ、それだけはよくわかった。


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