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翌日の実習も、桜華さんは後ろからついてくるだけだった。
わたしとほゆるちゃんのふたりで協力して、ひたすら配達をこなしていく。
桜華さんはやっぱりなにも言わない。
「ほら、任せたぞ」
最初にたくさんの手紙が詰まった郵便袋を渡されてから、まったく言葉を交わしていなかった。
お前らで勝手にやれ。
そういうことなのだろう。
べつにいいわ。それならそれで、こっちだって勝手にやるだけだもん。
スカウト実習の残り一週間ちょっとのあいだ、精いっぱい頑張る。
決意を固めたわたしたちに、怖いものなんてない。
このまま反抗もせず、配達をこなしていったとしても、桜華さんが評価する以上、実習の結果はいいはずがないだろう。
だけど、それでも構わない。
まだ中学を卒業するまで一年半あるわけだし。実習でスカウトされることが決まらなくたって、一般の就職の人と変わらなくなるだけだ。
そりゃあ、狭き門なのはわかっているけど。
夢を諦めなければきっと、たどり着けるはず。
さすがに桜華さんのいる今の郵便局からは採用されないだろう。
とはいえ、他の地域にだって郵便局はあるのだから、完全に夢が費えてしまうわけじゃない。
自分に強く言い聞かせながら、わたしはほゆるちゃんと協力して、手紙を配達先に届けていく。
そこへ、ひとりの女性が声をかけてきた。
洗濯物を干している主婦の方だった。
「あら、郵便屋さん。今日もご苦労様です」
「ありがとうございますっ!」
わたしとほゆるちゃんは、速度を緩め、女性に笑顔で応える。
すると背後から、
「そんなことより、早く行け!」
桜華さんの叱責の声がぶつけられた。
「な……っ!?」
ほゆるちゃんが絶句する。
「ちょっと、そんな言い方ないんじゃないですか!? 声をかけてくださった人に対しても、失礼ですよ!」
猛然と抗議する彼女の大声に、声をかけてくれた女性も驚いた表情を浮かべていた。
「ふんっ、知ったことか。余計なことをしている時間はないんだ。お前らはただ、自分の仕事をこなせばいいんだよ!」
突然目の前で展開された、ケンカ腰の言い争い。
女性が驚くのも無理はないだろう。
「あの、えっと、すみません、お見苦しいところを見せてしまって……。それでは、わたしたちはこれで。ほゆるちゃん、桜華さん、行きましょうっ!」
わたしはおろおろしながらも、女性に頭を下げて謝罪すると、ふたりに促して先導するようにその場から飛び立った。
☆☆☆☆☆
「なんですか、さっきのあの態度は!? 地域住民との触れ合いも、配達員にとっては大切なことのはずですよ!?」
「ふん、そんなつまらない馴れ合いなど不要だな。ただ迅速に配達すればいいんだ。視線を向けてくる人には、優雅に飛ぶ姿を黙って見せつけてやればいい」
「そ……そんなの、絶対に間違ってます!」
先ほどの女性の家から離れてもなお、ほゆるちゃんと桜華さんの口論は続いていた。
凄まじい勢いで食ってかかるほゆるちゃんに、冷めた視線を向ける桜華さんは、こう言い放つ。
「だいたい、いいのか? そんなに口答えばかりしてると、評価は下がるばかりだぞ? ま、すでに手遅れかもしれんがな」
「くっ……!」
言い返そうとするものの、ほゆるちゃんの言葉は続かなかった。
期待できないと覚悟してはいても、せっかくのスカウト実習だから、評価が高いに越したことはないと考えているのだろう。
実習の結果は、少なくともこの郵便局のデータとして残ってしまう。それは避けられない。
もしかしたら全国の他の郵便局にだって、そのデータが渡ってしまう可能性はある。
今回の実習で最低の評価が下されたら、郵便配達員になるのはもう諦めたほうがいいのかもしれない。
でも、ほゆるちゃんも、まだ夢を捨てたくはないのだ。
「お前らふたりとも、配達員になることをずっと夢見てきたんだろ? だったらごちゃごちゃ言わず、オレに従ってればいいんだ。ただ機械のように仕事をこなしていけばいいんだよ!」
――嫌だ……!
――そんなの絶対に間違ってる……!
――撫子さんだって言ってたじゃない! 夢を届けるのが仕事だって……!
わたしは心の中で叫んでいた。
されどその言葉は、口から飛び出していくことはなかった。
すぐ横では、わたしと同じようにうつむき、ほゆるちゃんが唇を噛みしめながら体を小刻みに震わせている。
ほゆるちゃんがわたしと同じ思いを抱いているということ、それだけはよくわかった。